第二十六瓶 閉会のご挨拶

 前回ヴーヴ・クリコがロシアから讃えられて在庫切れと為ったのとは異なり、喝采を受けずとも当会管理者が保有するセラーは在庫不足と相成りました。確かに不足であって、まだご提供出来ますボトルは御座いますが、これ以上の深酒ふかざけは頭痛の原因と為り得ますため、この辺でお開きにしたいと存じます。ご愛飲の程、誠に有り難う御座いました。

 私はこれまでワインを追究した日本人が最終的に日本酒へと帰る姿をこの目と耳で知って来ました。骨抜き骨無しの戦後教育のもと、自国をなみする事が出来るよう巧みに作り変えられてしまった敗戦国民の我々が憧れに胸を膨らませて異国へ行き、結果日本の素晴らしさを痛感させられて帰国するように、私もご多分に洩れず、より万能な飲食物である「米」への愛にようやく目覚めたのであります。哀しい哉、余りに身近に在る物に、いつも必ず手近に在る物に価値を見出せないのが人というもの。かつての私はしなやかなワインボトルと寸胴な一升瓶を比べ、その中身ではなく外身にのみこだわっていただけ。優劣の差など在り得ない文化を比べ、愚かしいまでの無知と偏見に捕われていた、ワインを語る資格などない恥ずべき野蛮人に過ぎなかったのです。そしてそれ故、全二十六稿一つ一つの内に日本人としてのアイデンティティ、日本の テロワール を感じて頂けたら、この偏屈な時代遅れの存在にも価値を見出す事が出来ます。情報化により世界が狭く為った現代、もはや我々を何者か分からなくさせて来た、益荒男ますらおの強靭さと手弱女たおやめの繊細さを併せ持つ日本の根っ子を引き抜いて来た「無闇な日本の欧米化」にはワインの澱ほどの値打ちもありません。各国のワイン法に支えられ、単一年、単一品種、単一畑が一層尊ばれる昨今、世界でも稀な単一民族、単一文化、単一言語を有する日本を尊ばない法はありません。世界基準の下、日本人は日本のテロワールを表現しなければ世界に認められないのです。

 さて、「ワインはボトル1本毎にドラマが生まれ得る」という事を旨に、唯の知識のひけらかしを忌避し、一つの読み物として読み手の皆様を楽しませる事が出来るよう、言葉を連ねて参りました。一語に込められた言葉の深みは曾て無い程に軽視され、「ただ通じればそれで良い」という軽薄な言葉が蔓延はびこるこの時代。既に上っつらだけの当り障りの無い知識のみから作成されたサイトと商業的広告ばかりが氾濫するこの時代。私生活のみならず言論及び思想の自由が脅かされ、創造的想像力が欠如し、物質的に豊かな、精神的に貧しい、小さなつぶやき声にさえ操られる、実行を伴わない指先一つの便利で空虚で不健康な社会の中、人の心を動かし、知性を刺激し養う大胆な書き物は益々淘汰されて絶滅に瀕しております。人類の叡智を宿す書物達が、かびが生えて茶立虫ちゃたてむしむしばまれながら、仄暗く静寂な図書館の地下室で誰にも読まれず朽ちて行くように、私も自分の言葉を胸に抱いて朽ちて行きましょう。

 一方、そんな私の小言など意に介さず、葡萄酒という飲み物はどの様に描写されようと、人々の目がくらむ陽の当たる場所で泰然自若としているようです。世界で最も安価でありながら最も高価な液体であり、常に容赦無く向けられている言葉の矛先を難無くかわすこの飲み物には、如何なる中傷も、称賛でさえ超然と受け流すその態度には、混沌として強靭なディオニュソスの精神が今尚ほとばしり出ているかのようです。人間と一万年も附き合っていながら未知の要素を今だに保持し続け、渇きを癒やす快楽を与えるのみならず、人間の知的好奇心を掻き立てる事によって、実用的産物から教養的文化へと昇華するこの飲み物を神聖視する事に、一抹の不思議もありません。たとえどれほど科学が発達しようとも、目に見えない何かの働き掛けによる創造物を「神秘的」と思う人の心に不思議はありません。カナの婚宴にてイエスが起こした最初の奇跡──水を葡萄酒に変えた奇跡──の様に、人類の働きをねぎらう為に、悩みを癒やす為に、争いを収める為に、そして愛を包む為に、葡萄酒は生まれたのです。そしてワインの最も神秘的な特性の一つは、何十年にも亘り、時には百年を越えて進化し向上する能力を持つものがあるという事です。その様なワインの様に、私達も為れると思います。確かに果実の成育に最適ではない環境で、生まれ持った個性の表現も求めず、手間暇を惜しんで造られた安価な大量ワインの儲けが無ければワイナリーを維持する事は出来ません。しかしそんなたちまち消費されるだけの発展能力の無いバルクワインで在る事を認められる程、人間は自尊心の無い生き物なのでしょうか。少なくとも私達はえて酢に為り行くだけのワインなどとは違います。「良い熟成をするためには若さが大切。人もそうでありたい」と故デュブルデュー教授も私達を勇気付けて下さいます。この追求は、円卓の騎士達が目指した、終に手にする事の無い聖杯ではない筈です。

 この学会で扱ったほとんどの主題は、読み切れない程に他のサイトでも扱われ、全く斬新な物では御座いません。しかし此処で敢えて語り尽くされた感のある、WEB内に溢れ返る同一テーマを選んだのは、ひとえに「同じワインでもサービスする人が違えば味わいも違ってくる」というソムリエ業界の真実を示したかったからなのでありますが、さて、お味の方は如何でしたでしょうか? もしも、極力自然を尊重して造られた私の人工ワインに「悪酔いした」と仰る方は、それはまだ飲酒経験が十分でないか、或いは既に飲み過ぎたかのどちらかです。しかしご心配無く。私のワインはあなた方の体を害する事も無ければ、翌日肌をたるませる事もありません。念入りに選別された言葉という葡萄から、適切な管理の下で考案を醗酵させ、思考を熟成させ、そして文法的にも健全な、全要素に調和の取れた葡萄酒に劣化臭はありません。但し一つ気に掛かるのが、数パーセントの割合で発生するブショネという欠陥品です。本日この会にお越しの皆々様、万一そんなの生えた古臭いワインを見付けられましたら、何卒お近くの問い合わせ係までお知らせ下さいませ。当会は責任を持って代替え品をご用意致します。

 以上にて、ネット上におけるワインエキスパートとしての使命は果たせたものと思います。元来ワインは神と人との交流を図るものであり、一人で飲む事はあり得ず、その本質は不変で、今なお最も社交的な飲み物として世界中の人々の仲を取り持っています。即ちワインを飲む最大の楽しみの一つは互いの事を分かり合い、その貴重なひと時を分かち合う事にありますので、もし ワイン検定 にて直接喜楽の時間と有益な知識をご共有出来ましたら望外の喜びです(呼称資格試験とは違い、飽く迄ワインを楽しむ為の検定で、落とす為のものでは御座いません。が、それに繋がるものであります)。

 では最後に、ペルシャ詩人ウマル=ハイヤームの四行詩集『ルバイヤート』より、葡萄酒が有する刹那的快楽を尊ぶ我々の気持ちを代弁して頂き、瞬間の悦楽を永遠に生きるディオニュソス的生命力の充溢じゅういつを酒杯の内に見遣りながら、陽気な調子で閉幕致します。

(4) せめては酒とさかずきでこの世に楽土を開こう。あの世でお前が楽土に行けると決まってはいない。(16) 今日こそ我が青春は巡って来た! 酒を飲もうよ、それがこの身の幸だ。たとえ苦くても、君、咎めるな。苦いのが道理、それが自分の命だ。(43) 知は酒杯を褒め称えて止まず、愛は百度もその額に口付ける。(77) 信仰や理知の束縛を解き放ってのう、葡萄樹の娘を一夜の妻としよう。(79) 死んだら湯灌ゆかんは酒でしてくれ。(88) 天国にはそんなに美しい天女が居るのか? 酒の泉や蜜の池が溢れていると言うのか? この世の恋と旨酒うまざけを選んだ我等に、天国もやっぱりそんなものに過ぎないのか? (90) エデンの園が天女の顔で楽しいなら、俺の心は葡萄の液で楽しいのだ。現物を取れ、あの世の約束に手を出すな。遠く聞く太鼓は全て音が良いのだ。(97) 酒姫サーキイよ、寄る年の憂いの波に攫われてしまった、俺の酔いは程度を越してしまった。だが積もるよわいつきになお君の酒を喜ぶのは、頭に霜を頂いても心に春の風が吹くから。(110) 大空に月と日が姿を現してこの方、くれないの美酒に優る物は無かった。

Drink wines you like. Like wines you drink…

Postscript

Dear visitors to the site,

I’m so happy to hear that my site has supplied some useful ideas or information to wine lovers around the world. But my concern is that the articles here were originally written in Japanese language for Japanese people. I think, therefore, there may be difficult words or sentences for non-Japanese to make sense. If you have any queries, please do not hesitate to contact me. (I will be helpful as far as in me lies, but if there is no reply, please understand that I cannot help you.)

Many thanks.

第二十五瓶 ヴーヴ・クリコの生涯

 ワインが持つ健康への効用についての科学的見地だけでは個人的に十分ではないと思いまして、「論より証拠」、より説得力を持たせるべく、実際に長寿を遂げたワイン業界の人物を、ワイン教室形式で、本稿ではご紹介差し上げます。泡好きの日本人はお馴染み、スーパーマーケットででさえ必ず目にすると言っても過言ではないシャンパーニュ「ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン」についてです(次のレジュメは年表の形で、時代背景を追いながらマダム・クリコの生涯について記載してあります⇒https://songesdevignes.com/wp-content/uploads/2020/06/ヴーヴ・クリコ.pdf

 先ずは名前の由来ですが、「ヴーヴ」は「未亡人」という意味で、「クリコ」はマダムの夫の名字、そして「ポンサルダン」はマダムの名字から取られたものです。

 1772年にマダムの夫の父フィリップ・クリコによって、主に繊維を扱う会社「クリコ」が創業されました。この「クリコ」は小規模ながらワイン業も営んでおりまして、マダムは夫のフランソワと一緒にワイン業の方に没頭して行きます。

 しかし経営が巧く行かず夫が鬱に為ってしまい、最終的にはチフスで、マダムが27歳の時に亡くなってしまいました。当時は女性の社会的権利は皆無に等しかったのですが、未亡人ヴーヴと為る事で、社会的自由が保障されました。マダムは此処で、現代で言うビジネスウーマンの先駆けと為った訳です。

当時、評判になる女性は娼婦か女王、王妃のみ

 1810年には地域初の、記録されたミレジム(ヴィンテージ)シャンパーニュを造る事で、革新的な力を証明しました。

 大彗星が通過した1811年の葡萄は完璧で、それを讃えて生産者達は彗星マークをコルクに焼き付けました。ヴーヴ・クリコは幸運の星として、その後も使用し続けます。

 そしてこのミレジムはロシアで大称賛を受けます。ただそのお陰で在庫が切れるという、会社としては一大事に陥ります。

当時のシャンパーニュ業界は小規模であり、それを世界市場の贅沢品に押し上げた功績の多くがヴーヴ・クリコに由っている。ロシア桂冠詩人プーシキンは「ロシアの上流階級はクリコしか飲まない」と書き残した

 皆様は既にご存知のように、シャンパーニュはおいそれと造れるものではなく、途方もない手間暇が掛かります(⇒瓶内二次発酵)。況して当時の技術では尚更で、特に澱抜きに、うんざりする程の時間が掛かったのです。「これではとても需要に追い付けない」という事でマダムは考えます。そして──

ピュピトルの無い最初期の澱抜きは瓶底に澱を集め、詰め替えの段階で澱が動いて広がらない内に、最大量の透明なワインを注ぎ出せるようにする方法で、この過程で少なくとも炭酸ガスの圧力が半分失われた(1820年代に機械化)。現在は瓶口を-20℃の塩化カリウム溶液に浸け、溜まった澱を瞬間冷凍し、その凍結した部分のみ噴出させ除去するが、ピュピトルを使った当初の澱抜き法は、瓶を叩くか強く一振りして元に戻すというもの。19世紀のワイン読本には次のようにある。「デゴルジュマンは、職人がボトルを逆さに立て、ワイン少々と澱全部が口から吹き出す間だけ、コルク栓を抜いておく。しかしそれ以上一瞬たりとも時間がかかってはいけない。澱の動きを追える目とすばやく栓のできる親指が必要」

 ──このピュピトル、「机」の意味ですが、これに穴を開けボトルを立てて動瓶ルミュアージュを行い、問題を解決したのでした。ピュピトル発明の背景には、早急な在庫確保という理由があった訳です。

小柄でどら声、器量が良いとは言えない辛辣な完璧主義者。ルイーズ・ポメリーが後に続く

 マダムは64歳で引退し、89歳で亡くなります。当時のフランス女性の平均寿命は45歳以下で、そのほぼ二倍、実に二人分の人生の時間を生きた訳ですから、マダムの生命力たるや恐るべしと言わざるを得ません(ワインによる健康などとは無関係と思えるほど丈夫そうです…)。因みに右下の女の子は14歳に為る曾孫ひまごのアンヌで、その度胸の良さがマダムにそっくりだったらしいです。

 引退後は自ら建てたこのブルソー城で生活しました。周辺には葡萄畑もあって、自分で世話していたそうです。因みにこの畑の葡萄から、有名ではないですが、シャトー・ド・ブルソーというシャンパーニュが造られています。

 マダムの死後、1877年にイエローラベルが商標登録されました。そしてスタイルも時代に合わせ、ロシア人好みの甘口から、ドライ、即ち中甘口のセックと言うところでしょうか、そして辛口のブリュットへと変えて行きます。

元々、需要を満たす為に多量の糖リキュールを添加し、摘果後12ヶ月以内に飲めるようにする為に甘口(ドザージュ150g)が主流だった。Brutの意は「自然のままの」、即ち「加糖していない」という事(現在の法規定では含有糖度15g/L以下)

 一方、現在もなお変わらずに引き継がれているものとしてはいかりマーク。特に希望の象徴という事で、創設者のフィリップ・クリコの時からずっと使われています。

 またこの字はマダムのサインから取られたという事です。

 現在ヴーヴ・クリコは所有する葡萄畑の内96%程がグランクリュとプルミエクリュで──

 ──ドザージュを少なめにする事で、ハウススタイルであるピノ・ノワールの特長を活かしています。

精妙なワインらしい旨味のあるロゼ造りのモデルとして有名

 1972年にはマダムのビジネス精神に敬意を表して、次の様な賞も作られました。

シャンパーニュ業界程に女性の影響を受けたものは世界にない、と歴史家は断言

 合わせてその年は創業二百周年という事で、ヴーヴ・クリコ初のプレステージシャンパーニュ「ラ・グランダム」が造られました。

 此処でこの偉大なる貴婦人マダム・クリコの功績をまとめますと、シャンパーニュの国際化、ブランドの確立、そしてピュピトルとルミュアージュという事になります。

 2010年にはバルト海から沈没船が見付かって、其処からヴーヴ・クリコも出て来たそうです。

現在の様なカラフルなラベルが無かった当時、一度荷解きされた後、どのメゾンのワインかを見分けるのはコルクの焼き印とボトル首周りの封蠟に頼るしかなかった

 最後に、現在のメゾンの様子はこんな感じで──

 ──実にお洒落ですネ。

本日の箴言

 あなたに秘密をひとつ教えましょう・・・これほど度胸の良いあなた、あなたは誰よりも私に似ています。それは私の長い人生で、私にとってはとても役に立った貴重な性格でした・・・私は現在、シャンパーニュの偉大な貴婦人La Grande Dameと呼ばれています! 自分の周りをご覧なさい・・・世界は絶えず動いています。私たちは明日の物事に投資しなければなりません。他人よりも先に行かなければならない。決意を固め、厳格でありなさい。そしてあなたの知性をあなたの人生の導き手となさい。大胆に行動しなさい。もしかしたらあなたも有名になれるかもしれません・・・

 曾孫娘アンヌに宛てた、マダム・クリコの手紙より

記念日の一本

Veuve Clicquot Ponsardin 1983 Brut Reserve

 オレンジを帯びた淡い琥珀色、澱在り、気泡は点在。極めて酸化熟成が進んだ状態で第3 アロマ のみ:モカ(コーヒーまでは行かない)、クリーム、カラメル、胡桃、蜂蜜、べっ甲飴やほんのり漢方薬の匂い

 口に含むと微細な泡ペティヤンの刺激。胡桃様の乾燥ナッツ風味の中に、強靭な酸が弦の様な一本の線となって全体を貫いている。雑味や粗さが全く無いマウスフィールと共に、苦味を伴う余韻は非常に長い。シェリーのオロロソや紹興酒に高い酸度を加えたような印象。知人からの頂き物で非常に良い経験をしたが、何でも古ければ良いという訳ではない事もまた再確認。熱劣化や酸化(⇒ワインの欠陥と非欠陥)が進みマデイラ化した白ワインには、トロやブリの様な脂身の有る魚の刺身(ナッツ様の風味同士で、また醤油を付け メイラード反応 同士で一致)、雲丹うに(雲丹の強いヨード感をワインのヨード感が和らげながら調和し合う)、胡桃系菓子(風味の同調)などと合わせられる〈2018年5月〉

第二十四瓶 ワインの亜硫酸(二酸化硫黄SO2の俗称)

 健康をお題目にして話を進めて参りました上は、人々がまるで悪の権化か、でなければ年齢と共に増える小皺こじわか何かの様に忌み嫌うこの物質についても語らねばなりますまい。そして偏見というものは、言わば固く強張こわばる肩凝り。少々手荒く為るかも分かりませんが、力を込めて揉みほぐして差し上げましょう。

 先ずは結論から申します。これはワインにとって必要不可欠な添加物で、この酸化防止剤が無ければ現代ワインの品質は存立し得ません。ちまたでは今だに亜硫酸無添加ワインが持てはやされているようですが、残念ながらこのSO2無しに付加価値の高いワインを造る事は出来ません。もしワイン産業の根底を支える技術を一つだけ選ぶとすれば、それは硫黄を燃やして発生させた気体の持つ、ワイン変質防止効果の発見とその応用だと言われています。この気体即ち亜硫酸ガスが の消毒に使われた事は詩聖ホメロスも歌っており、古代ローマではアンフォラの殺菌に使われました。誠に古代の人々はワインを如何に長く持ちこたえさせるかに苦心しました。彼等はワインの酸化を防ぐ為、樽のワインは常に口元まで満たし、補充ワインが無ければ石を入れてでも満量にしたり、壺に貯えたワインの上にオリーヴ油を垂らしてその油層の下から汲んで飲んだりしました。そして盗飲防止用の密栓がやがて品質保持の松脂まつやに(※1)や石灰による密封と為って現在のガラス瓶とコルク栓に引き継がれる事に為り、先の雑菌繁殖防止用の硫黄燻蒸くんじょうガス(※2)がワインに溶け込んで脱酸素剤として活躍する事に為るのです。

 ※1 古代で一般的に使用されたワインの保存料。樹脂は保存料として貴重だった為、東方の三博士マギもイエスに乳香にゅうこう没薬もつやくを献上した。現在はギリシアの松脂入り白ワイン「レツィーナ」として残り、国民により愛飲されている(希少なロゼは「コッキネリ」という名称)

 ※2 実際の作業場面はコチラに⇒お役立ちワイン映像集の“Pop the Bubbly! How Champagne is Made!”(0:48~1:09)。この、固体の「メタ重亜硫酸カリ」の燃焼による樽使用前の衛生処理法も含め、破砕/澱引き/濾過のタイミングでボンベ等に充填されたガスや化合物の水溶液という形で「二酸化硫黄」又は「無水亜硫酸」は利用され、ワイナリーのスタッフは毎日の様に繰り返しSO2の中で作業している。確かにSO2の濃度や晒される時間によって軽度の気管支炎はあれど死ぬ事は無い

 こうして古代より使用され続けて来たワイン中の亜硫酸は、数千年に及ぶ人体実験の結果、既にその安全性は証明されています。それでも「人生は何事も経験。ワインのSO2の有害な影響を体験したい」という私以上のへそ曲がりの方は居らっしゃいますでしょうか? 頑張って下さい、その為にあなたは1日30本以上のボトルを飲み干さなければなりません。そして四日市喘息ぜんそくの症状が出るかなり前に、アルコールによってあなたは病院送りになる筈です。確かにお医者さんは、喘息患者に対して「SO2高濃度ワインは避けた方が良い」と言うでしょう。そして日本においては食品衛生法第11条でワイン1L当たり0.35g未満という規定がなされているのですが、はて、これは多いのか少ないのか? 他国と比較してみましょう。アメリカは日本と同じ、オーストラリアは細かく甘口は0.35g、辛口は0.25g、EUは更に細かくなるので主要タイプに絞って極甘口は0.40g、甘口は0.35g、辛口白は0.20g、辛口赤は0.15g未満と義務付けられています。まだピンと来ませんね。身近な物を挙げましょう。漂白/脱色にSO2を使う干瓢かんぴょうは100g当たり0.5gと多く、ドライフルーツは0.2g、一袋で白ワイン一本分って感じ。フライドポテト一人前に至っては1.9gと、いやはや何という恐るべき量。コーラ1缶0.35gでも日本ワインの規定ギリギリアウトという具合です。因みにこの0.35gという量は、普通の大人が1日1本80年飲み続けても問題無い量で、しかも実際はこの半分以下が一般的、加えてSO2はO2酸素がワイン成分と反応する前にワイン中のO2と結合してくれる為、月日と共にその量は減少します。更に、このもはや無効と為った「結合型SO2」でない、酸化防止剤として有効な「遊離型SO2」は揮発性が高い性質からグラスに注ぐ間も減り、のみならず デカンタージュ やスワリングでも気化するので、最終的に我々の口に入る時点では気にするのも愚かしい程の少量に為っています。(因みに、嫌気的なスクリューキャップより好気的なコルクの方が当然SO2量は多いです)

 という訳で、赤ワインによる頭痛を亜硫酸の所為せいにしている方、残念ながらその可能性は極めて低いです。確かにSO2が体内でヒスタミン放出を誘導する可能性は指摘されておりますが、先程数字で示しました通り、抗酸化物質である酸とタンニンを含むお陰で、赤のSO2含有量は白より少ないのです。「じゃあ一体なんで? 肩凝り、ストレス、体の歪みが原因?」 いいえ、今はワインの話をしておるのです。専門家に拠ると、赤による頭痛は小数の人にあり、それは発酵過程で乳酸菌が生成するアミン類の一種が原因で、それを分解するのに特定の酵素が必要なのですが、その活性度が低い人が頭痛を引き起こすという事らしいです。このアミン類はフルボディの赤に多く、白にはほとんど無く、又これは同じ過程から造られる漬物やチーズにも含まれているそうです。兎に角、SO2が駄目なら温泉卵も駄目で、通常の食品添加物の方がよっぽど体に悪い物が多いという事を、一般消費者は知って置く必要があるでしょう。それは消費者基本法第7条にて、「消費者は、自ら進んで、その消費生活に関して、必要な知識を修得し、及び必要な情報を収集する等自主的かつ合理的に行動するよう努めなければならない」と定められている通りです。

 確かに「SO2無添加」は「安全」ではありますが、必ずしも「美味しさ」を意味する用語ではありません。優良な生産者はこの表示が無くとも多かれ少なかれ有機を実践しており(※3)、逆にあからさまに「無添加」や「ビオ」を強調する、健康志向に便乗したワインは余り美味しくない事の方が多いです。これらはSO2を加える代わりに熱を加えて殺菌処理をする為、無残な風味を呈し易いのです(※4)。またSO2が無いワインは言わば賞味期限が短く、早期の内に、グラスに注いだまま一、二日放置したワインのえたような風味に為ります。酷いケースだと、開栓時には既に酸素や雑菌に侵されて劣化している事もあるそうです。「ではSO2添加技術が無かった頃は良質ワインが無かったのか?」と問われれば、答えは「否」。技術に頼り切っていない、より酸素の影響を受ける自然な造り方こそがワインの質を強化・向上させます。現在でも、葡萄が極めて健全で、pH値などが理想的で、限りなく慎重な醸造をした「無添加ワイン」は素晴らしく、例えばワイン造りの起源と言われているクヴェヴリワインは完全手造り、完全無添加(⇒旨味のオレンジワイン)、また元祖ニュージーランドのカルトワイン「プロヴィダンス」は、農薬・化学肥料一切無し、勿論亜硫酸無添加、更に天然酵母(※5)に無濾過という、銘柄通り「自然の摂理」から造られたような極上品です。しかしこれらは例外中の例外と言うべきでありましょう(無農薬や無添加といったものを手放しで褒める前に、どれだけ脚色が為されているかは存じませんが、「奇跡のリンゴ」という映画をご覧になってみて下さい〈病害との格闘やフカフカな土を食べる場面などは葡萄栽培に通じるものがあります〉)。亜硫酸は祖先の叡知。これからは見方を逆にして、「長期熟成が必要な高品質ワインにする目的でSO2を添加する」と捉えてみては如何でしょうか。そして人が先天的に有するアルコール分解酵素(アルデヒド脱水素酵素2ALDH2)が少ない日本人(※6)は少量しか飲めない分、良質なワインを飲もうとします。「少量」且つ「良質」、そんな私達がSO2に悩むなんて、折角の美味しいワインに無味乾燥な知識を持ち込むなんて、野暮な話だと思いませんか? 勿論「美味しさ」を求めず、思想や信念でワインを飲もうというのならば話は別ですがね。

 ※3 因みにアメリカ政府の有機ワイン定義は、1L当たり0.1gのSO2しか認めていず、これは0.35gまで許可される通常ワインとは相当な開きがある。そしてその上は「有機栽培葡萄からのワイン」と「亜硫酸無添加ワイン」が出て来る。ラベルから「亜硫酸含有」の文字を外すには0.01g/L以下だが、醸造過程で全くSO2を添加しなくとも、酵母が発酵中に副生成物として0.005~0.015g/L作り出し、結果SO2量はこれを上回る事になるため必ず表示される事になる。したがって「無添加ワイン」と言えどもSO2はゼロではない訳で、それはただ単に「人工的に添加していない」という意味に過ぎない

 ※4 本来ワインは熱処理をしない(濾過〈フィルターや遠心分離機〉により除菌・・する〈香味成分も除去され得るが〉、加熱は殺菌・・)。確かに熱処理をすれば劣化はしないが、その代わり熟成もしなくなり、風味の成長というワインの醍醐味が味わえなくなる(SO2無添加ワインについて、ワシントン州レッドマウンテンAVAに在るHedges Family Estateの醸造長Sarah Hedges Goedhart女史は「日焼け止めをしないで火傷するようなもの。女の子が素敵な女性に成長するのを止めるようなもの」と表現し、ジュラ地方のナチュラルワインの大御所ステファン・ティソ氏は「単一畑の細やかな テロワール 表現には、極微量のSO2が必要」と仰っています。又、「テロワールの個性が輝く瞬間をSO2によって写真の様に保存する」という言い方をする生産者もいるようです。余談ですが、ミサ用の赤ワインは「神が葡萄の内に成熟させ給いし通りのものたるべし〈1403年公布アルザス・リボーヴィレ条約〉」と言い、混ぜ物無しの天然物でなければならない規約があるのですが、当然長持ちしないうえ余り旨くない)。加熱技術方法は温度(高/中)と時間(長/中/短)により幾つかの分類があるが、いずれも熱による香味分子の破壊を引き起こす為、低級の早飲みワインにのみ使用される。この過程を「低温加熱殺菌法パスツーリゼーション」と言い、ビールや牛乳にも利用されており、日本酒で言う「火入れ」(参考⇒生)と同じ作業である。この方法は1866年に微生物学の祖ルイ・パストゥールが発表した(この発酵性液体の保存法発見の背景には次の様な悲しい話が伝わっている。ヨーロッパでは19世紀迄は水を飲むくらいならシードルかビール、ピケット、ワインを飲む方が得策だった。それはカロリー補給のみならず、川や井戸の水が媒介する腸チフスといった伝染病から身を守った。そしてパストゥールはそれで十歳の娘を失った)が、実は日本ではその約三百年前の室町時代から同様の殺菌法が行われていた(というのは殆どの日本酒関連本が強調するところである)

 ※5 長年の農薬散布が自然酵母を殺してしまった結果、人工的な培養酵母が使われるようになった(酵母による風味の違いはコチラ⇒澱(フランス語 Lie リー)

 ※6 日本人の約四割は体質的にアルコールに弱い事が分かっている。これは遺伝子に由来し、鍛えれば飲めるというものではない。この世界にはアルコールに強い人種と弱い人種が存在し、前者はコーカソイドやネグロイドで、後者は日本人が属する新モンゴロイドである。しかしながらこの事は人種的に優れている事を意味せず、逆にアルコールの乱用に対する生理的な抑制効果が作用する為、欧米人に比べ日本人の方がアルコール依存症が少ない傾向にある

〈参考1〉SO2のワイン構造における働き

①有害微生物の殺菌、増殖阻止(腐敗、特に甘口ワインの残糖による再発酵防止。貴腐 ワインでは貴腐菌が葡萄の皮に開けた穴から酸化が進み、ワインが酸化傾向に為るためSO2によってフレッシュ感を戻す)

②ワイン醸造工程及び製品における酸化防止作用

③赤ワインの果醪かもろみにおいて、葡萄果皮からポリフェノール(色素その他)の抽出促進

④ワインの清澄効果

〈参考2〉SO2の使用量を必要最低限にする方法

①健全な葡萄の適切な熟成期における収穫

②醸造所までの運搬時間短縮もしくは冷却処理

③早急な破砕と圧搾

④果汁やワインのpHを低く保つ事

⑤醸造における適切な温度管理

⑥醸造環境の衛生管理

〈参考3〉Vin Nature「自然派ワイン」

 畑の土がふかふかで、化学肥料無しのため様々な雑草に覆われ、葡萄樹は雑草との生存競争に晒される。そして敗れる樹も多く、生産量は一般の半分以下。また自然の成り行きの醸造は時間も掛かる(高邁な理想主義者のため倒産し易い)。非自然派は魅惑的な香りを付ける培養酵母が使われ、香味が派手ではっきりするが、自然派は天然酵母に加えて好気的な醸造環境となる為、第2 アロマ の無い複雑な香りのまとまりで一つの香りに突出感無く、第一印象にも欠け、強さも控えめで捉え難い。またノンフィルターにより外観の美しい色、輝きも少なめだが、その分旨味を伴う。良く耳にする「ビオ臭」とは、パーマ液の様な還元臭で、味を固くし、粘膜を刺激し、頭痛の原因にも為り得る酸化防止剤をほとんど入れない為、極力空気に触れないように造る事から発生する。従来の物より自然により近い生物なまもの的ワインのため14℃以下で保存。2020年フランス当局(DGCCRF)は、主にロワール渓谷の自然派ワイン団体(SDVN)の働き掛けを受け、この曖昧な用語に対し Vin méthode Nature なる定義を制定。その概要は「①100%有機認証葡萄の手摘み ②天然酵母による発酵 ③濾過など、ワインに大きな変化を与える作業不可 ④添加物使用不可 ⑤SO2無添加、もしくは瓶詰め前に0.03g/L迄の添加 ⑥葡萄の人工的育種不可」というもので、今後「自然派」の造り手達がこの基準に沿ってワイン造りを行う事になると予想されている

〈参考4〉自然農法の種類

・ビオロジック:有機農法、オーガニック。無農薬、無化学肥料

・ビオディナミ:ビオロジックを基に、天体の動きなど生体エネルギーを取り込んだ農法

・リュットレゾネ:必要最小限の農薬を使用する、減農薬農法。ナチュラルワインとは別

・サステイナブル:環境保全型農法。畑のみならず森林などの自然環境を持続させる農法。産業を発展させ世界を豊かにし、未来永劫に亘り持続可能な社会や生活構造をも意味する。詰まり、主目的は子孫への遺産であり、品質の良さは副産物的な要素。畑は必ずしも有機農法とは限らず、リュットレゾネである事が多い。ナチュラルワインとは別

本日の箴言

 昔から続いてきたことは、理由はわからないことでも深い意味があると思う。たかだか四十年しか生きていない人間が、それは違う、と言えるのだろうか。

河合香織『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』

記念日の一本

Providence (Matakana, New Zealand)

 ニュージーランド北島マタカナにワイナリーを構える、NZ最高ワインの一つ。除草剤・化学肥料・殺虫剤は使わず、自然に還元可能な有機肥料により育てられた葡萄のみ使用。全て手摘み収穫で、そのタイミングは数値分析に頼り切らず葡萄を食した上での直感も。天然酵母による発酵で、亜硫酸無添加のリスクを補う為、発酵中は昼夜を問わず四時間毎に撹拌して雑菌の繁殖を抑制。無濾過のみならず自然の重力によって瓶詰め、無論酸化防止剤・保存料一切無し。一貫して自然に任せる姿勢を重んじる造り手。但し、確かにワインには亜硫酸は添加されていないが、ワイナリーの醸造器具や、樽から壁や床に飛び散ったワインなどを拭き取る時は全て亜硫酸を使っているという。これは詰まり亜硫酸の意義を熟知している事の証である。因みに2006年シラーには極めて少量のSO2を添加したという。そして理由は「亜硫酸を添加したらどうなるのか、試してみたかった」のだと。一般とは姿勢が逆ですな。結果、今迄と然程変わらなかった為、2007 ヴィンテージ 以降は相変わらず無添加のまま

シンデレラワインとは言え、お高くとまったどこぞのワイン達とは違いまだ何とか手に入れられる価格を維持。早めに買っとこうか知らん

第二十三瓶 ワインと健康(白ワイン編)

 古代ギリシアの医聖ヒポクラテスは「薬の中でワインは最も有益であり、薬効を持つ溶剤として用いられ、傷薬にもなる。赤ワインは成長に役に立つ。白ワインは肥満防止に良く、利尿効果が最も高い」とちゃんと白の効用について触れているものの、現在の海外の記事にざっと目を通すと赤ワインについての効用ばかりが矢鱈やたらと多く、そしてほぼほぼ結論は適度のアルコール摂取〈大凡おおよそ1日当たり男性2杯、女性1杯。詳細はコチラのをご覧下さい⇒Lower alcohol wines (and spirits)〉で落ち着きます(※1)

 では次は私が見付けた限りの白ワインの効用を列挙してみます──

・ポリフェノール量は赤の10分の1程度だが、赤のよりも抗酸化機能が高く、加えて分子構造が小さいため体内吸収され易い(甲州は含有量多め)

・美肌効果(甲州はコラーゲンを修復するアミノ酸のプロリンを多く含む)

・有機酸(葡萄由来:酒石酸・リンゴ酸・クエン酸、発酵由来:コハク酸・乳酸・酢酸)による殺菌作用がある為、食中毒の原因菌(サルモネラ菌、大腸菌、赤痢菌等)に速効性がある(シャブリに生牡蠣が有名)

・有機酸が食欲増進効果を生む

・有機酸が腸内環境を整える(便通改善効果)

・血圧低下作用(白には ミネラル〈カリウム、カルシウム、マグネシウム〉が多く含まれている為、利尿作用が高まり新陳代謝が促されて体内のナトリウム〈塩分〉が排出される。同時に鉄分やビタミン類も含む)

・血小板凝集抑制機能

・冠状動脈性心臓病対策

 ──確かに赤ワインより情報は少ないものの、かなり健康には良さそうです。印象としては、赤の方がより医学上の重病に効果があり、白はより生活上の軽症を改善するのに期待出来そうであります(日本人の、低脂肪で米と魚〈※2〉中心の、伝統的かつ健康的な食習慣に赤ワインの出番は少ない為、和食にも合い易い白ワインの効用に触れるのは日本人が多いのではないかと愚考します)。ついでに泡は高級に為るほど瓶内熟成〈⇒瓶内二次発酵〉によるアミノ酸が多く為るため健康効果は高いとの事です(加えてワインは醸造酒の中でも糖質が少なく、100g当り赤は1,5g、白は2,0g、日本酒は3,6~4,9g、ビールは3,1~4,9g)。いずれにしましても、ワインは在らゆる酒類の中で、圧倒的にアンチエイジングな酒である事に疑問の余地は無さそうです。だからこそ「良い物を多量に」という人の心情が働き、ついつい適量を越えて飲酒してしまう為、冒頭で述べた「適度のアルコール摂取」が結論として導かれるのでありましょう。「エルペノル症候群(※3)」による、翌日仕事が出来ない程の宿酔による経済的損失額は年間1600億ドルに上るとアメリカ政府は算出したそうで、確かに飲み過ぎを警告する義務がお偉方にはあるでしょう。一方これはより身近な、一般消費者の心にグサリと刺さる警告ですが、過度のアルコール摂取は肌から水分やビタミン、又マグネシウム等のミネラルを失わせます。その理由は、これらの栄養素はアルコールの分解と共に代謝されて一緒に排泄(※4)されてしまうからです(とは言え、既に身を以てご存知の方もおられるでしょうが、肌の回復は比較的早く、数日の断酒で大分良くなります)。この様に述べられると、如何にも「アルコール=不健康」という概念が植え付けられそうです。そして「アルコール=太る」という思い込みも方々で耳にします。私達は精神的にくつろいでいる時に食欲が進み、緊張している時に低下します。詰まりアルコールは緊張をほぐすため私達は食欲が出て来る訳で、それに伴う食べ過ぎが主な肥満の原因なのです。勿論アルコールを摂り過ぎれば、体内に溜まったアセトアルデヒドが脂肪に変わり肥満のみならず動脈硬化の原因と為ります。確かにアルコールは1gにつき7kcalあるものの、実はアルコールのカロリーは「エンプティ・カロリー」と言って、直ぐに熱として放出されるものなのです。言い換えれば、新陳代謝が激しく為り燃料として燃える為、飲んだからといってそれをカロリーの計算に入れる必要はないという意見もあるのです。更には、栄養学においては休肝日は必ずしも必要ではないとも言われています。それは、毎日ある一定の量のアルコールが入って来て、それを酵素によって処理する事が或る日抜けてしまうと、それに対応する相手が居なくなりかえって負担を掛けるからだそうです。こうなって来るとまたしても、赤ワイン編でも述べましたように、何を信じたら良いのか分からなくなって来ます。しかしヘリオドロスが『エティオピア物語』にて言ったように、結局「魂は己の欲するところを信じたがるもの」。であれば私達は其々自分が信じたいものを信じる事に致しましょう。

 ※1 アルコールの害は心臓、脳卒中、脂肪肝疾患、肝臓痛、精神健康異常、がんすい炎等。赤ワインで取り沙汰されるリスベラトロールの効果も飽く迄マウス投与実験による結果で、人間が同じ効果を得るには毎晩8~10本の赤ワインを飲まなければならないとかで、定めし本末を誤った大惨事が引き起こされる事でしょう。因みに、どの国でも男性に比べて女性の飲酒頻度と量が低いのは、女性の方が体重が少なく脂肪組織の割合が多い為、男性よりも少ないアルコール摂取量で肝障害を起こす為であると、生理学的には説明される。無論、女性は歴史上長く家庭に縛られて来た為、社会的行為である飲酒から遠ざかっていた事も考慮すべきである

 ※2 海水中で暮らす魚の脂は冷水の中でもトロトロで、当然人体の中でも固まらない。対し牛・豚・鶏の体温は38,5~41,5℃と人よりも高い為、動物の脂が人体に入るとベタっと固まる。このベタ付きが血液をドロドロにするのである(目に見える一例は、レバーパテを冷蔵保存すると生じる白い脂肪の固まり。ちなみに豚の脂の融点は33~46℃で、牛の40~50℃よりも低めの為、噛むほどに 旨味 を強く感じられます。加えて硬化油マーガリンのトランス脂肪酸による心臓疾患のリスクも心に留めて置きたいところです)

 ※3 解離性障害(自分が自分でない感覚、カプセル内に居るような現実味の無い感覚)さえ引き起こす程の重度の二日酔い。ホメロスの『オデュッセイア』で、魔女キルケの島から出発する前夜に泥酔し、館の屋根で眠り込み、翌朝二日酔いの為に転落死した船乗りの名から。因みにその後日譚ですが、皆はエルペノルがいない事に気付かず旅立ち、その後冥界で再会したオデュッセウスは彼から自分の遺体を無名戦士の墓に埋葬するよう頼まれます。彼は己れの死に様を恥じていたのです(そりゃそうだよネ)

 ※4 アルコールによる尿意の原因は次の通り。抗利尿ホルモンのバソプレシンの働きがアルコールによって抑制された結果、肝臓の基礎構造である尿細管の壁がスポンジ状からざる状に為り、液体はどんどん膀胱へ流れて尿と為る

 現代人は飲食から健康問題を気にする事が出来るほど豊かな生活を送っており、そんな日々に私達は感謝しなければならないのでしょう。しかしこの二稿に亘る煩雑極まりない事を一つ一つ気にしながらワインを飲んで何が楽しいのでしょう? きっと私達は「美味しい上に健康に良い」という有り難みに満足したいだけなのではないでしょうか。何でも、酸化防止剤SO2が添加されないと、ポリフェノール量が通常の赤ワインの六分の一程度に減少するという話まであります。これは果物や野菜を五つから九つ食べる事で摂取できる量に比べても遙かに少ないのだとか。またアルコール消費量の増加が早死にに繋がるのなら、日常のストレスも同じく寿命を縮め、そしてアルコールが唯一のストレス解消法という人達は一体どうなってしまうのでしょう? さて結論です。改めて「ワインと健康」について考察してみた結果、矢っ張り私は前回冒頭で述べた所に舞い戻って参りました。──「健康第一ならば青汁だ!」

本日の箴言

 本来、健康のことを気にして飲むのではなく、楽しく飲むことが健康に最もよいのではないのでしょうか。

田崎真也『ワイン生活』(改訂)

同氏のおススメ映像集はコチラ⇒お役立ちワイン映像集

休肝日の一本

Purpom, Rosé Sparkling Apple(果汁100%中ルージュデリース種30%使用、ノルマンディー、フランス)

 鮮やかなサーモン色の色合いで活気のある泡立ち。爽やかだがしっかりとした香りは赤林檎、アセロラ、ほんのりスモモの香りも感じられる

 中辛口、高めの酸度、ミディアム(-)ボディ。甘さが控えめで飲み疲れる事も無く、酸味に不慣れな人は「酸っぱい」と言いそうなほど十分な酸度がある為、料理ともバッティングしない。5~8℃にしっかり冷やし、フルートグラスに注いで飲めば、ロゼスパークリングワインを飲んでいるかような擬似プラシーボ効果を得られる。鮭の塩焼き(酸が塩味を和らげ、魚の脂身の甘味を直線的に引き伸ばす)、鱒の押し寿司(酢飯と同調)、またデザートではバター菓子(酸が菓子の味わいの輪郭を生む)やココナッツ菓子(ミルク感が生まれる)と良く合う。ソフトドリンクで料理との相性を考える切っ掛けをくれた、フードフレンドリーで素敵な炭酸ジュース

赤い果肉のルージュデリース
omoroid.blog103.fc2.com

第二十二瓶 ワインと健康(赤ワイン編)

 前稿(低アルコールワイン)にて少し触れました健康について、今回は掘り下げてみます。正直なところ、このテーマを記事にする積もりはありませんでした。何故なら「健康第一ならば青汁だ!」が持論ですし、ワインは嗜好品であって医薬品ではないのですから、楽しむ為でなく健康の為にワインを摂取される方がこの「楽会」へお越し下さる事は無いかと思いましたので。しかしここ五年ほど健康にまつわる情報を収集しておりませんでした為、目紛めまぐるしい科学技術の進歩と共に真新しい研究結果が発表されているかも知れないと思い、再調査してみました。

 酵母による発酵のメカニズムを解明した、19世紀フランスの自然科学者ルイ・パストゥールは「ワインは人間の飲み物の中で、最良の、最も健康的なもの」という言葉を残していますが、当時の人々は我々現代人ほど健康志向をお持ちではなかったようであります(恐らく健康よりも生存の方が重要問題であったのでしょう)。ワインが健康と結び付けられた事の発端は、1991年11月17日の夜中、アメリカCBSの「60 MINUTES」という人気ニュース番組でした。其処で赤ワインの健康効果が取り上げられたのですが、それが全米二千万の視聴者の常識を見事に引っ繰り返すものだったのです。元々アメリカは禁欲的なピューリタンによって築かれた国家で、自己否定に喜びを見出すピューリタン信仰が無くなった後も、舞踊・飲酒・観劇・小説さえ禁止もしくは制限される厳格なこの宗教に影響されて来ました。よってアメリカ人の心には快楽の為の快楽は自粛すべきという認識があり、それが1920年1月16日に施行されたアメリカ合衆国憲法修正第18条、所謂いわゆる「禁酒法(※1)」に繋がる訳です。そしてこの1933年迄の十三年間に及ぶアメリカ最大の悪法を経験して「禁酒は美徳」という意識が残る人々を、このニュースが仰天させたのです。先ず最初に、アメリカにおける死亡理由の最たるものが動脈硬化に由来する狭心症や心筋梗塞などの「循環器系疾患」であり、アメリカ人の二人に一人がこの為に亡くなり、四人に一人がこの疾患を患っている事が知らされます(この時視聴者は途轍とてつもない不安と恐怖に身を震わせています)。しかしその直後、赤ワインに含まれる「或る物質」がこれに対して有効だという知らせが高らかな口調で伝えられます。(この時視聴者の眼前に広がる闇の中に一条の光明が差し込みます。しかしオアズケ、此処でコマーシャルが入り)その後、一方で肉やバター等の動物性脂肪を多量に摂取する上に喫煙率も高いフランス人だけは、欧米人の中でも例外的にこの疾患が少ないという情報が、専門家の口から説得力豊かに語られます(因みにこの矛盾が、フランスのルノー博士等が研究した「フレンチ・パラドックス」。まだまだオアズケ、それ以外にも色々とウンチクが語られた後、やっと)実はこれは赤ワイン中の「ポリフェノール」が血管を綺麗にし、動脈硬化を防ぐからだ、と物々しく報道されるのです(そして翌日、あれ程売れ残っていた赤ワインが店内から忽然と消え去った…)(スミマセン、話の流れは日本TV番組風に半分私が脚色しました、が最後は事実のようです。その目と耳でご確認を⇒CBS:The French Paradox〈13:17〉https://youtu.be/UHbGOtF0LEw〈特に興味深いのが9:43~10:21、学校給食からミルクを廃止して水で薄めたワインを出そうという意見。登場するルノー博士は「5,6歳でミルクを止め、10か12歳で大量の水に薄めた少量のワインを食事時に飲み始めた」と仰っています。なお博士は2012年10月28日、メドックの小さな村にて85歳の生涯を閉じられました。心よりご冥福をお祈り申し上げます〉)

 この活性酸素を撃退する抗酸化物質ポリフェノール、これは植物が光合成によって生成する色素や苦味成分で、大凡おおよそ葡萄の種子に50~70%、果皮に25~50%、果汁・パルプに2~5%含まれているのですが、赤ワインにおいては果皮の色素の元である「アントシアニン」、或いは「フラボノイド」、そしてがん等に有効である「リスベラトロール(※2)」があり、一方種子からはご存知「タンニン」「カテキン」「ケルセチン」「プロアントシアニジン」、また果汁・パルプには「カフタリック酸」「クータリック酸」「ガリック酸」等があります(山梨大学ワイン科学研究センター佐藤充克特任教授の調査より)。漬け込みマセラシオン工程がある赤は白ワインの十倍ほど多く、また赤でも皮が厚く、色素量や 渋み の有るワイン(※3)の方が多いと言われます。その一方で、葡萄で言うと、黒葡萄よりも白葡萄の方が果皮に多く含有されている為、赤ワインよりも確りとスキンコンタクトをした白ワインの方がポリフェノール量が多いという事になります。とは言うものの、ポリフェノールだけを求めるのであれば、チョコレートや葡萄ジュースで沢山です。

 ※1 酒類の販売・製造・運搬は禁じられたが、購入・飲用・所有は自由であった為、路上で泥酔しても「施行前に買った」とでも言えばお咎め無し(かえって飲酒事故が増えたとか)。宗教や医療目的の製造は容認されたため一部のワイナリーは生き残ったが八割が閉鎖し、アメリカのワイン産業は壊滅(自家醸造ワインを飲むのは許されたため家庭ワイン造りが盛んになり、逆にワイン消費量は倍増した。が、ヒドイ味だったのは言うまでもない)。ナパの高級ワイン造りは一世紀以上遅れたとも(逆にこの深刻な状況が業界を動かし、特にナパやソノマでヨーロッパの醸造技術の頂点に達する進歩を遂げたとも。いつの時代も逆境が人を進歩させるのです)。「酒場=悪の巣窟」「アル中=社会のくず」とされ、「酒=悪」という概念が跋扈ばっこ(当時のアルコール法律管轄機関はBATF=Bureau of Alcohol, Tobacco and Firearms、即ちアルコールとタバコは銃火器と同じくらい危険で厳しく管理されねばならぬと考えられた、という事。尚2003年1月からはTTB=Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureauの管理下にある。何れにせよ、健康を脅かす物に対しては国家干渉は必至)。しかしこの本質を根底から変えたのが、モンダヴィ(参考⇒ワインと音楽のペアリング)達が推奨した「フードワイン」、即ち「ワインは食事の一部」という考えであった(「食事=悪」と断言する人は居ませんよね。但しこれは飲む為の理由付けで、ペアリングの概念〈⇒五味と五感から知る! ワインと料理のペアリング法〉とは異質)。これで食事と一緒にワインを数杯・・飲んでも快楽であるという罪悪感は持たなくて済むようになった。因みに禁酒法終焉時には「また幸せな日々がやってきた」と歌われたのだとか(ヤッパリみんな飲みたいのだ! 映画『アンタッチャブル』でもそれを推測させるシーンが幾つかありましたネ)

〈追記〉鎌倉幕府(1185~1333)は既にこの禁酒法と同様の政策「沽酒之禁こしゅのきん」を建長四(1252)年に打ち出し、酒の売買を禁じていた。それは新興階級として登場した武家の制度の根底に、過差の禁止、勤倹・礼節の厳守が法制化されていた為、酒(と女)は抑制力を弱め、節度・礼節を乱し、また武家を困窮に陥れる恐れのあるものとして忌避された為であるという(他には、酒屋が金貸し業も兼ねるように為り商人の力が強く為る事を恐れた為とか、建保元〈1213〉年の和田合戦で飲酒によって油断した北条方が苦戦を強いられた為という説も)。実は日本という国では古代から幾度となくこうした禁酒令が出され、初出は更に遡り大化の改新が始まった大化元(645)年、凶作により農村が荒廃した為、「早々に田作りに務め、美食をしたり、酒を飲むべからず」と農産物節約の趣旨に促されて布告された

 ※2 単体のサプリメントは効果無く、逆に酸化ストレスを高める(体の錆、加齢臭:エイジング↔赤ん坊の 匂い)。様々なポリフェノールがミックスされて酸化ストレスが下がりアンチエイジングに繋がる

 ※3 カベルネ・ソーヴィニョンとバローロ(ネッビオーロ)が多いという研究結果があるが、一体誰が健康の為にバローロを飲むだろう? 大雑把に見積もっても、安めのバローロ1本で高めの青汁を30杯は飲めるだろう。因みにイギリス誌『ネイチャー』によると最も期待出来るのが「オリゴメリック・プロシアニジン」を最も多く含むタナ種(フランス南西地方「マディラン」が代表ワイン)。加えて、同一銘柄なら古い ヴィンテージ の方が効果が高い

 これ以上わずらわしい説明は止め、一般消費者が知りたいのは結果のみ。という事で、此処で人体への健康効果を列挙してみます──

・認知症予防、認知機能改善(脳細胞を刺激、再生し、老人の記憶力を再び高める)

・ダイエットやストレス減(軽い運動によって得られる効果)

うつ病対策

・寿命延長(若返り効果はルイ15世の時代には知られており、ポンパドゥール夫人など上流社会の女性達を魅了したという)

・メタボリックシンドローム改善(脂質調節作用)

・高血圧対策(血圧を下げる)

・高コレステロール対策

・加齢による失明予防

・抗癌作用(乳、肺、前立腺)

・骨密度向上

・抗炎症作用

・神経障害対策

・脳卒中リスク減

・循環器系疾患(狭心症、心筋梗塞等)予防

・アテローム性動脈硬化症対策

・2型糖尿病リスク減

・肝疾患対策(まずはアルコール止めなさいって)・・・などなど

 ──予想に反して煩わしい結果になりそうなので此処で止めておきます。一度ひとたび検索すググると大抵の知識は得られる利点があるものの、反面アレコレ情報が交錯し「これは本当なのか、でなければ一体どれを信じるべきなのか?」と、何が何だか良く分からない状態になる、これが現代の情報化社会における最大の欠点であります。正直私ももう煩わしさを隠せませんので「免疫システムの向上」、この一言で済ませても宜しいでしょうか?

本日の箴言

 あらゆるアルコール飲料の中で・・・ワインこそ、身体をリラックスさせる作用からいっても、栄養の面からいっても、間違いなく最も完全な飲み物である。

フランス・ブドウ農業組合(1910年)

平日の一本

Madiran 2004 (Patrimoine & Terroir, Tannat, Cabernet Sauvignon and Cabernet Franc)

 ミディアムガーネット、黒系ベリー(ブラックベリー、黒プラム、カシス)、ジャミーなドライプラム、薔薇、黒胡椒、樽(ヴァニラ、クローヴ、トースト)、そして第3 アロマ(獣、革、湿った葉、土)

 ミディアムレベルの酸、やや粗めだが不快ではない強いタンニンと14%の強いアルコールが厚めのボディを形成する。余韻は中程度。熟成由来の特徴が良く現れ、酸と果実味がミディアムレベルでバランスを取っている。しかしアルコールがその果実味を圧倒する程に強い。また粗めの 渋み がアフターテイストに幾らか苦味を生む。16~20℃、大振りの瓜実型 グラス で、ローストチキンやハンバーグの様な柔らかめの肉料理と楽しみたい

格安蔵出し熟成ワイン:タナ+長熟→赤の中で最も健康効果あるハズ(確かに翌日肌のツヤが良くなったような…)