第十二瓶 テイスティング実践

 前二回分の細々こまごまとした内容を逐一覚えていられる程の記憶力が私には御座いません為、此処で私なりに要約致します。

果実味がボディを生み、アルコールが重みを加え、酸味が若々しさを与え、渋み が骨格を支え、苦味が複雑さを添え、ミネラル が透明感をもたら

 或いは人に喩えるなら、

アルコールが血で果実味が肉なら、酸味は精神(張りを与え若さを保持させる、酸が無いと重くだるい)、渋みは腱(体を引き締め強靭にする)、苦味は骨(肉体を支え、奥行きと複雑さを醸し出す)、そしてミネラルは魂(生粋の力、テロワール の表現)」

 と言ったところでしょうか。これをイメージとして捉えて置いて頂ければ、試飲時にワインの味わいにおける全体像が摑める筈です。ではそれらを如何に表現して行くか。次をご覧下さい。

「時間的・空間的な広がりは、生理学的には次のように解釈できる。舌の上で味細胞の存在する味蕾の集まりである乳頭は部位によって構造が異なり、味が受容されて伝わるのに要するまでに時間差がある。舌の先に散在する茸状乳頭の構造から甘味や塩味は舌の先で瞬時にわかるが、味蕾が乳頭の奥にある有郭乳頭では油や 旨味 の味は瞬時ではない。トロの脂のおいしさなどは、一呼吸おいてから、舌の奥と両側を中心に数秒後に急激な高まりとなって感じられる。一方、粘凋な溶液は拡散も緩やかで、味蕾の細胞との相互作用にも時間を要するかもしれない。時間的な広がりが余韻を生むと同時に、口腔内のすべての部位を動員する空間的な広がりとなる。」──伏木亨

 飽く迄これは一例ですが、JSAのソムリエコンクールではほぼこのイメージでコメントが為されているようです。尚WSETでは、

「甘→酸→(渋:赤)→Alc→ボディ→風味(強弱と特徴)→余韻」

 という明白な順序があり、その後に結論として品質や飲み頃などをコメントする事になります。何れにせよ、科学的には否定されている味覚地図(⇒続・ワインの味わい方 -葡萄酒との対話-)には、感覚的に一概には否定し切れないところがあり、液体が舌先から奥へと流れて行く以上は(この流れの角度や速さを研究してRIEDEL グラス は設計されています)、矢張り「甘味が先で酸味が次、その後に苦味が遣って来る」という事に例外は無いようです。

 続きまして品種の個性についてです。基本の主要品種を一覧にしました⇒https://songesdevignes.com/wp-content/uploads/2020/04/品種の個性.pdf

 勿論これらは一般的な要素で、必ずしも全てに当て嵌まるとは限らないという事をご承知置き下さい(産地毎の環境の違いは勿論、目覚ましい技術の進歩も伴い、同一品種間でも本当に色々な表現が為されています)。そしてこれらの用語と感覚を結び付ける為には、実際に味わいながら体に染み込ませるしかありません。地道な訓練が要求されますが、ワインはこういったマニュアル的なテイスティング用語が出来上がっている為、ソムリエ達はコメントを聞くだけで飲まなくてもイメージが出来るという訳です。(悪し様に言うと、これらは権威ある者達が作った出来合いの決まり文句であって、彼等の支配によって我々の表現の自由が奪われて行くのです。しかし在らゆる資格は同じで、そのルールに従うしか取得する術は無いのですから、資格を狙っている方は機械作業的にでも頭に詰め込みましょう〈当初私はそれが嫌で受験を渋っていたのですが、反抗期を過ぎた今では勿論テイスティング用語の意義を理解しております。因みに今のソムリエのテイスティング法の基礎が作られ始めたのは1970年代後半からで、まだ「伝統」と呼べる程の時の試練を経てはおらず、時代の流れと共にこれからも少しずつ変わって行くのでしょう。例えばJSA石田博副会長が最近上梓された『ワインの新スタンダード』には、スワリングは元来プロが必要に迫られて取る行為であり、グラスを回さない方が近年の、「強さ」から「繊細さ」へとスタイル変化するワインを心底理解して楽しむ上級者に見える、という内容があります。今後スワリングせずにワインを特定する人が現れるのでしょうか!?〉)

 また南か北かの判断がワイン特定のアプローチにおいて優先されます。その表も作成しました⇒https://songesdevignes.com/wp-content/uploads/2020/04/判断チャート.pdf(矢印が表記されている所は基本的に右に行くほど南の温暖地〈南半球は北に行くほど温暖です、念の為〉)

 ワイン用葡萄が栽培されている地域を追って行くと、北緯南緯共に30~50度の地域に集中していて、それを「ワインベルト(下画像)」と呼び、実は地球上のほぼ全ての住民はこの範囲内に暮らしている事が分かります。きっとそれもワインが普及した理由の一つでしょう(最大の理由は魅力的な飲み物だからでしょうがネ。因みにコーヒーベルトは南北緯0~25度、カカオベルトは0~20度とより赤道近くに狭まります)。

www.sapporobeer.jp
JSA呼称資格2次試験では、上の記載国から出題されています

 こちらも合わせてご覧下さい。

 北半球ではヨーロッパ南部の地中海沿岸は勿論ですが、アメリカ西部が、南半球ではオーストラリア南西部、南アメリカ西部、南アフリカが地中海性気候になります。

北半球の葡萄収穫期は一般的に10~11月。南半球1~2月。しかし最近は温暖化の影響で益々早くなっている

 中学生の頃、全く理解出来なかった忌々いまいましい雨温図です(# ゚Д゚)(北半球と南半球は季節が逆という事も ヴィンテージ を考える上では重要です〈南半球の方がリリース年が1年早くなります〉)。かつて地中海性気候が葡萄や柑橘類、オリーヴ向きと学んだのは、年間を通じ気候が一定して気温の変化が小さく、また夏の降水量が少ない為に乾燥し、菌類による病害も少なく安定して成熟出来るからでした。

 この様に、頭に世界地図を想い描きながらテイスティングをし、「白で色が濃いという事は南の方か、待てよ、熟成や 、スキンコンタクトもあるぞ」とか「赤で色が淡いという事は北の方でピノか、いやネッビオーロ、ガメイかも知れないな」とか「酸味が強いから葡萄の酸が維持される冷涼地だな」とか「果実味やアルコール感が高いから葡萄の糖度が高くなる温暖地だろう」とか考えながら、一つ一つ可能性を消去して絞り込み、さながら探偵の様に推理して犯人を当てるのです。(コチラの記事もご参考に⇒日本ソムリエ協会呼称資格認定二次試験対策

本日の箴言

 五感の全てが係わっているのだから、ワインを語る言葉が感覚器官を通じて受け取る印象や、官能性を脇へ押し退けてしまってはいけない。

ジャッキー・リゴー『アンリ・ジャイエのワイン造り』

休日の一本

Serena, Extra Brut, Chardonnay 2014 (Alc 12,5%, Traditional method, Disgorge〈澱引き〉2017年5月2日、 中央葡萄酒、山梨、日本)

輝きのあるやや淡いレモンイエロー。瓶詰め後36ヶ月の瓶内熟成による良く溶け込んだクリーミーな泡立ちは持続性も備える

控えめな香り立ちはドライフルーツ(林檎、洋梨)、グレープフルーツピール、スイカズラ、白スパイス、シュール・リー によるほんのりとしたトースト香が重厚さと複雑性を添える。時と共にオレンジのニュアンス

クリーミーで粒々とした泡の触感のある円やかな第一印象。果実感は低めだが、後に続く切れやかな酸と終盤に向かって強まるグレープフルーツの皮を思わせる苦味が爽やかさと濃くのバランスを取る。余韻は中程度

2018年10月30日よりワイン法が施行された日本。想像しにくい異国の季節感ではなく、目に浮かぶ、同じ四季を体験している日本ワインに魅了され、私達は今第七次ワインブームを迎えている。そして曾ては「大人しくインパクトに欠けワインに向かない」と言われて来た日本の甲州が世界に認められる先駆けとなった「キュヴェ三澤明野甲州2013」、そのグレイスワイン女性醸造家、三澤彩奈さんの静謐なる情熱の表現。日本ワイン向上の実感と共に、「日本ワインを応援したくなる、しなければならない、する価値がある」、そう思わせてくれる一本〈2018年10月〉

現行2015年新ラベル

第十一瓶 テイスティングの方法

 テイスティングの目的をご理解頂きました後は、その方法です。私達は旅行をする時、目指す行先を決め、それから其処に辿り着く為の方法を考えます。しかしテイスティングは逆で、「外観→香り→味わい」を手掛かりに順に辿って、目的地である「年・産地・品種」へと到達するのです。そしてその過程の方に、試験でもコンクールでも配点率は高めに割り当てられております。JSA2次試験において、感覚的な判断から最初に品種を決め、暗記した通りにその品種の特徴を答えるという状況が良く見受けられますが、それをしてしまうと、もうその品種の呪縛から逃れる事は出来なくなり、結果誤った特徴を選んでしまう事になり兼ねません(※)。何よりもその行為はワインから情報を読み取っているのではなく、自分の先入観からワインを決め付ける事であります。人に対しても、第一印象だけで「あなたはこういう人ですね」と決め付けてしまうのは大変な失礼に当たります。ですので、くどいようですが、飽く迄ワインと対話をして、目の前のワインを理解してあげる姿勢を崩さないようにしましょう(しかし本番で悩む時は直感を優先するのも一案と思います。何故なら時間も限られていますし、何より考えれば考えるほど深い藪の中へと迷い込んで行くだけですから)。

 ※ とは申しましたが、ワインを学んでいく上で品種特性を覚える事は非常に重要で、実際JSA2次試験はそれで合格出来るものです(基本として押さえて置くべき主要品種から出題されますので)。しかしまだその先をお考えの方は、早めにこの方法から卒業出来るよう「勉強」とか「訓練」とか「復習」などという名目で、白昼堂々とワインを飲み続ける必要があります。前回申しましたようにテイスティング試験はお昼前に行われますからネ(本番と同じ環境を作って行うのが最善ですが、しかしながら私達にはルーティンワークというものがありますので、実際平日昼からの試飲は難しいです。私は大方休日の夕食前に行い、そのまま残りのワインは食事と共に楽しむようにしています。矢張り飽く迄ワインは主役たる料理を引き立てる脇役ですから)

 【外観】

 ①清澄度:健全度の確認。ワインは瓶詰め時、熟成中、運搬時などで何らかの異常があれば混濁し輝きを失う。但し造り手の意向による無濾過や無清澄、また豊富なタンニンを含むワインはその限りではない。最も濃いディスクの中心で見る

 ②輝き:酸度と密接に関係し、高いと色素が安定して輝きが増す。若いワインや酸の豊かなワインと推測。中心とエッヂの中間で見る

 ③濃淡:最も重要(色素量が要因である為、白よりも赤の方が重要)。ぶどうの成熟度、ワインの濃縮度を推測。全ての部分で見る。淡ければフレッシュで軽め、アルコール度は低めと推測。白は熟成と共に濃くなり、赤は淡くなる → 液底を通してターゲット(赤では、グラスを傾け液底を通して文字が見えるか、真上からステム上部のボウルとの接合面や自分の指が見えるか)

 ④色調:グラスを傾けて楕円形になった液面の外縁から判断。熟成度を推測。エッヂと中心の違い及びグラデーションが大きいほど若い、もしくは凝縮度が高い。それが穏やかだと熟成の兆し → 「~がかった」=(酸化)熟成の状態表現 ⇒ 自然界に沿った変化(林檎が酸化現象によって茶色を帯びるように、ワインも酸化熟成によって茶色を帯びて行き、やがて土へと還ります):(白)緑→黄→オレンジ→茶 (赤)紫→赤→オレンジ→レンガ

 ⑤粘性:アルコール度、グリセリン及び糖分の量の判断。グラスの壁面を伝う滴(涙、脚)の状態を見る。太め・薄め・間隔広め・遅め:質量低い。細め・厚め・間隔狭め・速め:質量高い。ディスクの端の表面張力部分の厚さでも見る事が出来る → 粘性=純エキス分:上質ワインは水よりも血に近い(古代人は、味が変化するのはワインを「生きた水」と考えていた為→「人の血」→イエスの「ワインは我が血」は民間伝承が背景にある)

 ⑥泡立ち:発酵由来の炭酸ガスが抜け切っていない若いスティルワインに見られる事がある。意図的に炭酸ガスを残した造り方をする場合もある。スパークリングワインの場合は、泡の繊細さや持続性も見る

【香り】(参照 アロマアロマティック

①第一印象 ②強弱 ③熟成度 ④複雑さ ⑤内容

・第一アロマ:原料ぶどうに由来する香り。果実・花・ハーブ・ミネラル など

・第二アロマ:発酵に由来する香り。低温発酵ではキャンディ・吟醸香、マセラシオン・カルボニック法によるバナナ、酵母によるバタースコッチやイースト、マロラクティック発酵(MLF)では杏仁豆腐・カスタードクリームなど

・第三アロマ:熟成に由来する香り。別名ブーケ。木 樽 からはヴァニラ・ココナッツ・ロースト・スパイス(クローヴ、ナツメグ)・アーモンド・キャラメル・チョコレート・コーヒー、松脂など。また酸化熟成による第一・第二アロマの変化により現れる複雑な香り(動物系〈燻製肉、なめし革〉、土系〈スーボワ、腐葉土〉、葉巻、カラメル、蜂蜜、ヨードなど)

【味わい】

 ①アタック:口に含んだ時の第一印象。ワインの強弱を見る

 ②甘辛度:高い果実味(果物を食べた時に感じる香味、ワインの奥行き)、アルコール(グリセリン:Alc発酵の副産物で揮発性に乏しく香気成分とは為らないが、糖とは異質のしっとりとしたコクのある甘さ、Alcの芳醇な広がりを感じさせる)や残糖分が甘さとして感じられる → ワイン中のグリセリン量は甘味を感じられる程も無いという研究結果も(通常ワインは0,7%と微量、一方 貴腐 ワインでは2%越えも多く酒質に影響を生む)。したがって一般のワインの甘味は葡萄の熟度か残糖に由来する

 ③酸味:(特に白で)味わいの軸(ワインに酸が無かったら平板で粗野な風味になってしまう)。ワインの個性を表す要素として、品種の個性、産地の気候や標高、そして若々しさを判断。酸度が高いと瓶内のワインは酸化しにくくなる → 強弱レベルの判断は、檸檬をかじって舌の両脇に感じるイメージが一般的だが、アルコールの刺激と混同し易い為、唾液の分泌量で確認する方が正確(ワインを吐き出すと共に唾液も失う為、脱水状態にならないよう水分補給が必要)

 ④ 渋み:長期熟成タイプの赤ワインの味を構成する要素。収斂性(触覚)として感じられる。自然のタンニン(茎・種・果皮由来)は荒々しい事が多く、樽のタンニンは円やかな場合が多い(ウイスキーやブランデー、ダーク・ラムなど樽熟させたお酒に明白ですネ)。バランス上はアルコールが十分である事が必要

 ⑤苦味:豊富な日照、高い気温の下で育ったぶどう(完熟度の高さ)に由来する。ミネラル も貢献 → 後口をドライ(乾いた印象)にしたり、リフレッシュする事も。又しっかりしたボディに更に強さを与えたり、味全体に深みや余韻の長さを作る事も。

 ⑥フレーヴァー:口中に広がる香り、レトロネーザル(あと香)(復習はコチラから⇒ワインの味わい方 ー葡萄酒との対話ー)。低め・繊細なものは個性は弱め。豊か・複雑なものは完熟ぶどう及び樽や熟成の影響を受けたワイン

 ⑦アルコール度:味わいに甘味やヴォリューム感(苦味を伴う事も)、熱さや刺激、厚みや骨格を付与する → レベルの判断は、舌先のピリピリ感(ニュートラル:12,5%、ピリ:13%、ピリピリ:13,5%)や飲み込んだ後の喉の熱さ(ほわっ:13,5%、じわっ:14%、ぐわっ:14,5%)など、自分の基準で

 ⑧ボディ:ワインが持つ濃くや重みの大小。アルコールを主とし、他の抽出要素(果実味の凝縮感、香味の複雑性と広がり、余韻の長さ)も含めた総合体。目安はライト(~11.9%)、ミディアム(12~12.9%)、フル(13%~)。テクスチャー(ワインの肌理を表現する語、マウスフィールとも。粘性・酸味・渋み等の相互作用で決まる)も関わる → 例えば、無脂肪牛乳はライト、高脂肪牛乳はフルボディ

 ⑨バランス:其々の要素の調和。ボディのフォルムを表す → 甘味・酸味・渋み全て感じるが、一つに集中/特定出来ない味

 ⑩余韻:飲み込んだ後に残る味わい(香りではない。WSETでは酸味や苦味は考えず果実味が如何に残るかで判断)。持続性、強弱によりワインの価値が判断できる。短い(~5秒)、中程度(6~8秒)、長め(9秒~)→ 余韻の長さと質や価格は比例する。caudalie(単位:1コーダリー=1秒)「しっぽ」を意味するラテン語「カウダ」から。フランスではこんな言葉があるほど余韻は大切。「余韻に表れる特徴こそ、取り繕いようのないワインの本質」という声も

winemakermag.com
さあ今一度鼻を塞いで香りを遮断し、仮説Aのイメージで舌に意識を集中して五味を捉えてみましょう(改めてコチラもどうぞ⇒味わいの分析図

本日の箴言

 ワインとは、私達の味覚の先生である。内省へと人をいざないながら、ワインは心を解き放ち、知性の輝きに火を放つ。

ポール・クローデル『ワイン称揚』

平日の一本

Noble Semillon, 2015 (Viu Manent, Valle de Colchagua, Chile)

 グラデーションのある濃いイエロー。

 貴腐 葡萄由来のツーンとするマニキュア的揮発酸香が程良く上品さや高貴さを演出する。新鮮な蜂蜜、ドライアプリコット、オレンジマーマレード、シトラスピール、また 樽 由来か、アーモンドやヴァニラのニュアンスも。

 とろみのある触感、充実した果実味の上に酸が上品に乗り、スパイシーな刺激を伴う余韻は中程度。フルボディの極甘口。チリの遅摘み・貴腐は安価で上質だが、中でもこれは他のハーフボトルに比べて多量の500mL。

 カレー(スパイシーさを和らげ風味を円やかにする、蜂蜜を入れる原理に同じ)、鮪の粗煮(料理の触感と甘味にワインの粘性と甘味が同調)、またソースカツや柚子風味の稲荷寿司、そしてフォアグラとは正にマリアージュのお手本。デザートとして、チョコレートアイス+杏子ジャム、オレンジ風味のトリュフチョコ、胡桃(奥に秘められた脂分の香ばしい風味が引き出される)とも良く合う。

第十瓶 テイスティングの目的

 さて、此処でテイスティングの抑々そもそもの目的についてお話しする必要がありましょう。やや堅苦しく退屈なものになるでしょうが、お時間が御座いますればお付き合い下さいませ<(_ _)> (以下『日本ソムリエ協会教本』及び『児島速人CWEワインの教本』に準拠)

 Tasting = Dégustation = 唎き酒、試飲(五感を通し頭で行う。感覚だけに頼っては上達しない)

 究極の目的はあらゆる意味での「品質確認」。一般的な目標点は、客、生産者、世界のプロなど様々な人との対話。但しテイスターの立場により方法や内容も変わって来る

 ①ワインメーカー:製造から出荷までの品質管理(果汁の状態、病気や事故の有無など衛生面も含めた醸造中の状態、熟成具合、瓶詰めのタイミング、出荷時期の決定等の判断)。加えてワインの性格を見極め、今後どう発展するのかの把握

 ②酒類業者:品質、スタイル、将来性等をチェックし、買い付けるかどうかの判断。適正価格と市場における販売戦略の考察

 ③展示会・品評会:スタイルや品質等をカテゴリーに合わせて比較、優劣をつける

 ④公的機関:栽培、醸造上の条件が、法で定める基準を満たしているかの判断

 ⑤ソムリエ:品質チェック、販売戦略、価格設定、料理との相性、サービスの温度・方法・タイミング、使用 グラス 等の決定

 ⑥ワイン教育者:解説書(テクニカルデータ:使用品種の割合、新樽何%で何か月熟成/ステンレスタンクで何日浸漬したか等)付きの教育的要素を含む、一般啓蒙用またはワイン学校用

 ⑦ワイン愛好家:品質チェック、自分の趣向に合うかどうかの確認 (ワインへの愛情に基づく判断、ポジティブな鑑賞)

 ⑧レストランでのホスト:ラベルチェック、品質チェック、同席者へのパフォーマンス

〈目的〉

 ①自分の嗅覚、味覚の能力を知り、経験を積む事によって更に自分の力量を磨く(一種のスポーツで苦痛も伴う)

 ②テイスティングで感じた事によって、ワインのヴァリエーションを知る

 ③ワインを分析し、記憶する(アプローチの順序:畑の環境→品種→栽培→醸造→熟成)

 ④感覚を言葉で表現する事を身に付ける(言葉にする事で自己把握する:文化的行為。何十何百と口に出し、もしくはノートに書いて自分のフォームを作り、テイスティングシートに頼らない)

→ ワインの欠点を探すのではなく、個性及び特性を知る事。先入観を持たずに主観で行うが、個人的な好みを前面に出さない事。

  経験を重ねれば品種・国・年号を当てる事が出来るようにはなるが、それは飽くまで副産物。消費者の立場では常に「ワインを楽しむ事」を忘れずに(「表現する為に飲む」のは資格試験)

〈標準〉

 ①環境:静寂、無臭、無振動、適正な温度調節。自然光か無色の照明、明るい色の壁・テーブル、白のテーブルクロスかマット(波長の異なった人工光の下では単調に見え、光源が異なれば自ずと色合いも異なる。色=光)

 ②グラス:国際標準化機構ISO規定グラス(通称INAOグラス)。注ぐ量は50ml(グラスの1/3~1/4程度)→ 樽 香取り易い/スワリングでベリー系の香りが強まる/タンニンを強めに感じる=味気無い分析用=美味しい/不味いの好みを見る物ではない

 ③温度:赤16~18℃、白・ロゼ12~15℃、泡7~8℃(高めの方が香味を感知し易い)

 ④順序:若い→古い、並級→高級、辛口→甘口、軽い→重い(例外:ボルドーでは古い→若い〈タンニン量の少ない方から〉、ブルゴーニュでは赤→白〈 渋み は酸味を邪魔しない、白→赤だと酸味がぼける〉という場合も)

 ⑤体調:身心ともに良好状態。飲酒後、喫煙直後は避ける。香辛料の強い食物、チョコレート、ミント入り菓子、酸を多く含む飲料や果物、アルカリ性の練り歯磨きは控える

 ⑥時間:昼食前の午前中が望ましい(起床後から様々な影響やストレスを受けていず、若干の空腹感がある状態。呼称資格2次試験もこの時間帯に合わせて実施されている)

 ⑦その他:化粧品、整髪料、香水など、周囲に強い香りを発するものは使用厳禁。濃い口紅も控える

本日の箴言

 ワインの素晴らしさは出会いにある。1本ごとに自然の産物に出会える。風があり、土があり、造った人の姿がある。だからこそ飲む者はワインとの対話を心がけて、どうしたら美味しく楽しめるか工夫をしたい

太田悦信『おとなのワイン塾』

休日の一本

Schramsberg Blanc de Blancs 2013 (Napa Valley, California)

 淡いレモンイエロー。繊細で非常に層の厚い泡立ちは持続力も長い。

 爽やかだが充実したレモンが主体のピュリニー的な香り。他にライム、グレープフルーツ、スイカズラ、白スパイス。時、温度と共に青林檎や白桃、イースト(2年以上の シュール・リー)、サワークリーム(MLF ワインのブレンド)、ほんのりヴァニラ(樽 発酵ワインのブレンド)の香り

 穏やかなアタックから凝縮感のある果実味、鋭いけれども爽快な酸がしっかりとしたストラクチャーを形成し、少量の樽発酵ワインのブレンドによる厚みと複雑さを伴いながら、非常に長い余韻まで一貫する。天麩羅(塩・たれ):イカ(淡白ながら噛むほどに出て来る風味と)、穴子(控え目な濃く味に同調)、海老(MLF有のシャルドネとの定番の相性)、またデザートとして柚子餅とも良く合う

 シャンパーニュとの違いは矢張り充実した果実感。五月の空の様に澄み渡った輝かしいスパークリングワイン〈2017年5月〉

第九瓶 ワインの欠陥と非欠陥

 前回の「ブショネ」という言葉を受けまして、ソムリエ的テイスティングのお話に入る前に、もう一つだけ必要な知識を取り上げて置きたいと思います。何故なら、試飲アイテムの不適切な品質変化は、テイスティング以前の問題ですので。同時にこれは消費者にとっても非常に重要な問題でもあります。大事な友人との会合や、大事な大事な家族の記念日、或いは大事な大事な大事な恋人とのディナーがこの為に台無しになったりした日には、私でさえ酒神を呪います。が、もし正しい知識を身に付けていれば全く問題無し、それどころかお連れ添いに一目置かれる事でしょう。ハイクラスなレストラン等「本物の」ソムリエがいる所では表題の件に関しては気にする必要はないでしょうが(その為にソムリエがいて、更にホストテイスティングがあるのですから)、特にご自宅で不良品に当たってしまっても、決して泣き寝入りせずに、コルク(出来れば中身も、勿論レシートも!)を捨てずに取って置き、手間ではありますが購入店にお問い合わせ下さい。百貨店や責任感のあるワインショップであれば間違いなく代替品もしくは返金して貰えます(決して安い買い物ではないのですから当然です)。但し、在庫処分価格の品や自宅で長期保存した物に関しましてはこの限りでは御座いません(断られても怒りでトイレに流したりせず、料理に使いましょう。前々回申しましたように、たとえダメージを受けたワインでも、熱する事でアルコールや酢酸は飛び、有機酸〈酒石酸、クエン酸、リンゴ酸〉やエキス〈糖、ミネラル、タンニン〉が味を良くしてくれます)。

(参考)ワインの適切な保存環境

 ①温度12~15℃ → 25℃からダメージ。急激な温度変化に弱い為、一定に保つ事(3℃の差でも繰り返されると、夏から冬の差より悪影響。涼しく一定の温度が化学反応を抑える。理科の実験で良くバーナーで熱したのは化学反応を促進する為でしたネ)

 ②湿度70~75% → 低いとコルク栓が乾燥して空気が入り酸化すると一般的には言われているが、「空気も水も通さない」と言う専門家も(瓶内に存在する空間だけで十分な酸素量が在るという事)。しかしその場合でも、「コルクを通してワインが呼吸する」事はないが、コルクが乾いて脆くなり抜き辛くはなろう(※)。また湿度は温度変化の緩和をもたら

 ③光の当たらない暗い所 → 退色、劣化に繋がる。直射日光は無論、蛍光灯でも悪影響。光による成分分解により「茹でたカリフラワーの臭い」出現

 ④振動が無い所 → 振動による味の不安定(酒中の分子が収まらず、味にまとまりが無くなる)に加え、澱が舞い健全な熟成の妨げとなる。また過度な酸化を促し劣化を引き起こす

 ⑤異臭が無い所 → 冷蔵庫の野菜や肉の 匂い も見事に移る。(冷蔵庫保存の場合は野菜庫で。理由は次の通り。①5℃以下に為ると酸化促進→2週間後には酢の香味発生 ②酒石酸や赤い色素は低温で結晶し易いため澱が多くなる→特にノンフィルターワイン。逆に日本酒は色素が無いので低温が良く、0℃前後の氷温が鮮度を保つ ③冷蔵庫の冷却と除湿機能から遠ざける→コルク乾燥を防ぐため瓶口をラップで何重かに巻くと良い)

 ⑥瓶を横に出来る所 → ②に同じ。一方スクリューキャップの利点は立ててもOK。湿度を気にする必要も無く、熟成も可(コルクより良い状態で熟成が進むという実験結果も。今では内部シートを通して酸素透過量を調整する技術も活用されている)

  酸素透過量(mg/ボトル):ノマコルク(通常)2,5 >ノマコルク(無酸素保管)1 >スクリューキャップ(ステルヴァン)0,3 > ヴィノロック(ガラス栓)0

 先ずは欠陥からです。

・熱劣化:ワインは28℃で煮え始める。キャラメルや煮たフルーツ香があるが、味は平板。茶色くなる事も。果実味が抜ける事で、劣化により増加する酸味・苦味・えぐ味が余計に強調されて刺々しく感じる(参考 メイラード反応

・酸化:アセトアルデヒドの増加の明確さ。白→傷んだ林檎やアップルサイダー、ヘーゼルナッツや胡桃、クミン、メープルシロップの香味。外観からはグラデーションが無くなり、酸化した林檎の茶を帯びたモノトーンな色合い。赤→人工的ラズベリー、マニキュア除光液、ゴム、マデイラ的カラメルや溜まり醤油の風味。総合的に平板な香味、辛く苦い(えた林檎の芯の様な苦味、フェノールと酸素の反応によるえぐ味)

・揮発酸(Volatile Acidity,VA):鼻にツーンと来る酢酸やマニキュア液の臭い、バルサミコやピクルスのイメージ。エタノールを分解して生成され、低濃度なら複雑なアロマを齎すが、増加と共に品質は低下する。熟成からも発生。因みにペンフォールズのグランジ、シャトー・ディケム、Ch.Musar はニス臭のレベルが高いと言う

・ブレッタノマイセズ(Brettanomyces,Brett):馬小屋臭、鼠臭(やや甘くて土っぽい臭い)。またゴムホースや絆創膏ばんそうこう、クローヴや薬箱、そして金属臭。乾いた後味を生む。乳酸由来で、pHの高い発酵を避け、十分なSO2添加で回避可。特に若い赤〈pHの高いカベルネやシラー〉に多く、pHの低い白では稀(ブレッタノマイセズ酵母がほぼ増殖しない為、フェノレと言う)。野生酵母(腐敗酵母、デケラ)及び不衛生な樽から発生。酸化的熟成やSO2及び清澄・濾過を抑える自然派に出易い。フランスでは「テロワール の個性」という見方もあり、故意に低レベルのブレットを付与する事で、赤になめし革の匂いを与える造り手も(無論「腐敗酵母添加」という表記はされないが)。アメリカでは嫌悪

・ブショネ(Bouchonne;Corked):かび臭いコルク臭(コルクそのものの素材の匂いではない)。湿った段ボールや濡れた犬の臭い。漂白時の塩素とコルクに付着した微生物(黴)が反応して発生するトリクロロアニソール(TCA)が原因。カルキ臭により果実味などにピュアさが無くなり、ザラつきが出る。発生頻度2~4%程(コルクに黴が生えていても中身には影響が無い場合も屢々しばしばありますので、良く瓶口を拭い、ワインの香味から判断してみて下さい)

 一方で欠陥とはされない要素は次の通り。

・(アセト)アルデヒド:酸化香の一種。低濃度で、新鮮な林檎の芯を潰したような青い果実風味。多量に含むワインは風味が平板で気の抜けたようになるが、フィノタイプのシェリーなどではその存在が個性と捉えられる。濃度が高くなると刺激臭が欠陥として指摘される(酸化熟成香は一般的にフランス人やアメリカ人は苦手でイギリス人は大いに好むのだとか。それもその筈、16世紀にシェイクスピアが「ヘンリー4世」第2部第4幕第3場にて、フォルスタッフのsherries-sack礼讃でシェリー人気に火を点けたと言うし、酒精強化ワインであるシェリーは保存性が高いため英国艦隊の必需品になり何処へ行くにも持参したのですから)

・還元臭:腐った玉子、(炒めた)キャベツ、ゴムなど硫化水素由来の臭い。玉葱、青海苔、にんにく、金属など硫黄を含んだ物質の臭い。若くタンニンの多い赤では茹でた小豆、黒インク、擦ったマッチ、焼けたゴム、鉄や鉛の臭い。低濃度であれば ミネラル やトロピカルフルーツ等の香り。主にアルコール発酵中に酵母(穀物由来の酒に多いパーム、フーゼル油〈清酒の香気成分〉の香り)や酵素が生成するものと言われる。発酵中空気不足になった際、酵母が必要な窒素を葡萄中のアミノ酸から補う現象(SO2によるものではない)。籠もったような香りで酸素不足が原因の為、デカンタージュ や純銀製スプーンでかき回す事で解消される

・エステル:酸とアルコールが反応して生まれる物質の総称。適度に含まれる時は、若い白にフレッシュ、フルーティな香り、即ち第2 アロマ の吟醸香(バナナ、メロン、林檎)を与える。しかし濃度が高くなると溶剤の様な異臭となる。アルコールが齎す揮発性の高い香り

 やや込み入った話になってしまいましたが、油断すると深く暗くマニアックに為りがちな、当サイトへお越しの奇特な方々には本稿の意義をご理解頂けるのではないかと存じます。今回の要点と致しましては、ワインの味についての個人的な好みは殆ど一致する事はありませんが、欠陥を同定する能力こそが、アマチュアとプロの境界線だと考えられているという事です。したがって、勿論無理にでは御座いませんが、勉強熱心な方は、陳列や管理に特別な配慮をされていないスーパーマーケット等の処分市の、古めの品を試してみるのも参考に為ると思います(売れ残る物は大抵一般消費者が手を出しにくい高めの赤ワインゆえ、それらは熟成能力がありますので、中には思いも寄らない変化をしている掘り出し物もあったりします。日本酒においてもそうですが、酒質のしっかりした物はそう簡単にへこたれません)。矢張り知識はあっても、実際に自分の身を以て体験しなければ分からない事がある、それが人生というものです。個人的な体験談になりますが、資格試験勉強を始めて間もない頃に「これぞブショネ!」と言える程の、正に湿った段ボールと黴の臭いが付いたワインを引き当てた(?)事があります。試しに口に含んでみたところ、飲む気も起きない程にフルーティさは失われ、「いや待て、飲み込んだら旨いかも」と思って勇気を出して飲んでみたら、ヤッパリ気持ちが悪くなるだけでした。しかしこれでブショネについての理解度が増した事を思えば、誠に安いレッスン代でした(実際700円位のスペインのクリアンサランクの赤でしたが)。或いは酒に興味の無い友人の引越し時に出て来たワインを貰い受けるのも一興でしょう。26年間の放置を経て洗面所から発掘された北海道産ミュラー・トゥルガウの甘口生ぶどう酒(無濾過)、緑色のボトルを通して見ても明らかに茶色を呈する液体、瓶の底には長く連なり藁あるいはミミズみたいに為って気味悪く漂う澱の堆積〈⇒澱(フランス語 Lie リー)〉、それは化学実験室にあるホルマリン漬けの生物標本をも想起させる程にグロテスク。風味は青林檎の芯や樹脂の苦く辛い部分(酸化によるアセトアルデヒド!)、古くなった蜂蜜と焦げたカラメル(熱劣化!)、そして砕けた胡桃くるみの滓に古文書を思わせる涸れ果てた感じ(過ぎた酸化熟成!)は、生気を貰うどころか奪われる感覚に陥る、もはや健全とは程遠い胸の悪くなる老体、骸骨、ミイラ。此処まで来ると口に入れる事さえいとわしく、飲み込むとなると清水の舞台から飛び降りる勇気が必要でありましょう。どんなワインも等しく愛する流石の私もこの時ばかりはボトルを持ってトイレに向かった次第であります。しかし有り難くも、このワインは私に三つの格言を与えてくれたのでした。

 ①ただ生気が衰えて人生の虚しさを見せられるようなピーク過ぎのワインより、ピーク前のワインを飲む方が活気と快楽を味わえる。(以後、長熟ワインへの興味は減じました。飲み頃につきましては ヴィンテージ チャートを参考にしてみて下さい)

 ②全盛期を過ぎて久しい古酒は、飲んで美味しい事は無く、如何に命は衰えて行くかを知る材料に過ぎない。(したがってその様な物に決して大枚を叩くものではない、酒に必要な楽しみ、高揚感は得られないので)

 ③ワインの劣化した味を見抜く為には、良質な味を知る必要がある。(液漏れやコルクの弾力チェックは勿論、ボトルを光に透かして見て、ヴィンテージから逆算し「過度に茶色くなった/澱が多い/液量が少ない」劣化品と思しき物はもう購入しておりません。取り合えずより健全な物をお求めの方は、店の棚に陳列されている中でもより冷暗な奥の方の物からご購入下さい、眉をひそめる店員さんもおりますので密かに…)

(追記)たまに専門誌などで1800年代から現在までの同ワインの比較テイスティング特集なるものがありますが、コメントを見る限り、古い物は大方シェリーのアモンティリャード(生物熟成+酸化熟成)やオロロソ(酸化熟成)に輪に輪を掛けた風味のようです。ただ実際口にした訳では御座いませんため大胆な事は申せませんが、何にしましても、骨董品は風味の云々うんぬんに関わらず「神の飲み物」と為る事に変わりはないようです。

本日の箴言

 経験を重ね、失敗や損を繰り返しながら飲み進んでいく内に好みの評価が自由に出来、好きなワインが実際に良いワインという事になれば占めたもの。我々は飲み手として専門家になる可能性がある事を心して置くべきである。(一部改訂)

城丸悟『物語るワインたち』

平日の一本

Cabernet Sauvignon, 2012, Peter Lehmannn (Barrosa, Australia)

色素が落ち始めてややオレンジがかった濃いガーネット。粘性は非常に強い

揮発するアルコールによる高い香り立ちは、ブラックベリージャム、カシスリキュール、シダ、黒胡椒、牡丹、ナツメグ、若干ピーマンの香りも。また 樽 からのチョコレートやヴァニラ。熟成香としては革、肉、土、ほんのりトリュフも感じられる

インパクトのある第一印象。凝縮した果実味と14,5%のアルコールが甘味を齎し、スムースな酸がしなやかな骨格を生み、ヴェルヴェッティなタンニンが奥行きを添える。後半にかけて収縮していき、余韻は中程度

しっかりとコントロールされた感が伝わる(ややもすると機械的)、終始落ち度のないクリーンな印象。オーストラリア的な安定したコマーシャルワイン。グラマーな肉付きを支える酸とタンニンによるストラクチャーがとても良く、まだ5年は熟成により発展していくだろう〈2017年11月〉

第八瓶 マルゴー事件

ようやく高い金を払って手に入れたワインを飲む日が来た!」

 二十回目の結婚記念日を迎えたH夫妻。夫は愛らしい妻の為にと、毎月の雀の涙ほどの小遣いから昼食も抜いて臍繰へそくって置いた小金で、結婚年のヴィンテージボルドー、シャトー・マルゴーを密かに購入していたのだ、決して自分が飲みたいからではなく。

「何年も熟成させてやっと飲み頃を迎えたワインを開ける時が来た!」

 自分の薄給に耐える為、家計を切り詰め何とか遣り繰りする妻も今回ばかりは許してくれるだろう、決して自分一人で飲み干そうという訳ではないのだから。

 妻は忙しそうに夕食の支度をしている。そこで夫も台所へ向かった。記念日くらいは手伝いをしようというのだろうか。殊勝な事である。すると夫は包丁を扱う妻の背中を恐る恐る通り過ぎ、台所奥で遠慮がちに佇む小型のワインセラーに向かった。妻は何も言わない。きっと料理に集中しているのだろう。夫はさながら宗教儀式よろしく、澱が舞わないようセラーからボトルを神像の様に静かに引き出し、首がしっかりと上に向く角度が取れるようリトーを敷いた純銀のパニエに恭しく安置し、両手でそっと抱きかかえるようにテーブルへと運んで行った。妻をこの様に大切に扱ったのは、二十年前のこの日くらいであろうか。背後から冷たい視線が向けられているような気がするが、気のせいだろう。オリーヴの木目が美しいシャトー・ラギオールの滑らかな取っ手の感触を味わいながら、刃で鉛造りの キャプシュル に半周と逆半周の二回切り込みを入れた後、更に縦断してから切っ先を引っ掛けて取り除き、別に用意していたリトーで瓶口を拭いた。そして九巻き有る螺旋状のスクリューをコルクに慎重にじ込んでいく。六巻き入れた。コルクの寿命は二十五から三十年、やや柔らかい脆さを感じたものの、まだ弾力を保っている良い状態である。念の為に用意した二股のプロング式コルク抜き、所謂いわゆる「バトラーズ・フレンド」の出番は無さそうだ。きっと同じ所作を幾度となく繰り返して来たのだろう。既に体に染み付いているかのように一連の所作は澱み無く進められた。が、扱うワインの命の重みであろうか、一つ誤れば全て終い。ゆっくりと、しかし迷い無く正確かつ的確に動作する、数々の 器具 に囲まれたその姿は、あたかも細心の注意を払い手術する外科医の様にも見えた。ソムリエナイフのフックを瓶口の縁に引っ掛け、梃子の原理で一センチほど引き上げた。矢張り砕ける心配は無い。そして更に二巻き差し込んで残りを引き上げ、コルクを握って静かに上から空気を入れて引き抜いた。

「シュッ」

 ワインが深呼吸した。二十年振りに外の新鮮な空気を吸い込んだのだ。コルクの匂いを確かめる。底に染み込んだやや涸れたようなベリー系の香りと樫の甘いヴァニラの香りが鼻をくすぐる。かびも見当たらず、ブショネの心配も無さそうだ。長年ワインに触れ、血の様な深紅に染まったコルクの片側、それと同じ年月の妻との触れ合い。過去の記憶が走馬灯の様に頭をぎり、一瞬夫は蒼褪めた。それが何故なのか、他人には知る由もない。二人は世間では人も羨むおしどり夫婦として知られているのだから。しかし案ずる勿れ。抜栓するだけで部屋に広がる上等なワインの香りが気付けとなり、どうやら血気が戻ったようだ。意も新たに、コルクをスクリューから手際良く回して抜いて小洒落た貝殻形の小皿に置き、ナイフを畳んでポケットに仕舞った。

 それから夫は神妙な面持おももちで蠟燭に火を灯した。これは妻の為のロマンティックな演出であろうか。いや、そうではなさそうだ。着火時の硫黄臭と硝煙はシーリングファンの風と共に消え去った。少しのコルクの欠片をリトーで拭い取った後、同じ角度を維持したまま注意深くワインボトルをパニエから引き出し、右手でボトルの底を持ち直した。そして、揺らめく火に照らされて虹色に煌めく、アイリッシュカットのクリスタル製デカンターを左手で握り締め、ボトルの怒り肩を蠟燭の明かりに照らしながら音を立てずにそっとワインを注ぎ入れた。別に妻の地獄耳が気になるからではない。注ぐ時に音がするという事は液体と気体が混ざる事、即ち酸化である。まだ若い年、或いは偉大なヴィンテージならより風味を開かせる為には良かったろう。しかし予算の都合上残念ながら平年並みの ヴィンテージ であれば、余計な空気接触は香味を飛ばし逆効果になる。二十年分の澱を取り除くだけで良い。デカンターのリンスも、ワインの状態確認のテイスティングもしなかった。デカンターは事前に精製水で濯ぎ乾燥させており手入れは万全、そして一人で先に味見するとは無礼千万、ワインと共に重ねて来た歳月を妻と同時に味わいたかったからだ。橙色の炎を背後に、雲状に揺蕩たゆたう澱が首元にまで流れて来るのが見えた。一滴でも惜しむ気持ちはあれど、余計な雑味が入っては台無しである。潔く デカンタージュ を止め、ボトルに残った液量を見ると、およそ全量の九分の一であろうか、一杯の100mL程もない。上出来である。「大体十万円で買ったからその九分の一は一万一千百十一円…」などというせせこましい料簡も持たず、夫はわだかまりの無い大らかな心と、ひと仕事終えた後に見られるような晴れ晴れしい表情で、妻のいる台所へと向かった。今度こそ手伝おうというのだ。しかし無念。どれ程の時が先の神聖な作業に費やされたのか、既に料理は完成していたのである。せめてもと、申し訳なさそうに盛り付けられた皿をテーブルへと運ぶ夫。抜栓及びデカンタージュ時の確信に満ちた所作とは違い、何というぎこちなさである事か。それを尻目に温白色の蛍光灯の下、木製テーブルの上で誇り高く赤く輝くデカンターとワインボトルに切れ長の目を向ける妻。

「ど、どうだいR子、君も聞いた事くらいあるだろう。シャトー・マルゴーだよ。しかも二人にとっての大切な年のものだ」

「ああそれ?『失楽園』で心中シーンに使われたやつでしょ。覚えているわ。茸とベーコンのサラダに、鴨とクレソンの小鍋。あら偶然、今晩のメニューとおんなじ。あと青酸カリがあれば完璧ね」

 いささか緊張気味の夫とは対照的に、妻は恐ろしいほど冷静至極である。そして何程の事でもないと言うように、さっと食卓の椅子に腰掛けた。豹を思わせるしなやかに伸びた背筋はいつもの様に美しかった。そしてこの妻の反応を良しとした夫に恐れるものは何も無くなった。

「怒れる時のR子は何も言わずにワインをキッチン排水溝に流すか、ワインの空き瓶を投げて来る筈だ。長い付き合いだ。あいつの事は分かっている。しかしこの献立とワインの相性は見事だろう。カベルネ・ソーヴィニョンのややヴェジタルな印象とクレソンの爽やかさ、樽由来のロースト香とベーコンの焦げた香ばしさ、メルローと瓶熟成によるスーボワやジビエ或いはシヴェの様なセイヴォリーな味わいが、茸の土っぽさや鴨の野性味と 旨味 に同調して見事なマリアージュを生む筈だ」

 夫は男らしくデカンターを鷲摑みにし、フラミンゴの脚の様に細く長いステムの、良く磨かれた二脚の大振りの瓜実うりざね型 グラス に、赤銅色に輝く、魂の秘密に光を当てる神々しい葡萄の血液を陶酔の面持おももちで注ぎ入れた。フェネロンが言ったように、彼にとっても「ワインを飲む事、それは神を讃える事」なのである。ワインは当初から祭式など宗教的用途と結び付けられていたのだ、何の不思議があろう。真紅の果汁がけがれない酒杯を満たす程に彼の心も満たされていった。薔薇色の液体が透き通ったボウルの壁面を伝い流れ落ち、瑞々しい音を立てて泡立ち空気に触れ、えも言われぬ芳醇な香りが二人の夜を包み込んだ。さあ、ワインはそそがれた。

二人「乾杯」

(グラスの音)「チン」

(妻の喉の音)「ゴクリゴクリ」

「プハーッ! お代わり」

──ワイン狂の夫は怒りか、それとも恐れか、或いはその両方かに震える手でボトルの方を握り、どす黒い液体をついでやったとさ…

 これは現代における珍しくない悲劇であります。二十年も一つ屋根の下に住みながら、互いの趣味を分かり合えない夫婦の話は彼方此方あちこちで耳にします。定めしこの夫は有名ワインであれば、お酒に疎い妻にもワインの素晴らしさが、自分の趣味が分かって貰えると信じていたのでしょう。しかし、極めて限られた地区で限られた量のみ造られる、1855年のメドック格付け第一級シャトー・マルゴーでさえ妻の前では形無し、彼女には世界中で大量生産されている、いつでもどこでも同じ味のコカ・コーラの方が似合うのだと思い知らされたのであります。

 前置きが長くなりました。陳腐な三流小説の真似事をして何を言いたかったのかと申しますと、「こんな飲まれ方をしてはワインが余りに可哀そうではありませんか」という事です(勿論健気な夫もです)。たとえ焜炉こんろの熱を浴びてどれほど喉が渇いていたとしても、いいえ、たとえ二日の間サハラ砂漠を彷徨さまよい、死ぬほど喉が渇いていたとしても! では先ずどうするか? という事でテイスティングをして、あのシャトー・マルゴーと対話をするのです!

本日の箴言

 芸術品と見なされる最高級ワイン。しかし絵画とは異なり一旦コルクを抜けばその命は短時間で終わる。それでも忘れ得ぬ印象を人の心に残す。

『世界一美しいボルドーの秘密』(ドキュメンタリー映画、原題:Red Obsession)

記念日の一本

Château Margaux 1994

 優美で柔らか、繊細さと精妙な甘い香りで「最も女性的」と称されるマルゴー村。それはメドック地区でも表土が最も薄く、その下の水捌けの良い砂利層が厚い為、葡萄自体は安定するものの、水分を求めて深く地下7m程まで根を下ろす事があり、土中深くの石灰岩層にまで根が届いた結果、ワインは生まれた時からタンニンがシルキーで非常に上品になるからである。そしてその頂点に君臨するのが、このシャトー・マルゴーである。

 貴さ、雅さ、あでやかさ、しなやかさ、優しさ、強さ、華やかさ、大らかさ… その全てに調和が取れた、古典的な女性美の極み。おお、我が憧れの人よ、貴女の正体はヘレネであった!〈2008年10月〉

自分よりも遙かに偉大なワインを表現しようとすると、自分が虚しくなるだけです( ;∀;)

第七瓶 澱(フランス語 Lie リー)

 生理学者から見れば全く不十分ではありましょうが、一応ながら我々の先天的能力の分析は終えたという事にさせて頂きまして、続きましては後天的能力、ソムリエ達は如何にしてワインの素性を暴くのか、その方法の分析へと参ります(後天的と申しましたのは、以前述べましたように、これはひとえに知識と経験と記憶によるものだからであります)。恐らく圧倒的多数の方々が喉から手が出るほど欲しい能力であろうと思います(そりゃあ「ズバリ的中」出来ようものなら、その内あなたも拍手と指笛とカメラのシャッター音の嵐の中で一夜限りのヒーロー/ヒロイン気分を味わえる事でしょう)。今迄の私の蘊蓄うんちく話など、「苦々しいワインの澱と一緒に便器に流してしまえ」という声が聞こえて来ます。人として、神的能力たる言葉、言わば表現力、いては想像力、即ち人間力を重んじる私としましてはいささか悲しい事ではありますが、かつてニーチェがツァラトゥストラを通して語ったように、「神は死んだ」このご時世であれば致し方ありますまい。

 チョット待って下さい、澱を便器に流しているのですか? 別に排泄物ではあるまいし、そりゃあちと思慮に欠ける行為と言わざるを得ませんネ。確かにボルドーの澱はとても苦くて飲めたものではありませんが、ブルゴーニュはロマネ・コンティが幾ら古くても デカンタージュ しないように(香り美人のピノはデカンタージュすると折角の香ぐわしさが飛んでしまうという事の方が大きな理由ですが)、ピノ・ノワールの澱は中々趣があって面白いですよ。

 抑々そもそもこの沈殿物、正体はと言いますと、赤ワインの圧搾後、もしくは白ワインの発酵後の貯蔵タンク内に沈降する果肉繊維、種子、酒石、酵母などで、その後澱引きは行われますが、樽詰めの際にもまだ残っていて、その時の澱は酵母が主体となります。その後清澄・濾過が行われ、瓶詰めされます。という事で、皆様が赤ワインに見る澱は、自然派の無清澄・無濾過ワインを除けば基本的に瓶内熟成によるもので、一言で申しますと、酸化によりタンニンと色素が重合した物であります(白ワインには稀に酒石酸とカリウムの結晶が見られます)。明かりに瓶底を透かして見てみて、澱が多く出たボトルほど紫色が落ちた分茶色を帯びて、タンニンが結晶化して沈殿するのと同時にその量が減少し(もしくは液に溶け込み)、柔らかく為っていると推測されるのです(慣れて来るとそのボトルの飲み頃を見分けられます)。タンニンの多いボルドーなどが良く熟成させてから飲まれるのはこういった事からなのであります(こうして澱の苦さの原因が分かりましたネ。またあのザラザラした触感が一層 渋み を感じさせるのです)。ロマネ・コンティ初代醸造長のノブレ氏は次の様な言葉を残しております。「初めは大人しくて無性格。それから少しずつ性格を見せるようになる。幼い時ほど我が儘。年頃に為るとちょっと神経質な所を見せたりする。しかし時が来ると我が儘が消えて優しく為り、女性が花開くように完成し、歳を重ねる毎に円味が出て穏やかに為って来る。」

 さて前述した内容から、特に無清澄・無濾過ワインには澱に酵母の死骸が含まれる事に為ります(※1)。「酵母の死骸? じゃあ矢っ張り排泄物と変わらないじゃん?」 飛んでもない事です。確かに「死骸」と言う表現にはいささかゾッとさせられますが、酵母はアルコール発酵で活躍してくれる人畜無害の単細胞微生物(※2)で、構成要素は蛋白質、即ちアミノ酸ですので、自己消化(自己分解:動植物が死ぬと、死後短時間で組織が化学変化を起こし、旨味成分が生成される)によって多糖体、蛋白質、アミノ酸をワインに放出し、イースト(パン)香や濃くと 旨味 成分を付与してくれるのです(シャンパーニュの 瓶内二次発酵 で特に重要な役割を果たします。参考 シュール・リー)

saccharomyces cerevisiae   en.wikipedia.org
もっぱら出芽増殖という無性生殖によって子孫を増やすが、実は酵母にも性があり有性生殖も行う。画像の、のっぺらぼうな酵母に付いた出臍でべその様な物が出芽部分、痘痕あばたの様な物が子酵母の離れた跡「出芽痕」

 ではこの澱、結局どう処理致しましょう? 個人的には料理に使う事をお勧め致します。ハヤシライスやデミグラスソースなどを作る際に合わせて入れるだけで数段風味が増します。たとえダメージを受けたワインでも、熱する事でアルコールや酢酸は飛び、有機酸(酒石酸、クエン酸、リンゴ酸)やエキス(糖、ミネラル、タンニン)が味を良くしてくれますので、もうワインボトルを持って便所に行くのは止めにしましょう!

 ※1 お亡くなりに為っておりますので、ワインが再発酵を起こす事はありません。ちなみに日本酒の「濁り酒」の白色(実際は無色だが、無数に集まれば光を散乱して白く見える)は酵母の色です(紫外線を照射して突然変異させた「赤色変異酵母」から醸造される「桃色濁り酒」も御座い。桃の節句雛祭りに合わせた季節商品として一部のメーカーが販売しています)。この内、火入れを行っていない物が、酵母が活きた「活性清酒」。微弱ではあるものの瓶内発酵を続けております為、取り扱いにはかなり気を遣います。なお酵母そのものは、蛋白質、脂肪、ビタミンB群、ミネラル等をバランス良く含み、栄養価は高いですので躊躇ためらわずに飲み込みましょう。余談で、ワイン酵母仕込みの清酒の特徴ですが、ワイン酵母は清酒酵母に比べ低温に弱く、片や温度が高く為ると発酵が活発に為りますが、自身が作り出すアルコールが高濃度(一般的に15%程度)に達すると弱って発酵停止を始める為、アルコール度数はワイン並みの12~13%で、フルーティーな甘味と上品な酸味のバランスが身上とされます

 ※2 酵母が大好物の糖類を食べてアルコールと二酸化炭素に分解する(酵母は英語でyeast、フランス語でlevure〈ラテン語levere「上げる」から〉、ドイツ語でhefe〈heben「持ち上げる」から〉と言い、これらは皆ギリシア語のzestos「沸騰するほど熱い」を語源に持つという。因みにfermentation「発酵」はラテン語fervere「沸騰させる」に由来)。60属500種に分類されている様々な酵母は空気中を初め、土壌や植物、熱帯のジャングルや南極の不凍湖、果ては深海6000mの底泥など地球上の在りと在らゆる所に存在し、その種類は無限という。そして他の在らゆる果実と同じく葡萄表面にも何百と存在し(蠟質の白い粉状物質「ブルーム〈病気などから実を守る為に自身で作る果粉。良く熟した証〉」に付着し易い)、昆虫の脚に付いて運ばれ、数週間で畑全体で増殖する。自然界には様々な性質を持った酵母が存在し、ワイン醸造においても葡萄に付着した色々な野生酵母が混入するが、最終的には生成されるアルコールや添加される亜硫酸によって生育が阻害され、人類に酒やパンを恵んでくれる「酵母の中の酵母」サッカロミセス・セレビシエ属が残る(通常単に酵母と言えばこれを指す。「微生物の家畜」とも言われるが、動物の様に餌遣りや糞尿の世話も要らず病気の心配も無く、植物の様に水遣りや施肥、除草、病害虫駆除も要らず、更に受精や受粉などの生殖行為に依らず子孫を増やせる)。ワインにおける酵母の分類は以下の通り

 ①自然(野生)酵母:安定的ではないが、多種類がゆっくり交代で活動するためワインに特質さをもたらす。時に有害微生物(腐敗酵母など)を指す事も

 ②培養(人工)酵母:同種類の寄せ集め故、安定した醸造が可能。ワインに安定感、カチッとしたブロック感を付与

 ③環境(天然≒自然)酵母:長年のワイン造りを通じて自然に選抜淘汰された酵母層(畑付き/蔵付き:ワイナリーの空気中、タンクやホースの設備に生育)の意を含む。種の違いにより香りも異なる、言わば「微生物の テロワール」。ワインに優しい香り、滑らかな質感、体に浸み込む柔らかい揺れを含む余韻を付与

(追記)「料理に活用するのは分かったけど、すぐに使わないし、少量を瓶のまま放置するのも邪魔だし、やっぱり変質は気分的に良くないし…」という方、製氷皿に入れて氷温保存しておけば好きな時に好きな量を使えますヨ(澱のみならず、勿論飲み残しにもドウゾ)

Laylita’s Recipes
いくら「高級ワインの澱だし、心💛を込めた手料理だし」と言っても、ここまでお洒落にする意味はありません…

(参考)澱の種類とその成分

 ①白くフワッとした雲状の物:蛋白質

 ②ザラメ状の物:酒石酸とカリウムの結晶

 ③粉っぽい物:酒石酸とカルシウム

 ④貴腐ワインの粉状の物:グルコン酸カルシウム

 ※瓶の内部にへばり付いた物:酒垢、クラスト

本日の箴言

 このワインは伝統的な方法で瓶詰めされており、したがって、ワインにはその進化の過程である一瞬の高貴さと澱の堆積物が含まれています。これはワインが生きていることの証ですので、澱の層は、フィルターや他のいかなる手段によっても取り除いてはいけません。

ドメーヌ・ルロワの裏ラベルより

休日の一本

Women of the Vine, Pinot Noir 2009 (Central Coast, California)

 熟成して色素量が落ちつつある、オレンジがかった濃いめのルビー。粘性は高め

 第3 アロマ 主体:ドライフルーツ(ザクロ、ブルーベリー)やドライフラワー、干し肉、明確な紅茶や枯れ葉、そして黒コショウや土、トリュフの香りが奥行きと落ち着きを与える

 穏やかな第一印象。ドライで、滑らかな酸はまだ若々しさを生み、ヴェルヴェットのタンニン、しなやかな果実味と13,5%のアルコールに由来する円やかな甘味がボディを支える。余韻は長め

 16~20℃、大振りの瓢箪型 グラス で。寿司:大トロ(脂身の旨さ倍増)や炙った鯖(魚の血合いと焦げがワインの肉っぽさと 樽 のロースト風味に同化)とのハーモニー

 チャーミング且つエレガントさも醸し出す、スマートでセクシーなアメリカ美女。実に妖艶的で蠱惑的な香りに気が遠く為る。正に飲み頃を迎えた熟成ピノ・ノワールの官能性に痺れる。スタンダード・レンジ物でさえ熟成させると此処まで発展出来るとは感動。澱まで旨い。人生における絶頂を辛抱強く待ちに待ち、その頂点で華々しく散る美しさは永遠に記憶されるだろう〈2017年5月〉

自宅で約7年保存管理。Deborah Brennerの同名本の表紙と同じ絵

第六瓶 旨味のオレンジワイン

 前項にて 旨味 を扱いました上は、明確に旨味を感じさせてくれるワインについて稿を割いて置きたいと思います(因みに日本酒には白ワインの十倍程の旨味が含まれているという)。スティルワインの分類において、赤、白、ロゼに続く、第四のワインとも呼ばれるオレンジワインです。これは一言で申しますと、白葡萄を赤ワインと同じ工程で醸造したワインの事です。赤ワインは果皮や種と共に醸しを行う為、赤色が付きます。一方、基本的に白ワインは果汁のみを発酵させる為、白色と言うよりは、黄色を帯びます。したがって黒葡萄を果皮無しで醸造すれば黄色よりはやや深めのトパーズ色に為ります。以前或る試飲会でカベルネ・ソーヴィニョンの白ワインを試させて頂いた事があり、やはり黒葡萄だけあって味わいに厚みを感じました。最も身近なものは、スパークリングワインのブラン・ド・ノワール(「黒の白」の意で、主にシャンパーニュの主要品種である黒葡萄のピノ・ノワールやムニエのみから造られた泡)でありましょう(カベルネから造られた泡も商品化されていますが、酸度を得る為に早摘みするのでしょう、未熟なカベルネに特徴的なピラジン系のグリーンな〈セロリの茎の様な青っぽい〉風味が有り、余り好ましいものとは言えません)。という事で、白葡萄を果皮ごと醸造したらどう為るか? もうお分かりですね。この醸造法をスキン・コンタクト(※1)と言うのですが、果皮の香味成分を果汁に与える為、一般的には約3~24時間漬け込みが行われます。この醸し時間が長いと、苦味成分であるポリフェノール化合物が抽出される為、その前にこの操作は終えられます。しかしこの位の漬け込み時間ではオレンジ色までは行きません。という訳で、ステンレスタンク/木製発酵槽、果梗(茎)の有無などのオプション選択は勿論造り手次第ですが、オレンジワインはスキン・コンタクトとその後の熟成も合わせて、一般的に3~8ヶ月間続けられると聞いております。

 オレンジワインの始まりは、イタリア北東部のフリウリ‐ヴェネツィア・ジューリア州、ヨスコ・グラヴネルがアンフォラ(※2)を使い醸造し、1998年に初めて瓶詰めしてからなのですが、元を辿れば8000年前のジョージア(※3)が起源で、現地では「アンバーワイン」「ゴールドワイン」と呼ばれ、クヴェヴリなる、浸透防止に内部に蜜蠟を塗った素焼きの醸造用土器にワインを入れ、地中に埋め一定の適温で発酵させながら、現在でも造られております(日本でも奈良、平安時代には酒甕を地中に埋めていたようで、今日でも九州の焼酎工場の一部で行われている)。此処で注意が必要なのですが、必ずしもクヴェヴリワイン=オレンジワインという事ではないという事です。クヴェヴリには葡萄を房ごと入れる場合もありますが、多くは粒のみ、或いは一般的方法で醸造されたワインとブレンドする場合もあり、無論赤ワインも造られます。飽く迄クヴェヴリはジョージアの人々にとっては、国の伝統的な且つ最適な醸造法なのです。歴史や伝統というものは、一つの事象に対し確かに制限を与えますが、一方でその可能性を広げ得るものでもあるのです。

  https://www.tanakaya3.com
この製法は2013年ユネスコ世界無形文化遺産に登録
http://wineprty.jp

 葡萄品種は、基本的にどんな白葡萄からでも造れますが、伝統的にはルカツィテリ(※4)で、一般的には果皮に香味成分を多く含む アロマティック 品種(ゲヴュルツトラミネール、ヴィオニエ、マスカット等)、またシャルドネやソーヴィニヨン・ブラン、そして日本では果皮に若干のアントシアニン色素を含むグリ系の甲州も使われております。しかし残念ながら、おおむね長い酸化熟成期間を経る為に品種個性は失われ、結局どれも似たような香味になる事は否めません。その一般的な特徴とは、香りは乾燥オレンジの皮、ジャックフルーツ(果肉感のあるトロピカルフルーツ)、潰れた林檎、ジュニパー(杜松ねず)、ニス、アマニ油、また酸化熟成による紅茶やヘーゼルナッツ(※5)と、正直余り美味しそうに聞こえないものばかりです。味わいは果実の皮を思わせる酸味、赤ワインにも劣らない渋み(但し「タンニン」ではなく「フェノリクス」と呼ぶ)、出し汁的旨味と、こちらも余り飲んでみたいと思わせてくれない表現になってしまいます。要するにオレンジワインとは、皮と種による 渋み、旨味、苦味が主体のワインで、中には「泥臭い」と言う方もおられます。ただ、その皮と種が抗酸化作用の働きをする為、勿論全てではありませんが、二酸化硫黄〈⇒ワインの亜硫酸〉が不要の「Vinヴァン Natureナチュール (自然派ワイン)」が多いという事も押さえて置きたいポイントです。またVeganヴィーガンワインも在ります(※6)。

 適切な飲み方としましては、より長い醸造期間が取られたと思われるオレンジ色や赤錆色のワインは、大振りの瓢箪型 グラス の方が、小振りグラスに比べ酸味が控えめに感じられ焦点はややぼやけますが、豊かな風味の表現においては優ります(より醸造期間が短いと思われる、よりフレッシュな黄色主体のワインは酸味を活かすため小振りが適切です)。温度は、渋みが強調されるため12℃以下にしない事、また「24℃の高めで食後酒として」という本場の造り手の意見も試されてみては如何でしょうか。ペアリングは発酵食品(納豆、キムチ)など、とろみや粘りのある物や揚げ物、また煮込みやアジアンスパイス料理、そして土っぽさの同調で根菜と相性が良いと言われます。要は、癖のあるワインには癖のある料理を合わせましょう、という事です(実験結果〈極端な例〉:納豆や塩辛など発酵食品にはワインの風味が負けないという位で正直合うとは言い難く、昆布や帆立の旨味とは平行する程度でこちらも引き立てる迄は行かず、悲しい哉ゴーヤチャンプルの苦味には流石に負ける。但し、オレンジワインも多様なため一概にこの限りではない)。

 ※1 破砕機や圧搾機の向上により、工程が短時間で終了するようになった1960年代以前はこのスキン・コンタクトに相当する時間があった為、「伝統の復活」という見方もあります

 ※2 ギリシア語で、元々はワイン運搬に用いる容器。内部のざらざらした部分に野生酵母が住み着き、また樽と違い香りが移らない為、葡萄本来の味わいが表現出来るのだとか

 ※3 2015年、外務省からの通達によりロシア語読みのグルジアから英語読みへ(理由は、1991年のソ連崩壊と共にジョージアが独立した為。ソ連時代はロシアからの抑圧、独立後もロシアとの紛争といった対立があり、ロシア語読みを忌避した)。ワイン発祥地、南コーカサス、トルコの隣

 ※4 皮と種のみならず果梗も合わせて醸造すると、それに含まれるカリウムが酸と結び付き、結果ワインの酸度が落ちる為、酸の多いこの品種を使うという。長期熟成には酸とタンニンが必要なのです

 ※5 クヴェヴリは必ずしも好気こうき的な造りではありませんが(密閉されるためむし嫌気けんき的)、オレンジワインやアンフォラで醸造・熟成させたワインの多くは自然派で、好気的/酸化的なスタイルから既に十分な熟成風味を得て発展している為、更なる瓶内熟成による効果は(然程)得られないと思われます(スキン・コンタクトは熟成に耐えられないという意見もあります。ただシャトー・メルシャン製造部長のエノログ安蔵光弘氏は甲州グリ・ド・グリについて、「赤ワインより早く熟成するようで」「セラーに1~2年しまっておくと、より複雑な香りのワインに成長」し「口当たりが丸くなり、紅茶やシナモンの香りが出て」来ると仰っております。因みに今迄私が頂いたオレンジワインの中でベストはこのグリ・ド・グリです)。個人的嗜好に為るかも分かりませんが、矢張りワインは果実感が鍵で、過ぎた酸化熟成は若々しさの証たる果実味と酸味を失う分、甘味と苦味のある老身ワインに為るのです。「ワインというものは歳を取り過ぎると骸骨になるか、又は美しいミイラになる」と、ブルゴーニュの名手ユベール・ド・モンティーユ氏は言っております。たっぷりとした果実の肉感のある新世界のワインは安価でも美味しく飲めますよネ

 ※6 1944年イギリスで設立されたヴィーガン協会に由来し、「如何なる形でも動物への残虐行為や動物からの搾取に関連した一切の物を取り入れない」生き方、即ち肉・魚・卵・乳製品・蜂蜜など動物由来の食品の摂取のみならず、動物に由来する化粧品や衣服等も使用しないライフスタイルを表し、菜食主義者ベジタリアンよりも厳格な主義。ご参考までに申し上げますと、米・米麹・水を主原料とする清酒こそヴィーガン完全菜食主義者向きです。但し、中には澱下げに動物由来のゼラチンを使った物もありますが…。因みに澱と共に香味成分も取り除かれてしまう為、大吟醸クラスはこの過程を経ない物もあります。結局、表記義務は無い為、本記事投稿時点で「ヴィーガン認証」を取得している岩手県の南部美人と群馬県の水芭蕉を除き、実際の使用の有無は直接問い合わせるしかないのが現状です。とは言え、狂牛病問題後、日本酒業界ではゼラチンの使用は控える傾向にある為、殆どは安心してヴィーガンの方も楽しめる酒となっているようです

本日の箴言

 ワインは自然の表現であると同時に文明の表現でもある。ワインが本来の自然さを失わないようにするにはどこまで人の手を入れられるのか? 人工的なものの方が、元の自然よりも自然らしく見える事がある。ボードレールやワイルド、所謂いわゆるダンディと呼ばれる人達は皆そうだ。だから意図的に造られたワインだからと言って最初から間違っているとか不味いとか決めつけてはならない。

ジョナサン・ノシター『ワインの真実』

平日の一本

甲州オランジュ・グリ 2017(シャトーマルス、山梨)

 僅かに薄紅を帯びた濃いめのオレンジの色調、粘性は高め。甲州らしい籠もりがちな香り立ち:オレンジの果肉、びわ、和梨、紅茶の出涸らし、生姜、パンジェントスパイス、湿った白土、仄かにメロンや薔薇、そしてその全てを甘やかなバナナ香が包み込む

 味わいはドライで、風味が直ぐに大らかに広がる。円やかなテクスチャーが柔らかい果実味(これが大事!)とボディにほんのり甘さと豊かさを添え、滑らかな酸が控えめな張りを齎す。透明感のある心地良い苦味、そして僅かなスパイシーさと明確な 渋み が終盤に向かって濃く(アルコール11%表記だが、より高く感じさせる。2018、2019は12%表記)を与えて行く。舌の中央奥で旨味が長い余韻を生む

 冷やし過ぎず12~14℃、大振りの瓢箪型 グラス で。ローストポーク(グレイビーソース+ホースラディッシュ)、穴子(天麩羅)・太刀魚(煮付け)・ししゃも(旨苦味の平衡)、玉子(茹で、焼き)、餃子(ラー油のスパイシーさとの相性)、カレー(スパイシーな料理にも負けない)、アーモンドや胡桃(ナッツの脂肪分の甘味が出る)、オレンジマーマレード(オレンジ風味の同調)などと良く合う

2016年がファースト ヴィンテージ。当ワイナリー関係者曰く「オレンジワインというと、白系のブドウをしっかり醸して造るとイメージされると思いますが、このワインはそういう醸しのキュヴェだけではなく、亜硫酸を使わずに絞ったキュヴェや、亜硫酸を使ってスキンコンタクトを長めにして造ったキュヴェなどいくつかのスタイルのキュヴェを最終的にブレンドしてあります。そのために、柑橘系の甲州の香りとは異なる花のような香りや、フェノレが多いところが特徴とするような香りが主体で、香りのボリュームはあると思います。味も醸しのキュヴェだけではないので、それほどフェノールは強くないと思いますし、種のまわりからくる酸味もしっかりあり、少しだけ残糖を残すことでバランスをとっています」

第五瓶 続・ワインの味わい方 -葡萄酒との対話-

人の五感と五味の分析(味覚)

 続きましては味覚です。先ずは味わい、いては美味しさというものの全体像を捉えて頂きたいと思います。次のリンクをご覧下さい。⇒ 味わいの分析図

 元々フランスの伝統料理は四味で構成されておりましたが、日本食文化の栄光とも呼ぶべき、天然食材に含まれる「旨味」が其処に加わる事によって、食という学問に一層の幅が増したのであります。日本人ほど五味に敏感な人種は居ないと言われています(※)。そして我々の旨味文化と食感文化(擬音・擬態語の多様性)、即ち食材が持つ自然の儘の個性を尊重する食文化、「無味」や「淡」を尊ぶ心を、ようやく世界が理解し始めているのはご存知の通りです(イギリスのスーパーマーケットでは醤油や味醂だけでなく紫蘇や柚子といった日本の食材が買えるように為り、フランスのミシュラン3ツ星レストランでも醤油や味噌、山葵わさびなどは普通に使われる調味料と為りました)。

 ※ 色盲がある様に味盲もあり、西洋人は男性の30%、女性の25%もがそれであると言われる。一方、東洋人は13%と言われ、香味の感受性はより鋭いとされる。但しこれは人種が高等であるという事ではなく、むしろ動物に近いと見做みなされるかも知れない。なお当サイト管理者は人間的な思考よりも動物的な感覚を重んじる者の一人です(我々が人間であるよりも長く動物であった事は、厳然として動かしようのない事実ですからネ)。なお味盲といっても五味の全てが分からないのではなく、特に苦味に鈍感である。因みに、苦味を賞味出来るのは全生物の内で人間だけである

 ではその五つの味を捉える器官に目を向けましょう。

sites.google.comより加筆

 上の図の通り、味蕾が溝に溜まった液に溶け込んだ味覚物質を感知するのです。「味の感覚は一つの化学作用で、昔の術語で言うと湿法によってなされる。言い換えれば有味分子はまず何かの液体に溶解しなければ、乳頭とか吸盤とかいう味覚器官の内部に敷き詰められている神経毛の先から吸い取られないという事である・・・本当に、我々の口を不可溶物の細かい欠片かけらで一杯にしても、舌は触覚を感じるだけで味覚は感じないのである」とはブリア・サヴァラン氏の言葉です(例えば、ビニール袋やプラスチックを口に入れても味がしないのは溶解しない為)。因みに溝にはエブネル腺から出される分泌液により、溝の中身は洗い流され、味覚物質が留まり続けないようになっています。ところで、此処で注目して置きたいのは、舌の後方から奥にかけて味蕾が多い、即ち前方より後方の方が味に敏感、もっと言うと我々は舌の奥側で味を十分に感じているという事です。

 そして味蕾です。

mikakukyokai.netより加筆

 味蕾の数は成人で平均245個と言われており、これら味蕾細胞は2~3週間で生まれ変わるのだとか。しかしながら70~80歳に為ると88個まで減少し、この数だと味覚異常と診断されるようです(嗅覚とは異なり味覚はほとんど衰えないという説もあるようですが、それでも男性の苦味の感受性は徐々に弱まり、女性のそれは閉経と共に一気に落ちると言われています。因みに湯川酒造の湯川尚子女史は次の様に仰っています。「私が思うに女性が生理の時っていつも以上に苦味を感じ易い」)。どちらにせよ、味覚には個人差があり、自分の感じ易いポイントを見付ける事が奨励されます。人の味覚は全く同じではないのですから、嗜好するワインも同じではない訳で、そういった自由さの中にこそ、恋愛の自由さと同じで、面白さが在るのだと思います(「三千人と恋愛した人が一人と恋愛した人に比べ、より多くについて知っている」と言えないのは人生の面白味ですが、「三千本のワインを飲んだ人が一本のワインを飲んだ人に比べ、より多くについて知っている」と言えない事は絶対にあり得ませんが…)

 此処で、お気付きの方もおられるでしょう。「肝心の旨味は何処が感じ易いの?」と。これは飽くまで個人的な体験で、私の舌が狂っていないならばの話ですが、旨味は舌の中央で感じます、というより残る感じです。生のトマトや昆布を食べた時に、いっそ味の素を舐めて頂ければお分かりになると思います。

 では此処で鏡に向かって舌を出して見ましょう。ぷつぷつした乳頭は幾つくらい御座いますか? 直径1cm大の円を舌先に見て、その中に15個未満(10~25%の方)であれば味覚に鈍感、ではなく、苦い物が平気で非常に強い味のワインも楽しめるでしょう。15~30個(50~75%の方)であれば一般的な味覚で、ほどんど全てのワインを楽しめます。では31個以上(10~25%の方)はと申しますと、非常に敏感で、塩化ナトリウムをより塩辛く、クエン酸をより酸っぱく、エタノールに甘味はそれほど感じず、苦味を強く感じる、という具合です。したがって飲酒量は少なめで、より繊細なワインを楽しむ傾向にあると言います。見方を変えれば、他人より五味やアルコールを強く感じるのでワインを十分に楽しめないかも分かりません。しかし嘆く勿れ、実はあなたこそ Super Taster超味覚者です! 何故なら少量口に含んだだけで、味わいのバランスが分かってしまうのですから。そしてこの比率は女性の方が男性の2倍以上多いと言われています(アメリカでの研究によると、言わばこの「味覚過敏」は女性で35%、男性で15%がこれに当たるという)。抑々そもそも、大昔より続く人間生活の営みの中、毒か否かを見極める進行過程で、女性の方が乳頭の数が多いのは必然の結果です。しかし女性は女性ホルモンが生理的に安定していない為、味覚も不安定となってしまう事もまた事実。同じ味を提供する必要のある料理人に男性が多いのはこれが為です。

本日の箴言

 好き嫌いから始まる味覚は、飲み続ける間に進化し変化していくものである。ワインのもつ独自の味わいについて最良の判定をするのは個々人の味覚にほかならない。ワインの鑑賞において、絶対に正しいとか間違いなどというものがあるわけがない。

ヒュー・ジョンソン、ジャンシス・ロビンソン『世界のワイン図鑑』

平日の一本

Sauvignon Blanc 2018 (Marlborough, New Zealand, MUD HOUSE)

 ややグリーンがかった淡いイエロー。粘性は強めで、果実エキスの凝縮度を思わせる。グレープフルーツ、パッションフルーツ、グアヴァ、アスパラガスやさやえんどうの鮮やかな香り立ち

 ドライ、クリスプな酸、果実感と若干アルコール度(13.5%)の高さを感じさせるミディアムボディ。余韻は中程度。高めの酸と熟した果実感のバランスが取れる5~8℃、小振りの グラス で

 フードフレンドリーな品種だが、特にサラダや菜の花サンドイッチ、或いは葱チャーシューやレバニラなど、グリーンな風味同士の相性には特筆すべきものがある。またサーモンとのペアリングはこの品種のお約束。加えてカニクリームコロッケやレモンを絞る料理とも良い組み合わせ

 清々しいニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランに心が弾む。バッハ:無伴奏パルティータ第3番ホ長調ガヴォット・アン・ロンドーと(軽やかに突き抜けるヴァイオリンの音が爽快な酸と合う)

第四瓶 ワインの味わい方 ー葡萄酒との対話ー

人の五感と五味の分析(嗅覚

 五感とは申しましたが、テイスティングにおいては特に嗅覚と味覚が重要な感覚となりますので、此処ではその二つを取り上げ、今回は嗅覚について考察したいと思います。また「葡萄酒との対話」などと大仰な副題を付けましたのは、「このワインは一体何を訴えているのだろう?」というニュートラルな心持ちでテイスティングをして頂きたいと思うからです。呼称資格受験者の様に、「リースリングだからペトロール香」とか「シラーだから黒胡椒」では、感じ取っているのではなく頭から決め付けている訳で、それは造り手に対しても、ワインに対しても失礼と思うのです。先ずは感じた事を感じた儘に表現する事。そして最終的には、どうしたら最高に美味しく飲んであげられるのかを考える、ワインが放つメッセージを唎き取る、という事が飲み手としての正しい姿勢と考えます。良く言われますように「ワインは生き物」であり、常に(化学的)変化を続けているのです(※1)。其処をしっかりと感じ取ってあげたいものです。 

 www.winetasting-demystified.comより加筆

 上記の通り、香りには二種類あります。鼻腔びくう香気が一般に 匂い と呼ばれるもので、鼻孔を通り鼻腔で感知される匂いの事です。対して口腔こうくう香気は、飲食物を飲み込んだ時の、口蓋こうがいの奥へ行き、裏から鼻腔に入る匂いで(鼻を塞いで放した時に空気が抜け出るイメージ)、口中で アロマ のニュアンスを嗅ぎ分ける、所謂いわゆるフレーヴァーの事です。抑々そもそも香りは揮発(※2)性化合物、気体です。そして口内は温度が高いため、(アルコールの蒸発と共に)匂い分子が揮発して香りが濃くなり、鼻から抜けて強く感じるのです。よって湿度100%(※3)の口内の「あと香」には「たち香」に無い複雑な匂い分子があり、人はそれによって美味しいと感じる訳であります。要するに嗅覚が味わいの大部分を占め(※4)、そしてそれは揮発物のみを感知するいう事です(※5)。摂食行動を個人的嗜好の範囲から社会国家を越えて人類の幸福にまで導いた、ブリア・サヴァラン先生はいみじくもこの様に仰っています。「有味体は全て必ず香りを持っている。嗅覚と味覚の両方に属している・・・嗅覚を奪われると味覚は麻痺する」

    www.planet-science.com
鼻詰まり、鼻摘まみ、嚥下えんげ時に舌を口蓋にくっ付ける → 空気の流通が遮断され、香気が鑑賞されない

 ご存知、ワイン通達がテイスティングで「ズズー」と遣るのはこういった事からで、彼等は空気を含ませる事で香味を引き出しているのです。但しこれは周囲の方々が耳にして快い音ではありませんので、特にレストランでは止めましょう。どうしてもという方は、噛むようにして、無音で空気を含ませましょう。とは申したものの、やはり麺類を頂く時は堂々と、天に響くほど音を立てるべきです。「美味しい物を美味しく頂いているのです」と、神様に伝えてあげましょう。海外の方々の冷ややかな視線など気にするに及びません。勿論「郷に入っては郷に従う」もありますが、特にラーメンを啜る効果としては、①麺に絡まったスープが滴り落ちる前に素早く口内に入る(スープにこそ滋味がたっぷり含まれているのです)②前述の通り、空気と共に食べる事であと香レトロネーザルのフレーヴァーに繋がる、の二点です。この二つの相乗効果により、お行儀良く啜らずに時間を掛けて冷めるリスクを負いながら食べるより、四倍も豊かな味わいを感じる事が出来る訳です。来日する方々には是非ともこの理に適った食事作法を体得して、ご帰国頂きたいものです。

ippudo.com
欧米人は一般的に猫舌という(体温は日本人より高く、例えばフランス人が発熱というのは38℃以上)。熱いお吸い物を椀の縁に殆ど口付けずに吸い込むという芸当は日本人特有の技で、欧米人には出来ないらしい。彼等が無音でスープを食べられるのは熱伝導率の良い金属スプーンを口に入れても熱くない程度に予めスープの温度が調整されている為
Cool Japan!

 ※1 (グラス、温度、デカンタージュ の有無などでも変わる)ワインは絶対性の無さが面白い。即ちワインは、神的でありながら人間的な要素も持ち合わせている、神と人の子であるディオニュソスやイエス、或いは天を追われ地で活躍する須佐之男の様な、我々日本人の魂にも共鳴し易い飲み物なのである

 ※2 揮発とは液体から気体への移行現象。熱力学の原理で変化(温度が低いほど弱く、高いほど強い)。グラスをグルグル回すのもこれを期待して

 ※3 低気圧の雨の日は湿気が強くなる為、香りを敏感に嗅ぎ取れる(高気圧の晴れだと香りが飛び易い)。雨の日に森へ行くと樹の匂いが強く感じられますネ

 ※4 香りが味の評価の約七割を占める → 香りもワインの値段に含まれていると考えるべし。人間の感覚において、鼻の方が舌よりも遙かに鋭い。味覚はせいぜい千分の一か一万分の一位の濃度迄しか物の味が判別出来ないが、嗅覚はそれより一桁も二桁も先の十万分の一か百万分の一、物によっては一億分の一以下の濃度でさえ嗅ぎ分ける事が出来るという。尚、オルソネーザルと味わいは別々にしか感じられ得ないが、レトロネーザルと味わいは同時にしか感じられ得ない

 ※5 因みに赤は白より揮発度の低い、分子量が大きい物質を多く含む為、香りが立ち難いという。但しガメイやピノ・ノワールは冷たくても揮発度は高いのだとか

〈追記〉五感の内、嗅覚のみが記憶を司る海馬が在る大脳辺縁系へと入る。即ち嗅覚は他のどの感覚よりも記憶を喚起させる。これを「プルースト効果」と言うのは、『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌを食べた時に過去の記憶が甦る有名なシーンから。匂いは個人的な体験、生まれ育った国の文化、歴史的な知識に深く結び付く。逆に、匂いを感じないと記憶と感情が結び付かない為、痴呆やアルツハイマーの患者は鼻が悪い場合もあると言う。加えて、嗅覚は加齢と共に衰える。女性の場合、排卵期に鋭くなる(男性より嗅覚細胞が43%多い)。また煙草は嗅覚を著しく鈍らせる(「煙草を吸う人間が料理人として失格する最も大きな理由は、味覚と嗅覚が鈍くなって微妙な味の判断が出来なくなるからだ。煙草呑みの舌や鼻の粘膜の細胞は丸みを失って平べったくなっているそうだ。感覚器官としての感度は大幅に低下している。やにで汚れた舌や鼻で物の風味を味わうのはサングラスを掛けて物を見るのと同じだ」──「美味しんぼ」アニメ版・板前の条件)

本日の箴言

 ソムリエは文化を伝える仕事で、ワインが生まれた土地の風の香りや土の匂いも伝えるべきである。

田崎真也(現JSA会長〈本記事投稿時点〉)

同氏のおススメ動画集はコチラ⇒お役立ちワイン映像集

ホテル雅叙園東京にて

記念日の一本

Barolo 2010, La tartufaia (Giulia Negri, Piemonte, Italy)

 熟成を示すオレンジを帯びた濃いめのルビー。粘性は強い

 第1 アロマ はチェリー系(レッド、ブラック、サワー)主体で愛らしく、第2アロマの 樽 香(1年物6ヶ月、2年物6ヶ月、500トノ-18ヶ月+瓶熟12ヶ月)はスパイスやスモーク。第3アロマが高く、ドライフルーツ(プルーン、イチジク)、ドライフラワー(バラ、スミレ)そして革や茸や土っぽい香り

 しなやかな第一印象。凝縮した果実味とチェリー様の可愛らしい高めの酸、口内をグリップする高いタンニンの 渋み は前半から後半まで一貫する。アルコール14%由来の舌先のピリピリする刺激と喉の熱さ。余韻は長め

 チャーミング且つエレガント、加えてセクシーさも備えた魅力。2010年バローロはクラシックな ヴィンテージ。今でも十分楽しめるが、果実味、酸味、タンニンの高さからまだ2~5年寝かせても良い。17~20℃、大振りのピノ・ノワール用 グラス で〈2019年10月〉

第三瓶 感覚の言語化

 この感覚の言語化が容易たやすく出来れば私が老婆心切を起こす事も無かったろうに、いえ、むしろこの世は詩人で溢れ返っている事でしょう。とは言え、ソムリエは詩人ではありません。ホメロスやヴェルギリウス、ダンテ或いはイェイツなどが詩人です。その霊感、感受性そして言葉のセンスたるや畏るべきもので、常人が如何に訓練しようと養えるものではありません。しかし前回申しましたように、テイスティング能力は才能ではなく訓練の賜物です。反復学習を繰り返し、以前に経験した色香味を自分の記憶に照合させる事なのです。したがって未経験のワインを言い当てるなど土台無理な話で、たとえもしそれが出来たとしても、それは唯の紛れ当たりで実力とは言えません。故にワインの資格におけるテイスティング試験とは、勿論ワイン当ての要素もありますが、それ以上にそのワインが有する要素の分析であります(※)(⇒日本ソムリエ協会呼称資格認定二次試験対策)。アメリカのマスターソムリエのMr.ガイザーは「私の正答率は70%強、もしサンプルが本当に良く、かつクラシックワインだとしたら」「私のワインに対する一番の信念は、信念が正確ではないということ」と仰っております。長期熟成したワインであれば、複雑な自然の力に左右され、その造り手達でさえ当てるのは無理難題という話も伺った事があります。という事で、当てっこゲームにご興味のある方はJSAが毎年5月に開催しておりますテイスティングコンテストにご参加頂いて、此処では先ず我々自身に備わる五感と五味の分析から参ります。

 ※ 先ずは自分で香りを探しながら感じたまま自由に表現してみて、それでも言葉に詰まる/ソムリエのコメントを理解したい/資格を取りたい、という時にテイスティング用語集などを使う確立された方法を取るべし、が個人的な意見です(勿論ソムリエの意見は逆です。必要があれば下のURLからのアロマホイールを参考にしてみて下さい)。何故なら一度既存の型に嵌まってしまうと、それに捕われ、即ち表現の自由を奪われ、結果其処から抜け出せなくなってしまう危険性が高いからです。また 匂い はおよそ500種もあり、更に人の感覚には個人差があるのですから、絶対的な正解不正解など在り得ません。もし人が犬と同じ程度の 嗅覚 を持っていたとしたら全て正解となる筈です。但しそれでは何でも在りの無秩序状態になってしまいますので、その中でも特に強い匂いが試験では正解とされるのでしょう。

アロマホイール⇒htp://www.unicom-japan.co.jp/aroma/wheel.html

外観の表現一覧はコチラ⇒https://winefolly.com/deep-dive/complete-wine-color-chart/

www.exclusive-wine.com

本日の箴言

 人は繰り返しの行いで成り立っている。したがって優秀さとは、行動によって得られるものではなく、習慣の賜物である。

アリストテレス

平日の一本

Albarino 2018 (Val do Salnes, Rias Baixas, Spain. Mar de Frades)

 グラデーションのある濃いめのイエロー

 強い香り立ちは熟した黄桃や黄林檎、洋梨、レモン、スイカズラやカモミール、また白スパイスや潮の香りが爽やかさを演出する

 瑞々しいアタックから高い酸度が充実した果実味にストラクチャーを与えるミディアムボディ。ミネラル 由来の苦味と塩味の余韻は中程度

 リアス・バイシャスのアルバリーニョは「海のワイン」と呼ばれる通り、寿司など魚介類との相性は抜群。8~10℃、中振りの グラス で。潮騒が響くテラスで、青い空と青い海を眺めながら頂きたい