第六瓶 旨味のオレンジワイン

 前項にて 旨味 を扱いました上は、明確に旨味を感じさせてくれるワインについて稿を割いて置きたいと思います(因みに日本酒には白ワインの十倍程の旨味が含まれているという)。スティルワインの分類において、赤、白、ロゼに続く、第四のワインとも呼ばれるオレンジワインです。これは一言で申しますと、白葡萄を赤ワインと同じ工程で醸造したワインの事です。赤ワインは果皮や種と共に醸しを行う為、赤色が付きます。一方、基本的に白ワインは果汁のみを発酵させる為、白色と言うよりは、黄色を帯びます。したがって黒葡萄を果皮無しで醸造すれば黄色よりはやや深めのトパーズ色に為ります。以前或る試飲会でカベルネ・ソーヴィニョンの白ワインを試させて頂いた事があり、やはり黒葡萄だけあって味わいに厚みを感じました。最も身近なものは、スパークリングワインのブラン・ド・ノワール(「黒の白」の意で、主にシャンパーニュの主要品種である黒葡萄のピノ・ノワールやムニエのみから造られた泡)でありましょう(カベルネから造られた泡も商品化されていますが、酸度を得る為に早摘みするのでしょう、未熟なカベルネに特徴的なピラジン系のグリーンな〈セロリの茎の様な青っぽい〉風味が有り、余り好ましいものとは言えません)。という事で、白葡萄を果皮ごと醸造したらどう為るか? もうお分かりですね。この醸造法をスキン・コンタクト(※1)と言うのですが、果皮の香味成分を果汁に与える為、一般的には約3~24時間漬け込みが行われます。この醸し時間が長いと、苦味成分であるポリフェノール化合物が抽出される為、その前にこの操作は終えられます。しかしこの位の漬け込み時間ではオレンジ色までは行きません。という訳で、ステンレスタンク/木製発酵槽、果梗(茎)の有無などのオプション選択は勿論造り手次第ですが、オレンジワインはスキン・コンタクトとその後の熟成も合わせて、一般的に3~8ヶ月間続けられると聞いております。

 オレンジワインの始まりは、イタリア北東部のフリウリ‐ヴェネツィア・ジューリア州、ヨスコ・グラヴネルがアンフォラ(※2)を使い醸造し、1998年に初めて瓶詰めしてからなのですが、元を辿れば8000年前のジョージア(※3)が起源で、現地では「アンバーワイン」「ゴールドワイン」と呼ばれ、クヴェヴリなる、浸透防止に内部に蜜蠟を塗った素焼きの醸造用土器にワインを入れ、地中に埋め一定の適温で発酵させながら、現在でも造られております(日本でも奈良、平安時代には酒甕を地中に埋めていたようで、今日でも九州の焼酎工場の一部で行われている)。此処で注意が必要なのですが、必ずしもクヴェヴリワイン=オレンジワインという事ではないという事です。クヴェヴリには葡萄を房ごと入れる場合もありますが、多くは粒のみ、或いは一般的方法で醸造されたワインとブレンドする場合もあり、無論赤ワインも造られます。飽く迄クヴェヴリはジョージアの人々にとっては、国の伝統的な且つ最適な醸造法なのです。歴史や伝統というものは、一つの事象に対し確かに制限を与えますが、一方でその可能性を広げ得るものでもあるのです。

  https://www.tanakaya3.com
この製法は2013年ユネスコ世界無形文化遺産に登録
http://wineprty.jp

 葡萄品種は、基本的にどんな白葡萄からでも造れますが、伝統的にはルカツィテリ(※4)で、一般的には果皮に香味成分を多く含む アロマティック 品種(ゲヴュルツトラミネール、ヴィオニエ、マスカット等)、またシャルドネやソーヴィニヨン・ブラン、そして日本では果皮に若干のアントシアニン色素を含むグリ系の甲州も使われております。しかし残念ながら、おおむね長い酸化熟成期間を経る為に品種個性は失われ、結局どれも似たような香味になる事は否めません。その一般的な特徴とは、香りは乾燥オレンジの皮、ジャックフルーツ(果肉感のあるトロピカルフルーツ)、潰れた林檎、ジュニパー(杜松ねず)、ニス、アマニ油、また酸化熟成による紅茶やヘーゼルナッツ(※5)と、正直余り美味しそうに聞こえないものばかりです。味わいは果実の皮を思わせる酸味、赤ワインにも劣らない渋み(但し「タンニン」ではなく「フェノリクス」と呼ぶ)、出し汁的旨味と、こちらも余り飲んでみたいと思わせてくれない表現になってしまいます。要するにオレンジワインとは、皮と種による 渋み、旨味、苦味が主体のワインで、中には「泥臭い」と言う方もおられます。ただ、その皮と種が抗酸化作用の働きをする為、勿論全てではありませんが、二酸化硫黄〈⇒ワインの亜硫酸〉が不要の「VinヴァンNatureナチュール (自然派ワイン)」が多いという事も押さえて置きたいポイントです。またVeganヴィーガンワインも在ります(※6)。

 適切な飲み方としましては、より長い醸造期間が取られたと思われるオレンジ色や赤錆色のワインは、大振りの瓢箪型 グラス の方が、小振りグラスに比べ酸味が控えめに感じられ焦点はややぼやけますが、豊かな風味の表現においては優ります(より醸造期間が短いと思われる、よりフレッシュな黄色主体のワインは酸味を活かすため小振りが適切です)。温度は、渋みが強調されるため12℃以下にしない事、また「24℃の高めで食後酒として」という本場の造り手の意見も試されてみては如何でしょうか。ペアリングは発酵食品(納豆、キムチ)など、とろみや粘りのある物や揚げ物、また煮込みやアジアンスパイス料理、そして土っぽさの同調で根菜と相性が良いと言われます。要は、癖のあるワインには癖のある料理を合わせましょう、という事です(実験結果〈極端な例〉:納豆や塩辛など発酵食品にはワインの風味が負けないという位で正直合うとは言い難く、昆布や帆立の旨味とは平行する程度でこちらも引き立てる迄は行かず、悲しい哉ゴーヤチャンプルの苦味には流石に負ける。但し、オレンジワインも多様なため一概にこの限りではない)。

 ※1 破砕機や圧搾機の向上により、工程が短時間で終了するようになった1960年代以前はこのスキン・コンタクトに相当する時間があった為、「伝統の復活」という見方もあります

 ※2 ギリシア語で、元々はワイン運搬に用いる容器。内部のざらざらした部分に野生酵母が住み着き、また樽と違い香りが移らない為、葡萄本来の味わいが表現出来るのだとか

 ※3 2015年、外務省からの通達によりロシア語読みのグルジアから英語読みへ(理由は、1991年のソ連崩壊と共にジョージアが独立した為。ソ連時代はロシアからの抑圧、独立後もロシアとの紛争といった対立があり、ロシア語読みを忌避した)。ワイン発祥地、南コーカサス、トルコの隣

 ※4 皮と種のみならず果梗も合わせて醸造すると、それに含まれるカリウムが酸と結び付き、結果ワインの酸度が落ちる為、酸の多いこの品種を使うという。長期熟成には酸とタンニンが必要なのです

 ※5 クヴェヴリは必ずしも好気こうき的な造りではありませんが(密閉されるためむし嫌気けんき的)、オレンジワインやアンフォラで醸造・熟成させたワインの多くは自然派で、好気的/酸化的なスタイルから既に十分な熟成風味を得て発展している為、更なる瓶内熟成による効果は(然程)得られないと思われます(スキン・コンタクトは熟成に耐えられないという意見もあります。ただシャトー・メルシャン製造部長のエノログ安蔵光弘氏は甲州グリ・ド・グリについて、「赤ワインより早く熟成するようで」「セラーに1~2年しまっておくと、より複雑な香りのワインに成長」し「口当たりが丸くなり、紅茶やシナモンの香りが出て」来ると仰っております。因みに今迄私が頂いたオレンジワインの中でベストはこのグリ・ド・グリです)。個人的嗜好に為るかも分かりませんが、矢張りワインは果実感が鍵で、過ぎた酸化熟成は若々しさの証たる果実味と酸味を失う分、甘味と苦味のある老身ワインに為るのです。「ワインというものは歳を取り過ぎると骸骨になるか、又は美しいミイラになる」と、ブルゴーニュの名手ユベール・ド・モンティーユ氏は言っております。たっぷりとした果実の肉感のある新世界のワインは安価でも美味しく飲めますよネ

 ※6 1944年イギリスで設立されたヴィーガン協会に由来し、「如何なる形でも動物への残虐行為や動物からの搾取に関連した一切の物を取り入れない」生き方、即ち肉・魚・卵・乳製品・蜂蜜など動物由来の食品の摂取のみならず、動物に由来する化粧品や衣服等も使用しないライフスタイルを表し、菜食主義者ベジタリアンよりも厳格な主義。ご参考までに申し上げますと、米・米麹・水を主原料とする清酒こそヴィーガン完全菜食主義者向きです。但し、中には澱下げに動物由来のゼラチンを使った物もありますが…。因みに澱と共に香味成分も取り除かれてしまう為、大吟醸クラスはこの過程を経ない物もあります。結局、表記義務は無い為、本記事投稿時点で「ヴィーガン認証」を取得している岩手県の南部美人と群馬県の水芭蕉を除き、実際の使用の有無は直接問い合わせるしかないのが現状です。とは言え、狂牛病問題後、日本酒業界ではゼラチンの使用は控える傾向にある為、殆どは安心してヴィーガンの方も楽しめる酒となっているようです

本日の箴言

 ワインは自然の表現であると同時に文明の表現でもある。ワインが本来の自然さを失わないようにするにはどこまで人の手を入れられるのか? 人工的なものの方が、元の自然よりも自然らしく見える事がある。ボードレールやワイルド、所謂いわゆるダンディと呼ばれる人達は皆そうだ。だから意図的に造られたワインだからと言って最初から間違っているとか不味いとか決めつけてはならない。

ジョナサン・ノシター『ワインの真実』

平日の一本

甲州オランジュ・グリ 2017(シャトーマルス、山梨)

 僅かに薄紅を帯びた濃いめのオレンジの色調、粘性は高め。甲州らしい籠もりがちな香り立ち:オレンジの果肉、びわ、和梨、紅茶の出涸らし、生姜、パンジェントスパイス、湿った白土、仄かにメロンや薔薇、そしてその全てを甘やかなバナナ香が包み込む

 味わいはドライで、風味が直ぐに大らかに広がる。円やかなテクスチャーが柔らかい果実味(これが大事!)とボディにほんのり甘さと豊かさを添え、滑らかな酸が控えめな張りを齎す。透明感のある心地良い苦味、そして僅かなスパイシーさと明確な 渋み が終盤に向かって濃く(アルコール11%表記だが、より高く感じさせる。2018、2019は12%表記)を与えて行く。舌の中央奥で旨味が長い余韻を生む

 冷やし過ぎず12~14℃、大振りの瓢箪型 グラス で。ローストポーク(グレイビーソース+ホースラディッシュ)、穴子(天麩羅)・太刀魚(煮付け)・ししゃも(旨苦味の平衡)、玉子(茹で、焼き)、餃子(ラー油のスパイシーさとの相性)、カレー(スパイシーな料理にも負けない)、アーモンドや胡桃(ナッツの脂肪分の甘味が出る)、オレンジマーマレード(オレンジ風味の同調)などと良く合う

甲州オランジュ・グリ、シャトー・マルス(amazon楽天yahoo

2016年がファースト ヴィンテージ。当ワイナリー関係者曰く「オレンジワインというと、白系のブドウをしっかり醸して造るとイメージされると思いますが、このワインはそういう醸しのキュヴェだけではなく、亜硫酸を使わずに絞ったキュヴェや、亜硫酸を使ってスキンコンタクトを長めにして造ったキュヴェなどいくつかのスタイルのキュヴェを最終的にブレンドしてあります。そのために、柑橘系の甲州の香りとは異なる花のような香りや、フェノレが多いところが特徴とするような香りが主体で、香りのボリュームはあると思います。味も醸しのキュヴェだけではないので、それほどフェノールは強くないと思いますし、種のまわりからくる酸味もしっかりあり、少しだけ残糖を残すことでバランスをとっています」

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