第四十瓶 清酒と健康

「笑いは百薬の長」とか「笑いに勝る良薬なし」とか、或いは「一笑一若いっしょういちじゃく」などという言葉が御座いますように、古来より笑いは健康に良いとされておりますこの国の世界に誇るべき文化の一つである落語を前稿にてご覧になり、既に腹をよじって下さりました皆々様には必要無かろうテーマで御座いますが、曾て『ワインと健康(⇒赤ワイン編)(⇒白ワイン編)』について述べました上は──今迄の記事において健康にとって有害な考察も少なくなかった事は棚に上げて──日本酒と健康の関係について無視する訳には行かなかろうという次第で御座います。それに加えまして、これは前稿において述べられた事で、また態々わざわざ述べなくとも日本人なら大抵知るところでありますが、日本人の飲酒は酔う事が第一義とされます。それは民俗学的考察にも基づくものなのですが、飲酒による非行(※1)、交通事故、アルコール依存症、離婚や家庭崩壊、そして常習的欠勤といった社会的弊害が原因でもはや酔っ払いが許されず、且つアルコール離れが広まっているこの時分、人々にどの様にして清酒に親しんで貰うかという事が問われている今、超高齢社会ならではの健康志向にかこつけ、多種多様の酒類が混沌と溢れ返っている中でも矢張り日本人には日本酒に帰って頂きたく思うのであります(※2)。何故ならば、世の中が混沌として来ると、古今東西の戦略家である諸葛亮しょかつりょう山鹿素行やまがそこう、クラウゼビッツ等が口を揃えて「原点回帰」を我々に諭すからであります。では、古代より連綿と先人達が継承してくれた貴重な財産、日本文化の極みとも言うべき日本酒の原点とは何か。──手頃価格で勿体振らずにみんなで美味しく楽しめる、防腐剤絶無の衛生的健康飲料であります(※3)。

 ※1 英国外交官オールコック(Rutherford Alcock、1809~1897、滞日1859~1864)は日本見聞録『大君の都』で次の様に書いている──「郊外の花見で鯨飲し、凶暴になって刀をふりまわす侍や、泥酔して道路上に大の字になって寝ている下層階級の男・・・総じて飲むと狂暴になる日本人」

 ※2 一種のみに長けた通ではなく、各種の酒類を知った後だからこそ、クロスオーヴァ―的な評価が出来る事もまた事実ではある

 ※3 酒の変質や腐敗防止に使う食品添加物(保存料)は、ワインでは亜硫酸塩、ビールではエルソルビン酸、日本酒には使われていない(→許可されている添加物は 生一本 ※3参照)

 ところで日本人の平均寿命は、WHOが公表する2023年におけるデータに拠ると、女性87.832歳、男性81.782歳、計84.82歳、男女差6.05歳で、日本は世界三位の長寿国であるとの事で、男女共に遂に「人生八十年時代」が到来したようです。尚この男女差は、男性の生物学的な体質、喫煙習慣、過飲酒や社会から受けるストレス(※4)の差が原因と指摘されておりますが、社会的責任を男女平等に分担する社会が実現しつつある今、この数字も徐々に縮まって行くものと推測されます。どっこい、如何に寿命が延びたとは言え、体が動かぬ植物的な暮らしでは何の生き甲斐もありません。しかし専門家の口から、「食習慣を見直す事により、寝たきりや痴呆ではなく長寿で、美味しい物を食べて質の高い生活が出来るように為る」と聞けば、超高齢社会の展望は一概に暗いとは言い切れないでしょう。そして今や、何をどれ位摂取すれば楽しく長生き出来るのかが明確に為って来ているのですから、正にWHOの標語 “Eat Wisely, Live Well” の時代であります。

 ※4 近年ではストレスを起因とする労災認定の件数が増加傾向にあるという。ストレスは糖分、塩分、脂質を多く含有し、準備が簡単、高カロリー、高炭水化物の味の好い食品、詰まり “Comfort foodコンフォート・フード” の摂取量を増加させる。“Adults, when under severe emotional stress, turn to what could be called ‘comfort food’”──Palm Beach Post

WordPress.com 多くの Food Pyramid ポスターは各種食材の土台に二本の箸が添えられた山盛りご飯を載せる。米と健康の関係が国際社会に認知されて来た証しである。因みに、平成二十五年十二月四日に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され(参考:清酒の国際化の※2)、米・魚・根菜からなる栄養バランス、そして豊富な 旨味 を有する出し汁・発酵調味料は、日本人の肥満しない健康的な生活と長寿に大いに寄与している事から、海外では年々和食店が際立って増加し、スーパーマーケットでは、以前はアジアコーナーの一部でしかなかった日本食材が独立して陳列されているケースが目立ち、和に対する需要が拡大しているそうである。又、ヨーロッパの食文化にも変化が見られるようで、例えばフランス料理でも健康志向を背景に、クリームや肉がふんだんに使われたものよりも、野菜や魚の素材の味を活かす料理が増える傾向にあり、赤ワインよりも白、ロゼ、そして日本酒との相性の良い料理が増えて来ている

 扨、「ワインが健康で成功したからといって清酒まで体によいなんてPRするのは愚の骨頂。益々ワインの後塵を拝することになる。需要開発に努力すべきことはまだまだある」と業界の新聞に書く関係者もいる中で、又「栄養知識が伝統・文化よりも優先される浅薄な風潮も猛省しなければならない」と批評する専門家もいる中で、遍く一般人を対象に始めた(筈の)当サイトは矢張り巷の嗜好を無視する事が出来ない訳であります。勿論ワインは健康だけで成功したのではありませんし、世界各国で造られているワインならばいざ知らず、「日本の伝統文化を少しも意識せずに日本産の清酒を飲む事が果たして出来るものか」と疑う(※5)筆者は、清酒が持つ機能性と健康効果のみを以下に書き連ねる次第であります。(情報は主に『清酒及び醸造副産物の機能性』(伊豆英恵・鎌田直樹・高橋千秋)を参考にした)

 ※5 何故なら、美味な物への関心は、「何故この様な香味に為るのか?」「これは何から作られているのか?」といった、その魅力の根源の探求へと向かい、そしてその関心は徐々に深化して行く事に為るからである。──「学習」が必要とされる「娯楽」を人は「芸術」と呼ぶ。五感の内でも味覚、詰まり味わうという行為は、他の四つの感覚と共に機能する分だけ、より高度な身体知を伴う(→味わいの分析図 参照)。そして身体知の多くがそうであるように、味わいというものは強く暗黙的である。明るみから暗がりへ移るには視覚を慣らす必要があるように、清酒を判る為には味覚を慣らす必要がある。絵画や音楽、文学と同じで、本物を数多く観賞する事により、次第に悪い物が分かって来るのである

清酒

・風呂への投入:アミノ酸、有機酸、グリセロールによる皮膚の保湿性と入浴後の保温性、清浄化の促進、疲労回復(ヒトモニター試験)

・塗布:痛み止め(湿布薬)効果、アトピー性皮膚炎

・化粧料との併用:優れた美肌作用(しっとり感・張り・艶の相乗効果)、日焼け止め効果(ヒトモニター試験)

・摂取後:肌の水分量が上がり、特に純米酒での保湿効果の向上(ヒトモニター試験)

吟醸 香成分によるリラックス効果:本醸造酒よりも吟醸酒で抗不安作用が高い(マウス実験)

・胃粘膜保護:白ワイン、清酒の胃刺激作用はウィスキーよりも穏やか。グルコースの寄与と推測

・抗酸化:糀そのもの及び糀が生成する物質が寄与すると推測

・癌細胞生存率低下:NKナチュラルキラー活性、乳酸菌、サイトカイン、米抽出エキス、セレン、糀によるアスペラチンや抗腫瘍物質の作用(マウス実験)

・肝保護作用(マウス実験)

・抗炎症:ピログルタミルペプチドの作用

・高血圧改善:ペプチドの作用(マウス実験)

・痴呆、健忘症抑制:大脳の海馬に多いプロリルエンドペプチダーゼの作用(マウス実験)

・老化防止、鬱病、肝臓強化:抗酸化物質フェルラ酸、S-アデノシルメチオニン、バソプレッション、ビタミンEの作用

・肝細胞生存率向上:酒粕ペプチドの作用(ヒト肝細胞、マウス実験)

・A型肝炎:ダルタチオンの作用

・胃副交感神経活性化:酒粕ペプチドの作用、消化管の蠕動促進による食物の消化・吸収機能の向上を推測

・エチルα-D-グルコシド(清酒中に凡そ0.2~0.7%含まれる清酒特異的な糖成分、即効性の甘味と遅効性の苦味を持つ呈味性成分)→荒れ肌抑制効果の推測(皮膚への塗布で経皮水分蒸散率が抑制)。肝障害抑制の推測。体重増加抑制(マウス実験)。腸内菌叢改善の推測(難消化性)

・α-D-グルコシルグリセロール→正常な皮膚の形態維持やコラーゲン及びヒアルロン酸産生(塗布によるインスリン様成長因子IGF-1の増加、マウス実験)。皮膚の弾力性増加。髪の太さや密度に改善傾向(α-GG添加ヘアローション・養毛剤・育毛剤の提案、ヒト試験)。糖尿病や肥満予防(α-GGのアディポネクチン産生促進作用)。血糖値上昇抑制。脂肪細胞における中性脂肪の蓄積抑制効果

樽酒

(樽酒については用語集「」を参照)

・酸化及び消臭活性(ノルリグナン類のアガサレジノールとセクイリンCによる)

・料理の脂分を洗い流す(タンニンによる)

・魚介類等の 旨味 を持続させる

酒粕

(酒粕については用語集「吟醸」の※3を参照)

・風呂への投入:皮膚の保湿及び角質除去効果(入浴剤としての提案)。美肌効果が期待(チロシナーゼ阻害活性の確認)。皮膚の色素沈着やシミ、そばかす防止効果が期待(チロシナーゼ活性及びメラニン合成阻害の観察)

・塗布:皮膚炎、主婦湿疹の改善。肌老化防止(加齢による上皮成長因子の分泌低下が肌老化を齎すが、酒粕由来のプロテアーゼインヒビターはそれの分解を防止し、皮膚浸透性を向上させる)

・摂取:癌、肥満、アルツハイマー病等の各種疾患、皺やシミの発生の予防(それらに関与する血管新生の抑制)。腸内環境の改善(ビフィズス菌増殖促進)。脂質代謝(血清及び肝臓コレステロールと肝脂質量が減少し、胆汁酸増加による脂質排泄量増加を観察)。発肝障害抑制(肝臓のS-アデノシルメチオニン含量増加による可能性)。自発運動活性(上記全てマウス実験)。ヒト胃癌細胞増殖抑制(ヒト末梢血リンパ球におけるNKナチュラルキラー活性化、癌関連酵素の阻害)。抗酸化作用(不飽和脂肪酸酸化抑制)

・難消化成分レジスタントプロテイン(醪中で溶解せず、胃酸でも分解されず小腸に達する、食物繊維様の生理活性)→肥満抑制効果、肝臓コレステロール及びトリグリセリド低下(脂肪組織減少の観察)。内臓脂肪重量減少、糞中脂質排泄量増加(酒粕難消化成分はカニ由来キトサンよりも高い脂質吸着能)。この成分は特に液化仕込みの酒粕に豊富だが、普通酒粕や吟醸酒粕と比べて液化酒粕は全糖量が少なく、粗蛋白質が50%以上と多いため食用には不向きで、多くは肥料や飼料として安価に取引されている

 他にも狭心症・脳卒中・心筋梗塞などの虚血性心疾患、不眠症や骨粗鬆症リスクの低減、風邪・インフルエンザ・新型肺炎・感染症の防止、果ては肝硬変予防(※6)という矛盾的効果もあるようですが、矢っ張り切りが無いのでこの辺で止めて置きます。とまれかくまれ、こういったところが専門家による研究から判明した清酒の持つ効用であります。ご存知の通り、醸造物の健康機能は科学的に裏付けされているものが多く、その一つである酒類はアルコールの弊害よりも機能性の面から論じられる事も屢々しばしばですが、殆どの人の病気が根本的に遺伝子からの影響で、それらが食生活によって殆ど改善されるという現在の医学から見れば、清酒の機能性はもっと強調されても良い気がします。そして無論それらの大部分が黄糀菌と米に因るのであり、必ずしもアルコールに由来するものではないという事を敢えて付け加えておきます。何でもWHOでは純アルコール150mL以上を毎日飲用する人を大量飲酒者と定義しているそうで(※8)、この飲酒量は一般清酒に換算すると約七合に相当しますが、日本人の場合、体格などから換算してこれより少なく考えるべきで、詰まり日本人の許容限度でもある四、五合と見做しても良いかと思います。抑々日本人は、ALDH2(Aldehyde dehydrogenase2アセトアルデヒド脱水素酵素)活性型(酒に強いタイプ)が約50%、不活性ヘテロ(酒に弱いタイプ)は約40%、そして不活性ホモ(完全な下戸)は約10%居るとされ、つづめて言うと、アルコール分解能力は個人差が大きく、日本人の約半数が遺伝的にアルコール分解能力が無いか低いとされている、という事です(※9)。(因みに白人は全て活性型なのだとか。しかし白人や黒人ではエタノール代謝が遅い、ADHアルコール脱水素酵素アイソザイムである野生型のADH1Bが多く、詰まりアセトアルデヒドが出来る速度が遅い為アルコール依存性に為り易く、また翌日まで酒が残り易いという。なお日本人はエタノール代謝の早い変異型が多いとの事)

 ※6 蛇足だが、酒飲みにとっては重要な情報と思われるので載せて置く。アルコール関連肝疾患の進行を遅らせる物としては、無論断酒や減酒が重要だが、コーヒーや緑茶の摂取も有効との事。よって和らぎ水(※7)も良いが、チェイサーとしての緑茶が、口内の味わいを乱さない為お勧めである(言う迄も無いがコーヒーは香味が強過ぎる)。又アルコール摂取によって最初に起こる肝の変化は脂肪肝であるが(その後肝炎そして肝硬変へと悪化して行く)、その程度に関係無く3~4週間の禁酒によって消失するとの報告がある(言う迄も無いがあなたの意志の強固さに尽きる)

 ※7 飲酒の合間に水を飲んで酔いの速度を緩やかにし、深酔いを防ごうとするもの。清酒の仕込み水と同じ水だと酒の味を邪魔せずより一層美味に感じさせる。元は石川県酒造組合連合会が公募して決めた名称

 ※8 Alcohol Use Disorders IdentificationTest (AUDIT:アルコール使用障害スクリーニングテスト)に基づき、1ドリンク=純アルコール10gより、2ドリンク=清酒1合として計算し、健康21(第二次)、及びWHOのガイドラインに基づいて、1日当たりの推定アルコール摂取量男性40g以上、女性20g以上の者が「生活習慣病のリスクを高める量の飲酒」、及びそれ未満が「適量飲酒」とされる

 ※9 homozygous / heterozygous:同じ対立遺伝子を持つものをホモ接合体、異なる対立遺伝子を持つものをヘテロ接合体と言い、ヒトのABO式血液型ではAA、BB、OOの遺伝子型がホモ、AO、BO、ABの遺伝子型がヘテロである。正常型ホモ接合体(上戸)、ヘテロ接合体(中戸ちゅうこ)、変異型ホモ接合体(下戸)の三種類の遺伝子型が知られている。因みに「上戸」という語は平安時代の『大鏡』や『今昔物語』等にもあり、かなり古くから使われていた。「中戸」は中くらいに酒が飲める人、又は酒は飲めるが直ぐに顔に出る人、或いは飲酒開始時は酒に弱いが慣れると飲めるように為る人の事。尚、顔が赤く為るのはアルコールがアルコール脱水酵素過酸化水素生産系で分解を受けて、詰まり酸化して生じる CH3CHOアセトアルデヒド が血管拡張させる為で、これが蓄積すると悪酔いを起こす。これは更に酸化され CH3COOH酢酸 に為る(そしてこの反応を触媒する酵素ALDH2を遺伝的に持たない日本人を「下戸」と呼び、この酵素が遺伝的に少ないのが我が国の弥生人(※10)体質なのである)。その後、酢酸は水と炭酸ガスに分解され体外に排出される

 ※10 日本列島の複雑な地形と豊かな生態系が齎す自然の恵みは、狩猟漁撈採取に頼っていた縄文人の生活を支えるのに十分だったため農耕は必要とされなかった。しかし紀元前数百年の寒冷期が生態系を変え、縄文人は食糧不足に陥り凋落して行った。生活に余裕が無く人口の少ない所では、国はおろか集団社会も出現しない。世界のどの地域でも、農耕を行って食料を安定的に確保出来るようにしなければ文明は興らなかった。そして日本では稲作農耕が普及する弥生時代がその時期に当たる。特に三世紀前後弥生時代後期、卑弥呼の時代のヤマタイ国人の食生活は恵まれており、『魏志倭人伝』には「有力者はみんな四、五人の妻を持ち、庶民でも二、三人の妻を持っている」というくだりが在る。しかも妻達は貞操観念が強い上に、焼き餅を焼いたり、夫を嫌ったりしないという。その上、盗みも無く訴訟事も少ない。余程の経済的な裏付けがなくば、この様な平和な社会は成立しない。生活安定最大の基盤は米の生産性の向上に在ったのは確か。しかも「倭人は長命で百歳ないし八、九十歳まで生きる」とあり、「人々はみんな酒好きだ」ともある(「其會同坐起 父子男女無別 人性嗜酒」(その会合での立ち居振る舞いに父子や男女の区別は無い。人は酒を好む性質が有る)。彼等が塩辛や原始的なれ鮨、漬け物などの発酵食品を食べていた事も分かっており、「一夫多妻で飲酒して長生き」とは、ヤマタイ国こそ理想郷ではなかろうか

 要するに、清酒は毎日少量飲めば長寿への道連れとなり、飲み過ぎさえしなければ何一つ悪い事は無いという事です。とは言え、飲酒習慣が無い人はその儘で居るべきで、「百薬の長」だからといって無理に飲む必要は更々ありません。それは、「健康の為には飲酒すべきである」と言える程ではないからであります。健康長寿の秘訣は腹八分目、栄養バランスの取れた食事、控えめな塩分摂取、適度な運動、ストレス解消などのようですが、当サイトではそれらに「適正飲酒」も加えて置きます。逆を言うと、不健康短命の原因は、満腹、塩分摂取過多、バランスの悪い食事、運動不足、喫煙、そして多量飲酒であります(それらに加えて低所得や医師不足、高血圧に糖尿病なども挙げられましょう)。昨今のコロナ禍において、自宅での飲酒量が増えているとの指摘もありますが、それは声高にして注意喚起せねばなりますまい。成る程、アルコールは肝硬変、精神病、癌各種、膵炎、虚血性心疾患、高血圧、胎児への悪影響といった様々な障害を引き起こし得る毒ではあります。が、薬も用量を誤れば毒なのです。適量飲酒は長期的な健康に繋がり、社会的・宗教的習慣とも深く結び付いて、又アルコール市場における雇用や政府の歳入にも大いに貢献する、全く軽視出来ない毒薬なのであります。葛西善蔵ぜんぞうの言葉を借りれば「酒はいいものだ。実においしくって。毒の中では一番いいものだ」なのであります。

 ──これにて本稿はお仕舞いです。では筆者は今夜も、国家の元気を増大する酒類業界の発展並びに酒類文化を通じた国民の健康的且つ文化的生活の向上を祈念して、「毒」をあおる事に致しましょう。

〈補足〉昔から清酒を多く飲用する力士や杜氏の肌が張りや艶と共に綺麗であるなど、清酒には美容に纏わる数多の伝承的事実が存在し、例えば「ひびあかぎれの手がつるつるになる」とか「火傷が早く治る」とか、勿論「シミそばかすに対する美白効果」といったものがあります。そしてそれらの効果は時代と共に実証されて来ていますが、実際、清酒を手の甲に一滴垂らして摺り込むとしっとりとした感じを受けるものです。抑々艶々した肌、瑞々しい肌を保つ要因は脂質と水分であり、どちらも適量存在する事が重要なのですが、一般には多くの人がそのどちらも不足しがちで、特に加齢に伴い不足傾向が強まり、徐々に潤いの無いカサカサした肌に為ってしまいます。潤いのある肌を保つには、皮膚の皮脂膜や角質層の状態を見ながら、適度な脂質と水分を補給する事で、脂質の場合は乳液などを表皮に塗る事で容易に補給出来ます。しかしながら水分は単に水を塗っても直ぐに蒸発して効果が得られないので、保湿成分と呼ばれる、水分の蒸発を抑える物質が必要になるのです(皮膚の水分は皮脂膜の下に在る角質層に蓄えられている為、保湿成分とは皮脂膜を通して水分を角質層に溶かし込む働きを持つ物質である)。現在化粧品として利用されている保湿成分としては、グリセロールやアミノ酸などの生体代謝物やヒアルロン酸やコラーゲンの様な皮膚の構成成分等があります。清酒にはグリセロールやアミノ酸など他の酒類に比べて多くの保湿成分が含まれている事が判明していますが、日本では酒風呂でその効果が見出され、昔から美容と健康の為に利用されて来ました。但し現在では、酒は50倍、酒粕は10倍に薄めないと効果が無いという研究報告もあるくらいなので、個人差がある事はお断りして置きます。と申しますか、科学的見地を一々述べませんでも、抑々適量の酒は健康に良く、そして健康であれば肌の色艶も良い訳で、詰まり「健康=美容」なのでありますから、美をお求めの方は適切な運動と睡眠を心掛け、そして何より健康を害するような飲み方さえしないようにすれば良いだけの話なのでありました。生半な栄養知識に振り回されるより、適量の酒を食膳にのぼし、楽しい食時を過ごす方が遙かに健康的なのでありました

本日の箴言

 結局のところ、健康志向と享楽志向との相克ということになるのではないか。そして、それは個々人の人生観にかかっている。うまいものを食っての人生なのか、それとも健康な人生なのか。しかし、私はふと思う。健康はなんのためのものであろうか。

吉田集而(文化人類学者)

 酒も煙草も 女もやめて 百まで生きたバカがいる 

古川柳

休日の一本

亀萬 玄米酒(レイホウ、精米歩合100%、合鴨農法無農薬米、米糀精米歩合70%、日本酒度−20、酸度2.0、アルコール度15%)(熊本県葦北郡)

 濃いゴールドの色調、くろい米由来の独特な香り:栗、籾殻、ドライアプリコット、炒ったナッツ、ウースターソース、味醂、生姜、薄口醤油、蕎麦茶、シェリーアルデヒド、そしてミントの爽やかな香りも感じられる

 第一印象は控えめで、中盤から円やかで深みの有る栗様の苦味も感じられる甘味がグッと口内に広がる、が直ぐにスッと引いて行き、諄く残らない

 30℃:栗の蜂蜜をより洗練させてトロミを失くし飲み易くしたような液体。栗好きには堪らん。デザートとして単体でも好く、モンブランと合わせても好い

 40℃:栗風味は相変わらずだが、苦味が強く為り、やや雑に感じられ、柄が悪く為った印象。ブルーチーズやカレーにも合う

翌日は味が饐えて、栗に代わり大根及び蒸した薩摩芋の風味に為り駄目。一方で肌の滑りが明らかに良好なのは玄米由来か? 玄米は精白後の白米に比べて凡そ二倍のビタミンやミネラルを含んでいる(ので、本来の玄米という形で体内に取り込めるなら、それに越した事は無い)。酒造において美味の追求という嗜好品としての最大の課題が、原料米の外側に在る栄養分を捨て去る結果を招いたが、醸造技術の進歩により最近では玄米酒も造られるように為って来た
熊本県:吟醸 造り発展に貢献した「熊本酵母」発祥県(「香露酵母」とも呼ばれるきょうかい9号は信用度の高い吟醸酵母の定番。「酒の神様」野白金一博士の開発した酵母という事で直接分けて貰う蔵元も少なくないという。特徴は酢酸イソアミルバナナ地味クラシカル。YK35に必要な酒造の神器の一つ。一方で純米酒に使用すると酸度・アミノ酸度が高く為り重く為ると言う蔵元も)。香り高く円やかな吟味の吟醸酒、濃醇辛口の傾向。合わせるべき郷土料理はコチラ⇒http://kyoudo-ryouri.com/area/kumamoto.html