第二瓶 ワインを楽しむために

 ではワインを楽しむ為に必要なものは何でありましょう?

 勿論ワインそのものではありましょうが、更に申しますと商品を購入する資金でありましょうが(望むらくは潤沢でありますように!)、先ずは人が生まれ持つ五感であります(望むらくは健全でありますように!)

 しかしながら、折角自然が与えてくれたこれらの能力を如何に人々は眠らせている事か! 

 テイスティングは才能などという御大層なものではなく、訓練次第で上達可能であるにもかかわらず、皆その努力を怠っているだけ、いいえ、小さな労力を惜しんでいるだけなのです。ああ無念。ブリア・サヴァランの言う「感覚する存在と見做みなされる人間の宿命」というものを、ややもすると現代人は忘れがちです。

 視覚は微妙な色調を宝石の色などに喩える為に、

www.chicagotribune.com

 嗅覚は約500種とも言われるワイン中の 匂い 物質を果実や花、香辛料や化学物質に喩える為に、

 味覚は時間差で 移り変わる五味(甘・酸・塩・苦・旨)のバランスを、また触覚は温度やタンニン由来の 渋み 又アルコールによる熱さや発泡性ワインの泡の刺激をチェックする為に、

 そして聴覚はその泡の状態(※1)を確認する為に使います(※2)。

 そして最も大切なのはそれらを感じた事を言葉にするという作業です。それは、感覚は潜在的に記憶出来ても、自由自在に引き出す事は出来ない為、そこで言語化する事で感覚を記録し、整理し、再確認出来るようにする為なのです。

 休日は是非自然に還り、四季折々の景色と香気と清音を満喫し、五感を鍛えましょう。

 ※1 シャンパーニュの気泡音は「星の囁き」とか「天使の拍手」などと表現されます

 ※2 しかし鏡の前の自分くらいしか、私はグラスに耳を添える人を見た事は御座いません

本日の箴言

 我々の諸感覚は、常にかわるがわる何かに快く満たされようと求めてやまないが、そこにこそ人間不断の進歩の原因が潜んでいるのだ。こうして視覚は絵画彫刻、その他あらゆる種類の観覧物(演劇、映画など)を産み出した。聴覚は旋律を、和声を、舞踊や音楽を、そしてそのあらゆる部門や楽器類を産み出した。嗅覚は香料の探求、栽培、使用を・・・味覚は食物として役立つあらゆるものの生産、選択、調理を・・・触覚はあらゆる技術、技芸、工業を盛んにした・・・結局諸々の学問は、我々が我々の感覚を喜ばそうとしてする不断の努力の直接の結果に過ぎない。

ブリア・サヴァラン『美味礼讃』(原題:PHYSIOLOGIE DU GOÛT味覚の生理学

休日の一本

Bollinger Special Cuvée

 やや黄金がかった美しいトパーズ。良く溶け込んだ持続性の高いクリーミーな泡立ち。重層的で複雑な香りは熟した黄林檎、レモンゼスト、ブリオッシュ、白スパイス、 由来のスモーク、熟成感を示す蜂蜜や生姜にナッツのニュアンスも。時と共に MLF 由来のサワークリーム、また薄口醤油や酵母香も

 素晴らしいアタック。綺麗な酸がドライな印象で広がり、クリーミーな泡の刺激と共に凝縮された果実味が豊かさを生み、旨味 もしっかりと感じられ、苦味が濃くをもたらす。そして塩味のある ミネラル が長い余韻を生む

 古樽使用ゆえ香りはフレッシュ、味わいには深みが備わっている。若々しさ且つ重厚さ、厳格さも併せ持つボランジェ、ゴージャスボディで引き締まった印象は若い時代の007。大振りのピノ・ノワール用瓢箪型 グラス で、冷やし過ぎず10~13℃で。ローストビーフ(胡麻だれやグレイビーソース)、合鴨のロースト、焼き豚など、スモーク香のある肉との相性には特に素晴らしいものがある

第一瓶 開会のご挨拶

www.foodnavigator-asia.com

 人は生きる為に生きるのではなく、楽しむ為に生きるものです。そして肉体と精神の二つの喜びが、人には与えられてあります。ワインは感覚のみならず知覚にも訴え掛けるものとして、しばしば芸術に喩えられます。歌舞音曲、遊び事は様々ですが、畢竟ひっきょう人の喜びは飲食に尽きるのです。何故ならそれこそ自然の欲求でありますから。そしてロレンツォ・ヴァッラ曰く、「飲むほうは、ぶどう酒か口の中が傷んでいない限り、いつも楽しいものです」

 ささ、より多く人生を楽しむ為に、ワインを楽しみましょう!

ワインエキスパートとして

 ワインの啓蒙及びワイン愛好家の増員は我々ワインエキスパートの使命だが、無為無策のまま漠然と臨んだとて効果は期待出来まい。その為には先ず他の酒類と比較しても、歴史や文化、或いは地理や農業、更には科学や芸術に至る、より多くの学問の要素を有するワインの絶対的な価値が認められる必要がある。そして我々はそれらを先入観無く公正に、簡潔に分かり易く、つ明るく開放的な調子で伝達する事が出来ねばならぬ。「難解で理解に苦しむもの」から「複雑で深遠なもの」という見解へと発展させねばならぬ。もしそれが出来ぬのならば、その行為は唯の独り善がりの自己満足であり、その者は真のワインエキスパートとは言い難い。説明をわずらわしく億劫おっくうなものと思えばその先は無い。困難な事にこそ価値が宿る。自分が理解し、理解して貰えるように説き明かしたならば、必ずその行為は報われる筈である。

 屢々しばしば安価で美味しいワインの話題を振られるが、酒は嗜好品以外の何物でもない上は、その人の好み及びTPOによって「美味しさ」は異なる事を前提に、有資格者として、相手にとって美味しいワインを探り当てる事が出来ねばなるまい。相手の表情や仕種を見て、相手の望んでいるものを察知する事は、サービス業において必須の能力である。ひと目で相手の健康状態や経済状態を見分けられねばプロとは言えない。確かに我々ワインエキスパートはサービスのプロではないが、伝道者として、学問だけでなく人間性も含めた教育のプロに為らなければならぬ。異なる学問的視点からの正しい知識を備えた上で説明する事こそ、プロの教育者と言えるのである。そして相手が望むワインを選ぶには、込み入った知識と数多くのテイスティング経験が必要とされる。その為に時と労力と資金を費やし勉強する、それがプロとしての誇りである。

 「あの人とあの料理と共にあのワインを楽しもう」と考える事が許される恵まれた時代、一方で若者のアルコール離れが進む時代、美食志向を持つ中心的世代の三十代後半から五十代の人々を主な対象にして活動を進めて行く事が優先されよう。「飲み易いものであれば良し」という人ばかり相手にしても真のワインの価値は認められず、ワインを酩酊する為だけに飲む人々が居たならば、早急に彼等の前を通り過ぎよう。人生の時間は限られている、砂時計の如く一瞬一瞬確実に「時」は我々の掌中からこぼれ落ちているのだから。高級嗜好品に対し正当な評価を下せる人は世界で3~5%と言われている。ならば日本では、低めに見積もっても一億の3%即ち三百万人がワイン愛好家に為り得るのである。二〇一六年日本人の年間ワイン消費量は僅か3.4L(約4.5本)、二〇一九年でワインエキスパートは計17,112人、ソムリエ協会会員は15,048人、まだまだ開拓の余地は残されている。この国において、ワインというややこしくも素晴らしい飲み物の価値はいまだ十分に理解されていないのだ。

  原案:『酒師必携 新訂』日本酒サービス研究会・酒匠研究会 連合会編、右田圭司監修

観覧上の注意及びサイトの存在理由

 このサイトでは筆者の実体験、特に感覚的に経験して来た事を基に製作されます為、極力科学的な視点、或いはワイン業界での共通認識に沿って展開致しますが、ワインは結局自然の産物、即ち神的飲料の為、説明不能な所が御座います事をご承知置き頂いた上、お読み下さると幸いです。但しご不明な箇所等御座いましたら遠慮無くお問い合わせ下さい。一流の方々はご多忙故、Diploma D3の容量を記憶の樽に納め切れなかった、高く見積もっても三流の筆者が僭越ながら、分かる限りの事はご返答差し上げます。ワインは好きだけど資格までは考えていない方やワイン教室に通う暇の無い方、勿論資格を狙っている方や既にお持ちの方もお気軽にご利用下されば存外の喜びであります。(加えて、ワインを体系的に学ぶには相応の資金が必要で、敬虔なバッコスの徒としてはそれに対し不服を唱えざるを得ないのであります)

 ささやかな学会では御座いますが、皆様と楽しみをご共有出来ましたら幸いです。