テロワール

ワインを真に個性的なものにする特定の立地、地方特有の個性を表し、収穫年度や醸造法によっては変わらないワインの性格を生む要因。即ち「土壌・気候・地形・標高」から成る。そしてその支柱と為るのがミクロクリマで、それは非常に狭い地域を対象とした「樹固有の微気候〈畑は中域気候、地域は大気候〉」(気温・日照時間・降水量・土壌・高度・斜度・方位・形・近隣の川や森・石垣の有無・風通し等)の事である。一方、ブルゴーニュのクリマ(INAOによって正確に線引きされた区画、ユネスコ文化遺産〈自然遺産ではない〉)の「人の手によって開墾され、其処で造られるワインを通じて人々に認識されて来た」という「人々の文化的営み、人間の叡智」という概念からか、或いは以前アメリカで起こった「テロワールは旧世界の威信を守る為の迷信的発想」という非難からか、此処に「人」を加える事もある(そう言えば、ギリシア哲学にも自然ピュシス人為ノモスの区別があり、ピュシス優位の下に両者が合致する必要がありました)。何れにせよ、現在テロワールの重視は世界的に定着している。

terroir「地味」は terre「大地」に由来し、辞書には「農地、郷土」とある。しかし現代的に考えれば、それは我々が失った、失いつつある文化的土壌を指す。故に敢えて日本語に訳さずカタカナ表記で表される。この語は当初は「地方」、13世紀に「農地」、16世紀には「土地の味」として、特にワインについての用語と為った。此処からtypeティップ「典型」という考えが生まれ、それは有るべきテロワールをきちんと表現している事である。typicitéティピシテ「典型的特質」はテロワールの産物、特徴であり、それは色合いとタンニンの成分および香りの成分によって定まって来る。又、土地毎に異なる何百種類の自然酵母が土地の味を生む(自然酵母の利用は、最高のヨーロッパワインに伍したいと願う多くの新世界の生産者にとって、名誉に関わる問題なのだとか)。この逆が「いつも同じ気候」「均質な土壌」「単一クローンの葡萄」「発酵に培養酵母」、即ちテクノロジーの人工ワインであり、幾ら美味しくともティピシテが打ち消されているようであれば評価され得ない。

シドニー・ガブリエル・コレットはテロワールの実相を次の様に表現している。「植物の中で、唯一ブドウだけが大地が持つ本当の価値を私達に伝えてくれる。まるで一言ずつ忠実に解釈して訳した文章の様に、ブドウの房は大地の秘密を感じ取って表現しているのだ」

またジョナサン・ノシター曰く、「テロワールというのはシナリオ。サンタバーバラはハリウッド的遣り方で、映画スターと同様に、好きな葡萄を使って最高の効率を求めている。フランスはテロワールの赴く儘に遣っている。しかしその背景には歴史がある・・・この本質的、普遍的価値は模倣できない」

そして「テロワール主義者」と呼ばれるリッジのポール・ドレイパーの言葉。「ワインは、他のアルコール飲料とは一線を画す存在である。ワインが存在するために必要なものの全てが、原材料に含まれているという点においてそう言えるのだ。西洋文明の曙の時代より、ワインが物心両面にわたって変身の象徴であり続けてきたのは、偏にこの単純な事実による。ワインが持つ力や意義は、自然と自然なプロセスから湧き出してくるもので、人間や工業的プロセスからではない。時に思うのだが、新世界の同胞達はそれを忘れているのではないか…」