第二十瓶 ワインと音楽のペアリング

 先日は途中退場してしまいまして、大変失礼致しました。食べ物の話ばかり聞かされたものですから、恐ろしい空腹感に襲われまして…あの後彼から「職務怠慢だ!」と散々に苦々しいお小言を喰わされました。とは言え「美味も喉三寸」、どんなに美味な物でも美味いと感じるのは舌から喉を通る時だけ。喜び、悲しみは一時のはかないものですので、嫌な過去の事はさっさと忘れて前を向いて行きましょう。それにしてもCちゃんの肝ったまの据わりよう、皆様ご覧になりましたか? 超弩級どきゅうワインを片手に講釈をおっ始めるなんて味な芸当、並の男には出来ない事です。私なら、AOCサン・テミリオン・プルミエ・グラン・クリュ・クラッセA格付けの、あのなまめかしく色っぽい、美しく調和した肢体ボディで飲む者をとりこにするシュヴァル・ブランに天地が引っ繰り返るほど熱狂し、五味だの五感だのと余計な小賢こざかしい事を考える余裕なんてありません。口惜しや、またしてもその差を見せ付けられた思いです。我々の好敵手たり得るAIロボットも何のその、人々に楽しみの時間とくつろぎの空間をもたら可笑おかしみを持する彼の堂々たる且つ人間味溢れる立ち居振る舞いは人間の私も見習わねばなりません。という事で今回のお講義も彼にお頼みしたところ、あっさり断られてしまいました。と言っても別に私への宿怨しゅくえんからではなく、表題の件は「専門外だから」と言う訳です。確かにプロメテウスは彼に色・香・味を識別する目と鼻と口をお授けになりました。しかしどうやら音楽をする耳を与えるのはお忘れになったと見えて、「C調」とは言うものの、たえなる調べの事につきましてはからきし駄目なCちゃんなのであります。

 さて、音楽の世界がワインの世界にも影響している点は以前から知られており、例えばボルドーは アサンブラージュ(複数品種のブレンド)ゆえ重厚な交響曲に、ブルゴーニュはモノ・セパージュ(単一品種)ゆえ純粋美のヴァイオリンやピアノのソナタに喩えられたりします。音楽家や楽器、或いは楽譜や音符を描いたラベル等も屢々しばしば見掛けるところであります。有名音楽関連ワインの最たる物は「オーパス・ワン」でありましょう。これは「一本のワインは交響曲、一杯のグラスはメロディー」という概念のもと、造られているそうです。「オーパス」という語は非常に優れた作曲を意味する音楽用語と聞いていた為、以前 ワイン検定 にお越し下さった女流ピアニスト高城香那さん(※)に伺ってみたところ、この様なお答えを下さりました。此処に引用させて頂きます──

「オーパス」というのは音楽用語だと「作品」という意味です。 クラシックだと作曲家や、その研究者によって作品番号がつけられます (有名な作曲家ですと例外でバッハは「Opus」の部分が「BWV.ビーダブリューブイ」、モーツァルトだと「KV.ケッヘル」、どちらも「作品番号」を表していますが主流は「Op.オーパス」です)。研究者によって発見された順番や、作曲家が若いときから生まれた作品を順番にナンバリングしているのです。音楽用語の 「オーパスワン」といえば「作品第一番」で初めて作った作品、というものです。 音楽的な部分では少し未熟な部分もありつつ若く、純粋なものでその後の音楽性を読み取る中で幹になるような、情熱的で大事な第一作品…番号が大きくなるほど成熟して複雑になったり、また新しい感性が現れたりします。

──矢張り専門家の説明は流石、恐れ入ります。ところで、以前山梨県笛吹市のモンデ酒造さんに伺った時、こんなワインが販売されておりました。(⇒ amazon楽天

 「ワインが音楽聴くんかい?」と思った方は早とちり、実は私もその一人。

言わば「音響熟成装置」と言うところでしょうか

 音は波長ですので、この Vibro Transducer を使用する事で、熟成過程で音楽を振動に変えて伝える事で、分子である酵母〈参考⇒澱(フランス語 Lie リー)〉が活発に活動し、また水分子が小さく為り擬似熟成効果が起こる事によって、ワインに円やかさが備わるという訳であります。実際この過程を経た物とそうでない物を試させて頂いたところ、矢張り前者の方が味わいに若干の深みや落ち着きが感じられました。チリのアウレリオ・モンテス氏は「穏やかな波長は、無音もしくは甲高い音楽よりもワインにより良い熟成を演出させる」と言い、ワインにグレゴリオ聖歌を聞かせているそうです(因みにどんな音を流しても、発酵過程には影響しない事があるのだとか)。また千葉県の日本酒「五人娘」で知られる寺田本家の蔵人さん達は、酛摺り唄や太鼓を響かせて「微生物たちに想いを届け」ていらっしゃり(⇒清酒の味わい方(香り))、福島県喜多方市の小原酒造は、様々な音楽の中でもモーツァルトの交響曲/セレナーデ/協奏曲を醪に聞かせると、酵母の増殖速度の増加と死滅率の減少、及びアミノ酸生成率の低下、要するに酵母が活性化して一段と生き生きと為り、吟醸香味も冴える事を実験から発見し、「音圧による醸造方法」なる特許認定と共に、「蔵粋くらしっく・大吟醸交響曲/吟醸夜曲/純米協奏曲」という名を冠した日本酒により音楽蔵の元祖となった次第です。(変わり種は、岐阜県飛騨市古川町の「蓬莱」を造る渡辺酒造店。其処では「お笑い」を聞かせ、醪を賑やかに沸き立たせておるのだとさ^^)

 扨モーツァルトに関連して、イタリアの Il Paradiso di Frassina の畑では葡萄の樹にその楽曲を聞かせているとの事です。ココで再び「ブドウが音楽聴くんかい?」と思った方、あなたのそそっかしさに私も附いて参ります。勿論聞く訳ありません。ただ、音楽は植物の成育を助けませんが、音を切っ掛けにして生存能力が付くのだそうです。植物は自然界の静かな風の音や虫の音に晒されており、それらの振動を天敵である芋虫のむ時の振動と区別し、そして芋虫の振動を感じた時、植物は芋虫が嫌う化学物質を出して自分を守るのです。無害な音/振動に慣れさせる事で、有害な音/振動に敏感にさせようという目論見もくろみなのでしょう。

 これで音楽を葡萄樹および葡萄酒に聞かせる効果は分かりました。ではワインを飲んでいる人間に聞かせるとどんな効果があるのか? 植物の様に生存競争を乗り越える力が湧いてくるのでしょうか? そうかも知れません。或いは樽内ワインの様に加齢エイジング効果があるのでしょうか? それは困ります。音楽が人の感情と結び付くのであれば、感情を揺さ振るワインというものが在る以上、この両者は無関係ではないでしょう。実際音楽がワインの味に影響するという事は幾つかの記事で報告されておりますが、クラシック/ジャズ/ロック/テクノ/ブルース/ボサノヴァ/レゲエ/雅楽/オペラ/讃美歌/軍歌などなど、挙げれば枚挙にいとまがない音楽にはより人の好みの差が現れるのでしょう。その楽音から呼び起こされる感情や印象も人様々、味覚以上に曖昧模糊あいまいもことして、残念ながら、料理との相性ほど常套的・普遍的・決定的な充実した研究成果は見出す事が出来ません。成る程、報告によると、「優しい音色 × ふくよかな白(MLF)」に「鋭い音色 × 酸味の強い白」または「金管楽器 × 酸/塩味のある白」、加えて「交響曲 × フルボディ」や「ロック(ギター)× タンニンの強い赤」もしくは「ヘビーメタル × 大味な赤(シラー、カベルネ)」とか、更には「好きな音楽を聴くと甘味を感じ易くなる」、果ては「音が大き過ぎると甘味受容体が抑制されて 旨味 が強まる」なんてもの迄ありました。確かに人は緊張すると唾液分泌量が減り、味覚の感受性も下がる為、前者の言い分には合点がてんが行きます。と申しますか、くつろがずに甘いひと時は遣って来ないでしょう。一方、後者の説に関しましては、抑々そもそも私はやかましい環境でワインなぞ飲む気が起きません為、真偽の程は定かではありません。しかしながら、これらから容易に想像が付きますように、大雑把にまとめれば「甘く柔らかい音楽には甘く柔らかいワイン、力強く重い音楽には力強く重いワイン」という具合で、料理と同じく「同等」で合わせるのが定石でありましょう。

 こうして結局、互いの性質を分析して同調させるというのが、私が結論として辿り着いたペアリング法です。此処ではオーケストラの楽器を主体にワインとの相性を検討し、イメージし易いよう可能な限り人の性質になぞらえて列挙してみます。しかし毎度の事ながら、これは飽くまで提案です。むしろ今回のテーマは、私が音楽に関しては門外漢という事も御座いますが、まだまだ開拓する価値がある筈です。何故なら、一般ワイン愛好家が音楽や図形など言語以外を判断する右脳でワインを味わっているのに対し、ソムリエは文字などの情報を処理する左脳でワインを味わっている為、「ワインと音楽のペアリング」はソムリエの認識対象外ゆえの研究領域外に在る事象だからです。あの人当たりの良いCちゃんが0,1ゼロコンマイチ秒で「専門外だから」と言って冷たくさじを投げたのも、今思えば至極当然であった訳です。したがってこの表題の解明は私達一般ワイン愛好家が推し進めなければならない課題なのであります。是非皆様のご意見をお寄せ下さい。こちらからの一方的な情報だけでは、所詮推測の域を出ない信憑性に欠ける記事に過ぎませんので。

 ※参考記事:https://www.decanter.com/learn/how-to/can-music-make-wine-taste-better-281761/https://www.winespectator.com/articles/pairing-wine-and-music-with-harvey-steimanhttps://thenextweb.com/science/2018/08/20/vinters-are-using-music-to-make-better-wine/

〈弦楽器〉

・ヴァイオリン:華やかさ、表現力の広さ、特別な個性の無いニュートラルさ ⇒ シャルドネ、甲州

・ヴィオラ:広い音域、陰から支える深み・渋み の男性的鷹揚さ ⇒ カベルネ・ソーヴィニョン

・チェロ:甘くロマンティック、魅惑的、深み、包容力、揺らぎの無い人間性 ⇒ サンジョヴェーゼ

・コントラバス:底から支える、内省的、泰然自若、唯我独尊、不器用で不安定 ⇒ グルナッシュ

〈木管〉

・フルート:高音、透き通るような伸びやかさ、スピード感、つややかさ、上品 ⇒ リースリング

・クラリネット:広い音域、繊細で奥深い、安定、万能型、冷たさ、人当たりの良さ、アタックは柔らかい ⇒ ソーヴィニョン・ブラン

・オーボエ:繊細で情緒的、神経質 ⇒ カベルネ・フラン

・ファゴット:低音、重厚感から切ない高音まで可、フランス的大らかさ、とぼけた剽軽ひょうきんさ、愛すべき間抜け ⇒ ヴィオニエ

〈金管〉

・ホルン:柔らかさ、忍耐強い寡黙さ、華やかで力強い ⇒ メルロー

・トランペット:華やかさ、勇壮、単純明快、やる気満々 ⇒ ゲヴュルツトラミネール

・トロンボーン:力強さ、厳粛さ、大きく余裕のある貫禄、ストレスの無い解放感、紳士でなく農民的 ⇒ ピノ・グリ

・チューバ:低音、深み、迫力、内向的、求心的 ⇒ ネッビオーロ

〈その他〉

・ハープ:穏やかさ、夢見がちな深窓しんそうの令嬢、貴族的素直な幸福 ⇒ ピノ・ノワール

・ピアノ:ピッコロ(高)~チューバ(低)の音域の広さ、楽器の王 ⇒ ピノ・ノワール

〈上記の記事より〉

・オルガン × 赤(重)

・ハープ × 白(軽)

・ピアノ × リースリング(遅摘み・甘口)

・高音(ヴァイオリン、フルート、ソプラノ)× ソーヴィニョン・ブラン、シャブリ

・ヴィオラ、リード楽器(クラリネット、オーボエ、サクソフォーン)× 新世界シャルドネ、ボルドーブラン(樽)

・チェロ、テノール × ピノ・ノワール、グルナッシュ

・バス、バリトン × カベルネ・ソーヴィニョン、シラー、バローロ

・モーツァルト × ピュリニー・モンラッシェ(プルミエクリュ)

・ベートーヴェン × ピュリニー・モンラッシェ(グランクリュ)

〈研究誌『Flavor』より〉

・チャイコフスキー 弦楽四重奏曲第一番 × シャトー・マルゴー2004

・モーツァルト フルート四重奏曲第一番 ニ長調 × プイィ・フュメ

〈個人的に〉

・ モーツァルト ホルン協奏曲 × Pommery Louise 2004

・モーツァルト 交響曲第四十番ト短調KV.550 × Cirò DOC Rosso Classico Superiore(3~5年熟成)(Cantine Lavorata, Calabria, Italy)

・バッハ 無伴奏パルティータ第三番ホ長調ガヴォット・アン・ロンドー × Sauvignon Blanc(Marlborough, New Zealand)

・メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 × Chateau Mercian 甲州小樽仕込み2015 Barrel Fermented

・ベートーヴェン ピアノ協奏曲第五番ホ長調作品73「皇帝」× Bourgogne Blanc(シャルドネ+樽+ミネラル

 ※ 高城さんから有り難いご意見が届きました。「楽器というより、作品の中で品種が化けるのではないかとも感じます。ドボルジャークの新世界ではカベルネ・フランだったオーボエが、ベリオのセクエンツァⅦでソーヴィニヨン・ブランの印象になったり。モーツァルトのホルン協奏曲では華やかなシャンパーニュでも、ウェーバーのホルンと管弦楽のための小協奏曲だと少し牧歌風の白に。」成る程、今回私が試行してみた楽器を一々分析する見方ではなく、まとまった一つの曲として全体を見るという姿勢です。確かに私達は一つの楽器音だけを楽しむ訳ではありませんので、こちらのアプローチ法の方が現実的で実用的です。曲の数だけワインを挙げる大仕事に為りそうですが、皆様のご意見が、ワインの楽しみ方に新しい息吹を吹き込む筈です。ご意見が届き次第都度更新して参りますので、ご協力頂けたら幸いです。また高城様のご協力に改めて感謝申し上げます。(是非ご覧下さい⇒公式:http://www.76bpm.com/kana/index.html#pagetop、ブログ:https://ameblo.jp/knmusic/、フェイスブック:https://www.facebook.com/pg/Takagi-Kana-111095793934043/posts/?ref=page_internal

 いずれにしましても、盛り付けの美しさや諸々の環境(⇒味わいの分析図 の表)のみならず、カトラリーの重さや皿の形・色(※)でさえ同じ料理でも味の感じ方が変わる程、人間の味覚とは不確かなものです。であれば如何に最高の状態で美味しく頂けるか、ワインと同じ様に、命の犠牲から生まれる料理に対しても、五感を総動員し配慮して上げたいものであります。

 ※ サーモンピンクは甘味、白/青は塩味、黄/緑は酸味、暗褐色/紫は苦味を感じ易く為る傾向にあるのだそうです

〈ご意見欄〉

・ ドビュッシー 交響詩「海」× アルバリーニョ(リアス・バイシャス、スペイン)

(第一楽章は「八海山Sparkling発泡にごり酒」とも合いそう)

本日の箴言

 芸術とは形式的な性質を突き詰める事。葡萄酒においては 香りアロマ味わいパレット調和バランスを指し、それは音楽における律動リズム旋律メロディーそして和声ハーモニーに相当する。

記念日の一本

Opus One 2006 (Alc14,5%, Oakville, Napa Valley, California)

 1970年:ロバート・モンダヴィとフィリップ・ド・ロートシルト、ハワイでのカリフォルニアワイン展示会で出会う

 1978年:ジョイントベンチャー合意(モンダヴィが葡萄供給、大樽にはシャトー・ムートン・ロートシルトの在庫から。醸造は両ワイナリーの専門家が共同)。カベルネ主体の典型的ボルドースタイルだが、最高級の葡萄と米仏の最新科学技術の結晶が話題に。命名候補は「アライアンス」(同盟)、「デュオ」(デュエット、二重奏)、「ヤヌス」(頭の前後に顔を持つローマ神、物事の始めと終わりを司る事から1月Januaryの語源)とあったが、新旧の違いよりも共通性、独自性、革新性を強める意味で「オーパス・ワン」(作品番号1)に。ラベルも芸術家に依頼するムートン同様に凝り、「楽譜を載せて五線譜上にオーパスの名」の案はロバートが「インテリ臭い」と却下。ムートンの仔羊とカリフォルニア州旗の熊の組み合わせの案も出たが、結局背中合わせのシルエットが採用された(両者の横顔と署名の連なりだが、フィリップの頭がロバートより少し上だったので、ロバートの名がフィリップより少し上)

 1984年:アメリカにて1979と1980の2 ヴィンテージ、同時発売

 1988年:1985ヴィンテージから国際市場に

 フランス一流シャトーとアメリカ優良ワイナリーの対等協定はこれが初めてで、この事業は世界ワイン界の分岐点とも言われる。これによって新旧の高級品が同じ地位にあるか否かという論争が解決した

2010年秋の山梨旅行、ふらりと寄ったどこぞのワイナリーにて試飲。「一杯1500円?高っ!」と当時は思ったが、現在は呆れるほど高い…(このラベルを見る度、喉元を打つかの如き飲み応えのある果実味とアルコール度の強烈さ、そして甘い樽というスケールの大きな印象が鮮明に蘇る)

第十九瓶 五味と五感から知る! ワインと料理のペアリング法

 前稿にて、古代ローマ人がワインを食事と共に摂取し始めたという事は分かりました。しかし彼等は料理との組み合わせを考える迄には到りませんでした。「造物主は人間に生きるがために食べることを強いるかわり、それを勧めるのに食欲、それに報いるのに快楽を与える」とはまたしてもグルメの祖ブリア・サヴァラン大先生のお言葉ですが、「生きる為にどうせ食べねばならぬなら、より美味しく食べたい!」と思ったのはこの御仁ごじんだけではなかった筈です。という事で料理とワインの相性が問題になったのは19世紀のフランス。それ迄は貴族の食事は1コースに異なった料理が同時に出される為、この発想は生まれなかったのであります。確かにテーブルにぎっしりお皿を並べて豪華さを演出したい気持ちも分かりますが、グルメ志向の現代人としては「折角の作り立ての温かいお料理が冷めたり、冷たく頂きたい物が生温かくなったりして風味を損ねてしまうでしょ」と言いたくなります。其処でフランス生まれのロシア貴族お抱え料理人ユルバン・デュボア(1818‐1901)が思い付いた、寒冷地で料理が冷えないようにするアイデアから(これは当時のロシア宮廷では普通の方式で、1808年に駐仏大使のプリンス・クラ―キン公爵〈1752‐1818〉が宴で行ったという話も…)、現在の様な前菜からデザート(※1)まで一品ずつ提供される形式が始まったと伝えられています。フレンチレストランのスタッフが一気にどっと出さずに、一品一品ちょこまかするサービスにはちゃんと意味があった訳です。

 こうして料理が一つ一つ変わって行く事で、合わせるワインもそれに伴って変えて行くスタイルが出来上がりました。しかしその二つをどう合わせれば良いのか、それが大きな悩みの種であります。そしてそれが分からないから人はレストランに行って、プロの提案するマリアージュ(※2)を堪能する訳です。しかしワインが主役で料理よりも目立つなら、そのワインが飲める他の環境で良い訳で、態々わざわざ高いお金を払ってまでレストランに行く意味はありません。だからこそ客の要望を受けて任される店側は常に実力を測られるような責任を感じ、レストランでしか味わえないより良いサービスを提供する為に、そしてそのサービスに満足し(※3)再び来店して貰う為に、日々研鑽を積んでいるのであります。(「ソムリエは心理学、客の希望を読み取らなければならない」とも言われ、これは三年に一度のソムリエコンクールの課題でもあるそうです)

 ※1 現在では主にこの流れ:オードブル〈食欲増進〉→ポタージュ〈体を温める〉→ポワソン〈消化の良さ〉→ソルベ〈口中リセット〉→ヴィアンド〈主役〉→デセール〈胃腸の活性化〉

 ※2 mariage:英語の marriage「結婚」の意味だが、プロの口から聞く事はほとんどなくなり、pairing「ペアリング、組み合わせ」が主流。フランスでは harmonieアルモニ「ハーモニー、調和」や accordアコール「同意、協調」と言うのだそう

 ※3 Restaurant:語源はラテン語の Restaurāre「復元する→回復させる、元気づける」で、1765~66にパリで誕生した、肉とスープを代表料理として供給する場所。この「疲労回復の場所」に行ってかえって疲労する事の無いようにしましょう

 突然ですが此処で、特別講師をお招きしております。うちの気兼ね無い同居人である気さくなソムリエC氏に、友情出演という名目でこの先のご案内を引き継いで頂きます。彼は能天気なお調子者ゆえ、私は愛情を込めて『C調のCちゃん』と呼んでいるのですが、何とこのCちゃん、父はかつてメソポタミアで板としてくさび形文字を刻まれた粒径りゅうけい3,9マイクロメートル可塑かそ性のある粘土、母はのクレオパトラが美容の為に顔面に塗りたくった粒径2,0㎛の吸着性のある粘土、という事で、この世の偉大さと栄華を極めた両親から生まれ落ちた粘土なのであります。そんな生粋きっすい粘土ねばつちでありながら、焦熱しょうねつの陽光の下で日本がわらとして朽ちて行く運命を潔しとせずに抗い、その絶対者への大いなる反抗心と不撓不屈ふとうふくつの魂に巨神プロメテウスも天晴あっぱれとおぼし召したか、塑像そぞうへと形態変化したのみならず、努力と執念の末ソムリエの資格まで勝ち取った、私の想像を絶する粘土なのであります! 私も同じ土塊つちくれの身でありながら、彼の前ではか細い羽音を立てるだけの虫螻むしけらの様な存在として唯々恥じ入るばかりです。そのうえ片言ながら英語を話せる優れもの、最近はフランス語でご挨拶が出来るまでになったとか。のみならず、彼は純日本人である私よりも遙かに分かり易い日本語を駆使しますので、意思伝達の作業におきましては少しも問題御座いません。お待たせしました、ではCさん、宜しくお願い致します。

Bonjour, mesdames et messieurs.

「ただいま紹介がありましたCです。ここの管理者とは昔からの腐れ縁というやつで、十五年前からずっとそばで観察してきたけど、ちっとも変わらず彼の表現はいつも大げさ、そのくせその内実ときたら本当にお粗末なものばかり。『C調』なんていつの言葉か知れない時代錯誤の表現をするだけじゃなく、言葉って意思疎通のために生まれたってのに、辞書が必要になるような分かりにくい言葉をわざわざ選ぶアマノジャク。まったくその気が知れないね。明日こそ文語体で話しだすんじゃないかって、この十五年間いつもハラハラさせられてるよ。彼の言葉にいちいち反応してるとくたびれちゃうから、どうぞ気にせずテキトウにやり過ごしてね。

 さて、これからの話は一般的な傾向だよ。感覚には個人差があって、絶対ということはありえないからね。あと『合う/合っていない』っていう感じだけど、正確には、料理を飲み込んだ後にワインを飲み込んで、料理の風味が戻ってこなければ『合っていない(ワインが強すぎる)』ってされてるよ。まずは料理単体の味を楽しみ、十分に味わった咀嚼そしゃくの後半(飲み込む前後)でワインを口に含み、料理の風味が戻ってくれば相性が良いってことだね。よくスープ類にワインは合わせないって言うのは、両方液体だから咀嚼時間がないからなんだけど、じつは余韻に合わせようと思えばちゃんと合わせられるんだ。ってことで、余韻同士で合わせるのが本来のやり方で、口の中で『グチャグチャ』は上品とは言えないのさ。って言ってもこれは西洋の捉え方で、淡白な味のお米が主食の日本は古来から口内調味のスタイルだから、結局文化の違いでどちらが正しいなんて事はないんだけどね。『ワインの時は余韻で、日本酒の時は口中で』って分けて、文化的な味わい方をしてみるのも乙なやり方かな。そしてペアリングって料理とワインの凸凹でこぼこを合わせることなんだ。例えば日本酒は味のバランスの完成度が高く、味が球体で凸凹がないから、絶対合わないという組み合わせが少ない分『これこそは!』っていう相性も少ないんだ。それに比べてワインは凸凹だらけ。おんなじ品種でも産地・ヴィンテージ・造り手によるいろんな個性があり、『これこそは!』がある分『ダメだこりゃ』もあるんだね。まあ、それはそれで楽しいんだけどね。日本酒と料理のペアリングは、ワインのように全く新しい風味を生むことは少なく、同調が多いって言われてるよ。それに似て、高級ワインの弱点は、個性が強くそれのみで成り立つから、料理と合わせにくいことだね。本当に偉大なワインは完全すぎて球のように引っかかる所がないから、どんな料理を持ってきてもかみ合わないように思えるんだ。例えばシャトー・ペトリュスの強烈な個性には、吟味した料理でもなかなか太刀打ちできない。であればいっそ極上チーズとパンを添えるだけにして、ワイン鑑賞に没頭した方が至福を味わえるはずさ。ってことで、料理との相性を考えるなら『まだ少し若く固いかな?』くらいのほうが良く、引っかかりのあるほうが合うことが多いのさ。おんなじ様に日本酒も磨き度合いが低い、味により凸凹があるものの方が料理には合わせやすいんだ。

 じゃあ本題に入るよ。まずペアリングのポイントとしては、

[ 質感産地製法 ] ⇒ 同等

であること。例を挙げてみると──

・香:舞茸、椎茸のソテー × 茸の香りのある熟成赤(メルロー / ピノ・ノワール等)

・味:レモンなど柑橘系の酸が特徴の料理 × 酸味が豊かな白(ソーヴィニョン・ブラン / リースリング等)

・質感:クリーミーな料理 × とろみのある円やかな白(樽 / MLF)

・産地:冷涼地のワイン × 冷たい料理 / 温暖地のワイン × 温かい料理

・格:タヤリンの白トリュフ掛け × バルバレスコ / バローロ

・製法:パン(酵母+発酵)、チーズ(発酵+熟成)、ロースト(焦がし〈樽のローストレベルと〉)等

・色:赤身の魚 × 赤、白身の肉 × 白、中華(ピンク)× ロゼ

──という具合かな。個人的には〈産地〉の『その土地で採れた食物を食べ、その土地で収穫した葡萄から造ったワインを飲む』、このワインの原点でもある地産地消の精神を重んじたいね。だってこれこそ昔から賞味されてきた伝統的で歴史的な、クラシックなハーモニーだからね。またこれらの中でも基本的かつ万人受けする無難な合わせ方は〈色〉。逆に応用的で個人差があるのは香りや味における〈相反〉の合わせ方。例えば、ブルーチーズ × 貴腐、カレー × 甘口(ランブルスコなど)で、もし興味があればチャレンジしてみても良いね。〈製法+質感〉でおススメがコーヒーマシュマロ × ビールで、焙煎と焙燥の組み合わせ、それからタンパク質からくるしっかりしたビールの泡には、マシュマロが持つ赤ちゃんのスベスベもちもちほっぺたを思わせる食感が溶け合ってウットリ、いちど試す価値はあるよ。もう一つ、日本人で泡好きなら一度は耳にしたことがあるかな?「おからでシャムパン」。漱石門下にして酒豪の内田百閒ひゃっけんが『御馳走帖』で『おからの口ざはりもぱさぱさではないが、その後をシャムパンが追つ掛けて咽へ流れる具合は大変よろしい』と書いたのは、おからの多少のパサパサ感にシャンパーニュが泡のツブツブ感と一緒にしみわたってしっとり感が生まれ、素敵な相性をみせるってことを伝えたかったんだと思うよ。それに出し汁による旨味と長期の瓶内熟成(⇒瓶内二次発酵)による旨味で合わせてるだけじゃなく、彼はおからにレモンを絞ったんだけど、それもシャンパーニュの柑橘風味と同調させてるんだね。あと──

・小振り グラス:後半に甘味 → パテ系料理、チーズ

・大振りグラス:後半に 渋み・苦味 → 煮込み、脂の多い肉の炭焼き、グリル

──なんてところも押さえて、同じワインでグラスを変えながら食事を進めていくっていうのも面白いと思うよ。グラスの大きさによるワインの味の広がりや温度の変化と、料理の味の強さや温度感を揃えてみるって方法だね。温度といえば、これからは温暖化の影響で、赤より白の生産量の増加が予想されてるらしいよ。だって赤は暑いと重く感じてつらいし、料理との相性を考えた時は白のほうが合わせやすいからね。ちなみにワインよりもはるかに日本酒は温度と合わせることが可能だね。『霙酒みぞれざけ(0℃)、雪冷え(5℃)、花冷え(10℃)、涼冷え(15℃)、日向燗ひなたかん(30℃)、人肌燗(35℃)、ぬる燗(40℃)、上燗(45℃)、熱燗(50℃)、飛び切り燗(55℃)』、日本語の美しさが端的に表現されている素敵な言葉だね。ただ8℃以下は冷えすぎかも。手が冷えると麻痺しちゃうように、舌の感覚が損なわれるんだ。その反対で、温めたお酒を飲むと舌の味蕾が開いて味をより鋭敏に感じられるのさ。みんなは聞いたことあるかな、イギリス出身で初めての外国人杜氏ハーパー・フィリップさんのことを。京都の玉川木下酒造で働くこちらの杜氏さんは『温度で遊ぶことを覚えると(ワインは)イライラしてくる』って言ってたね、アハハ」

So far, so good?

「次は料理の味によるワインの味への影響だ。表を作ってみたよ」

「〈料理の風味〉を〈量〉にしたのは、個々人の唾液の分泌量にもよるけど、食べ物は個体だから、有味体が舌に触れる表面積が口に入れる量次第で変わって、それが風味の強弱に影響するから。いっぽう〈ワインの風味〉を量じゃなく〈感覚〉にしたのは、ワインは液体だから、口に入れる量の多少に関わらず有味体が満遍なく舌に触れるし、さらに、それぞれのワインの持つ酸度やアルコール度数などの絶対量は変わらないから。『既に溶けたもの、或いはやがて溶けるもの以外に、有味体はありえない』というムッシュ・サヴァランの言葉が、この説明に説得力を与えてくれると思うよ。それで、この表の意味をかいつまんで言うと、〈酸・苦・刺激・Alc〉は好ましくない風味を、〈ボディ・果実味・甘〉が好ましい風味を人の感覚に与えるということだね。塩味や酸味の量が多い料理ほど、ワインは柔らかい印象になり、よりワインを美味しく感じられるという訳さ。もちろん絶対じゃないけど、料理の風味が〈甘・旨〉だと赤ワインに、〈塩・酸〉だと白ワインに合いやすいよ。それは赤は酸味と苦味が強めで、白は酸味・甘味・苦味がそれぞれ適度にあるため、五味がそろう事で、要するに料理に足りない味をワインが補完して五味のバランスが取れるからなんだ。角度が等しい綺麗な正五角形を作るイメージで考えてみると分かりやすいかな。例えばこんな風にネ──

 

「味博士の研究所」https://aissy.co.jp

 ──ここでもう一度 [続・ワインの味わい方 -葡萄酒との対話-] の記事を見直しておくのも悪くないよ。美味しさって五味の調和でもあるから、一つの味が他の味より強すぎると美味しく感じないんだね。これは『言うは難し、するが易し』で、じっさい自分の舌で体験してみないと分からないかも。でもこの理解をより深めるためにワイン主観の相性でマイナスになる組み合わせの例を挙げておくね」

・イチゴ × シャンパーニュ → 酸(イチゴは美味しくなるが、その甘味でワインの酸味や苦味をきつく感じさせる)

・レモン × シャブリ → 苦(レモンの強い酸味と苦味が、ワインの酸味を弱め、苦味を助長させる)

・バタークッキー × 赤(MLF)→ 酸+苦(MLFの同調でバター風味は引き立つが、クッキーの甘味がワインの酸味と苦味を強調させる)

・カレー × 赤(フルボディ)→ 刺激 + Alc(カレーの強いスパイシーさが、ワインの果実味を薄め、Alc由来の熱さを刺激と共に高める)

「これで表の意味が伝わったかな? ついでに、もう随分廃れてきたとは思うけど『肉に赤、魚に白』っていう考え方、魚においては同じ原理からだね」

・肉=蛋白質=赤に最適→タンニンと反応して結び付き、ワインのインパクトを和らげる→甘味の発見、心地良い旨味

・魚=旨味=赤・白(樽/スキンコンタクト)に不適→旨味はワインの苦味、収斂性を強調させる。脂身の多い魚とは金属風味

Freshness comes first!

「今度は逆、ワインの味による料理の味への影響も知っておいてね」

「もし料理に〈爽やかなフレッシュ感〉が欲しければ酸味の高めな白ワインを、〈スパイシー感〉が欲しければタンニンの高めな赤ワインを選ぶと良いってことだね。後半の苦味が、味わいや余韻に焦点を与えて絞って行くのさ。またお酒のアルコールの強さには、食べ物に旨味や粘性の強さ、または油脂質の触感が必要ってことも押さえておきたいポイントかな。日本の人たちは15~16%と高めのアルコール度数が多い日本酒にスルメイカを合わせるよね。あれはアルコールによる甘味とトロミがイカの旨味と粘りに一致するからなんだ」

I want more!

「いよいよ山場、ワインと料理がどれほど合っているのかを、食事する時には常に意識してみよう。これはあくまで僕のやり方だけど、相性の分類を6段階にして、僕はいつも考えているんだ。こうやってしっかりと言葉にして区別することで、よりいっそう感覚への意識が強まり、鋭い味覚を養えるようになると思うよ」

「下に行くほど良い相性で、上の3つははっきり言って残念、下の3つが素敵な関係という感じかな。Bad Flavour の代表例は、青魚と白ワインからの金属風味。そしてその対極である Harmony。フランス語でワインは vinヴァン で男性名詞、食べ物は nourritureヌリテュール で女性名詞、正に『結婚マリアージュ』だなんて、なんともニクいセンス! お互いに引き立て合う、すなわち『1+1=3にも4にもなりうる』ってこと、それが結婚というものだよね! ちょっとロマンティックすぎるかな? ゴホリゴホリ、ええと、あと、あくまで『ワインが食事を引き立てる』ってことも忘れないでね、紳士諸君。それとこの表に付け加えておきたいのは、風味の一致は Harmony になりえないということだね。風味の平行はあくまで同質感で Balance 止まり。みかんゼリーとアスティの組み合わせが分かりやすいかな。人間関係でも同じで、また別の視点から物事を捉える相手がいなければ、人は向上していかない。あるていど意見を言い合う仲でないと、同じ意見ばかりでは進展がないよね」

I need an egg to enjoy Noble Rot wine!(⇒貴腐)

「最後に、調味料や薬味との相性もあるから、ぜひ参考にしてみてね。これらはほんの一例だけど、『ブリッジ食材』として料理とワインの橋渡しをしてくれるのさ。ただしもちろん適量で。『調味料が調味料の域を越えた料理は、ワインとの相性云々うんぬん以前に料理として既に失敗』だからね」

醤油、味噌、ソース、わさび、ニンニク、マスタード、唐辛子、クローヴ
塩、酢、ハーブ、生姜、レモン汁、フレンチドレッシング、大葉

・和:出し(旨味成分のアミノ酸):素材を引き立てるイメージ 薄口醤油(スパイス)→素材からワインを決める

・洋:ブイヨン(他成分も含む、多重構造のアミノ酸):ソースの味が全面に出るイメージ 濃口醬油(ウースターソース)→ソースからワインを決める

「はい、これで僕の出番はおしまい。アレ? あの人いなくなっちゃったよ。なんだろう、この置き手紙? なになに、『お腹すいたから帰る。あとヨロシク』ってヒドくない? たしかに食べ物の話ばかりしたかもだけど、このお題で相談を持ちかけてきたのは向こうだよ。それで途中で人に丸投げなんて、ホント人格を疑うよね。でコレは?『本日の箴言集&記念日の一本 心の友より』だって。ただのルームメイトが一体いつからソウルメイトになったんだ? 僕たちの仲はただの Share だよ。で、これを公開してって事? やれやれ、世話が焼ける人だなあ、まったく。さて、僕はもうお腹いっぱいだし、ここらで閉めさせて貰うとするかな。最後に一言だけ。『味わいは議論の外』っていう諺がスペインにもあるように、人の好みは千種万様、合うと言われているものや自分で合うと想像したものが、実際合わせてみたらそうでもなかったりするのは良くあることで、そして逆もまた同じ。そんな『合う/合わない』の発見の喜びを楽しみながら、日々の食事の時間を過ごしてみてはどうかな。じゃあこれで、大切な時間をありがとう。Au revoir (^_^)/~」

Yuck, I’ve had too much food & wine…

本日の箴言集

◎ワインの質が良い事がペアリングの基本

・ワインが味気無いと良い素材も引き立たない

・ワインにより多くの要素がなければ料理をより多く引き立てる事は出来ない(単調なワインは料理にも複雑さを与えない)

◎ワインの質

・熟成し全てがまとまって完成度の高いワインは、完成度の高い料理と、もしくは単体で楽しむべし(長期熟成を経て内に秘められた在らゆる香りが立ち上がり、全ての角が取れて滑らかな球体の味わい故。デカンタージュ もまた角を取る作業 → 緊張感を失わせる面もある)

・果実味の強いワインはきちんと造られた料理とは調和しにくくなる

・確かにワインは料理ありきだが、料理がなければ飲めないワインというのも考えものである

・ワインの中には単体では飲みづらく、料理と合わせて美味しくなるものもあるが、単体でも美味しい、料理とも美味しい、それに越した事はあるまい

・料理の質を上げてワインの質を下げる。料理とワインの質を合わせる事。それは新しい味覚の発見と倹約を生む(ワイン愛好家やソムリエはワイン主体で考えがち=高級ワイン ⇔ 料理人は料理主体で考えがち=並級ワイン)

◎ワインの特徴

・脂と泡は相殺そうさいのマリアージュ(例:大トロ×泡)

・シャルドネ(樽)は、特に魚において、脂身が無いと合わない

・アルコールが後半に掛けての風味の濃くと余韻を生むが故、料理の風味とは余韻を合わせる以上、ノンアルコールのペアリングは難しい

◎料理の特徴

・軽やかな料理に樽風味、凝縮した果実味、極度に抽出したタンニンは不要(重量感を合わせる事)

・ナッツとワインはナッツ好きの為の組み合わせ(ワインがナッツの風味に完全に支配される)

・寿司には醤油より麺つゆの方が素材風味が殺されず、繊細さが生まれて良い(もしくは醤油を、合わせる白ワインで1:1に割るとお互いが近付き合う)

・相性は、素材の旬によっても変わり得る

記念日の一本

Noble Hill, Cabernet Sauvignon 2009 (Simonsberg-Paarl, South Africa)

 縁にオレンジ色が現れ始めた発展しつつある濃いめのガーネット。高い香り立ちは層があり、ブラックベリーやカシス、黒胡椒、若干のピーマン香に加え、樽(ヴァニラ、クローヴ、杉、チョコレート、スモーク)と熟成による アロマ (煮詰めた赤プラム、なめし革、肉、土)が渾然一体となっている

 強めの酸、強いが良く熟したタンニンは上品に溶け込み、凝縮した果実味と14,5%の高いアルコールが充実したボディを生む。非常に豊かなフレーヴァが余韻に長く続く。果実味・渋み・アルコールが高いレベルでバランスを保ち、樽由来の風味が複雑さをもたらす。酸とタンニンの構造はしっかりとしていながら、喜ばしい噛めるような食感の十分な量の果実感が其処に柔らかさを加える

 品種個性を良く表現した、値段以上の見事な新世界ワインの一例。南アフリカの赤にとって2009年は素晴らしい ヴィンテージ 。十年の熟成を経たが、酸とタンニンと果実味の強さからまだ寿命は長い。角が取れて球体の味わいに為り、全ての要素がまとまり活気に溢れ、単体で満足出来る完成度。シンプルに山葵わさびを摘まみにしても良い(せない程度に)。時を掛け、慈しんで育てて来たお前は今私の前から旅立って行く、若さと知性と健やかさに満ちて!〈2019年5月〉

長年大切に育てて来たワインを飲む事は、一人立ちする子を見送る親の心情を味わわせる…純粋な生気に満ちたお前は、私の様に老いる勿れ!

第十八瓶 ワインと食事

 当ブログサイトにおける行き当たりばったりの計画はまるでサイト管理者の人生そのものを反映しているようですが、全稿は前稿の内容を受けて展開・発展させて参りました。この一繫がりこそ古人の遺風に従う彼が自負するところであり、同時にこの貫徹する精神は、昨日を越えて今日を耐え、明日へと繋げる人間の生き様そのものであります。

 有り難くも時間を掛けて一連の文章を残さずスカルペッタするように味読して下さった方々は、恐らく一般消費者以上の知識を得、ワインというものに大分通じて来られたものと信じます。しかしながら、俗に言う「ワイン通」なる面々が陥りがちな落とし穴を、皆々様も釣られて次々と落ち重ならないよう此処で埋めて置く必要があります。ワインばかりを考える余り合わせる料理を等閑なおざりにする、これがややもすると、大手を振って大股で闊歩する頭でっかちな不注意者がフワリと嵌まり込む大きな穴ぼこであります。

 さて、いつから人類はワインを食事と結び付けたのでありましょう? 抑々そもそもワインの生みの親はメソポタミア(参考⇒旨味のオレンジワイン)、育ての親はエジプトで、其処では王侯貴族の飲み物でした。そして成人にして完成させたのがギリシア、其処でワインは庶民の飲み物として市民権を得たのです。エジプトのワインが王を初め権力者達の黄金の飲み物であった(※1)とすれば、ギリシアでのワインは知恵と逸楽の酒でありました。古代ギリシア人はワインそのもの、即ち「酔い」を求めるのではなく「飲み方」を重視し、海水で割るなどの工夫をしその強さを和らげて、哲人らしく節制を守り自制心を保ったのです。未開で粗野な「酔い」に対し、この「飲み方」を考えるという行為は取りも直さず文化の豊かさを表し、如何に彼等が知的・経済的水準の高さを持ち、生活を向上させて行った、野蛮と対極にある民族であったかという事を如実に語ります。紀元前5世紀には都市国家アテネで今日のワイン法の原型が成立された事も、その事実を揺るぎ無いものにするでしょう(※2)。文明化した社会では葡萄を尊び、ワインを讃えるのは当然という訳です。そんな彼等が食事と無関係にシュムポシオン(※3)を開いていたのに対し、その後ローマ人がワインを食事と共に楽しむようになった、というのが歴史的な背景であります(※4)。確かに、19世紀フランスの小説家エミール・ゾラが『居酒屋』で「二杯目を飲むとジェルヴェーズをあれほど苦しめていたひもじさは消えた」と書いたように、ワインがパンと同じ食べ物と見做されていた時代もありました。そんなその日を生きる為に「食べるワイン」から、喜びを得る為に「楽しむワイン」への移り変わりも一つの文化現象。そしてもはや飲食は生命維持及び栄養摂取のみの行為ではないこの時代。共に食べ、共に飲み、共に生きる喜びを分かち合う事によって充実し完結する欧州的飲食行為は、働く為の糧として、飽くまで肉体的活力補給源として正座して黙々と「頂く」我々日本人にとっても尊重すべき姿勢であります。欧州人の様にゆっくりと食べるようしつけられる代わりに、可能な限り手早く食べ終えるようかされる私達日本人は特に、周りの人々にとって常に自分が美味しさの一部(参考⇒味わいの分析図 の表)と為る事を意識すべきであるし、一人であれば自分を持て成すという姿勢を持つべきなのです。そんな「人付き合いの仲立ち」をしてくれるワインの素晴らしさは私が此処で述べるに及ばず、皆々様の身を以てご理解頂くべきものです。前々稿、Y鮨の親方の信念「ワインには脇を固めて貰う」(⇒華麗なる賭け)を受けまして、次は「料理の引き立て役」としてのワインの素晴らしさについて、より知識を深めて参りたいと思います。

 ※1 昔は全て自然派(自然に近い「生物なまもの」)だったが、収穫量重視の手入れ不足ゆえ不味かった筈。保存手段も 樽 や革袋のみ(だからこそ新酒に大きな価値があった)。一部の王侯貴族のみが高品質ワインを飲めたという(現代の三千円レベルだとか)

 ※2 具体的には、法律でワインを保護し、印章を施す事で内容を示し、甘辛/特殊製法/ブレンドなどのカテゴリー別にした。当時既に異なる土地から質の異なるワインが生産される理由、及びその方法が理解されていた為、特定地域のワインを偽物から守り、また課税の為にワイン法が導入された

 ※3「共に飲む」の意。このシンポジウム(酒宴、饗宴)にてワインを水で割って給仕した者を「エノホイ」と言い、ソムリエの原型とも言われている(「ワインに水を入れない者は勘定を二倍払う」とたしなめられていました。プリニウスに拠ると当時は「葡萄酒の澱の固まりで体や衣類を洗う」ほど澱〈⇒澱(フランス語 Lie リー)〉が出たという事で、かなりワインの風味が強かったのだろうと想像されます。また水以外にもハーブ、スパイス、花、蜂蜜、油もワインに加えられ、酸化やオフ・フレーヴァー〈⇒ワインの欠陥と非欠陥〉をマスキングした。要はそれだけ味が悪かったという事。その添加物の代表が現在でもレッツィーナに使われ続けている松脂である)。宴会の際は、習慣として床に香ばしい花(特にサフラン)を撒き、宴会用に作った小川には芳香エッセンスを流し、薔薇水の噴水を噴き上がらせて客を歓待。人々は(頭痛や酒酔いを抑えるべく)頭を薔薇の花輪で飾り、食堂には香料箱を置き、葡萄酒にはギリシア人の好きな菫と薔薇で香りが付けられ、参会客には高価な香料を配り花の香を撒き散らすので、宴会場には芳香が充ち満ちていた。因みにクリティアスは紀元前5世紀のスパルタの青年達についてこの様に言った。「ギリシアの若者たちは、精神を楽しい希望に誘い、言葉を穏やかな歓びと節度に満ちた笑いに導くために必要な分量しか飲まない」

(書き切れない分はコチラで。適切な解説がされております⇒https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%AB

quatr.us
中にはの葡萄酒を暴飲したのか、嘔吐するやからも。古代ギリシアでは酒は食後に嗜まれたというが、それは胃に負担が掛かる事を身を以て体験していたからであろう

 ※4 初期のローマではワインは三十歳に為らなければ飲めず、また婦人が飲むのは厳禁とされた。大カトーは「もし妻がワインを飲んでいるのを見付けたら殺すがよい」とさえ言っている。女性は宗教的儀式への参加を許されていなかったのだからそれは必然の結果で、家長は同居する婦人がワインの匂いをさせていないか確かめる為に接吻する権利さえ認められていた。しかし186年コンモドゥス皇帝により一般女性もワインの飲酒が許可されたが、これはワインをキリストの血とする宗教のお陰である

viaverdimiami.com
食事と共に、ローマではより洗練された形に。因みに「色・香・味」ですが、古代ローマでは既に[C.O.S(Color/Odor/Sapor)]の順で唎いていたそうです。また「ハウストレス」なるソムリエ的役割が存在し、白/赤・甘/辛・軽/重などのカテゴリー分類もあったのだとか

本日の箴言

 人々は、食生活の改善の面からも、「食」の安全の確保の面からも、自ら「食」のあり方を学ぶことが求められている。また、豊かな緑と水に恵まれた自然の下で先人からはぐくまれてきた、地域の多様性と豊かな味覚や文化の香りあふれる日本の「食」が失われる危機にある・・・自然の恩恵や「食」に関わる人々の様々な活動への感謝の念や理解を深め・・・この法律を制定する。

食育基本法

休日の一本

Chablis 2016(Domaine Besson)

 ミディアムレモンの外観、鮮やかな強めの香り立ちは幾分複雑さも備わる(最低12ヶ月のステンレスタンク内 シュール・リー):檸檬や白桃が若々しさを、アカシアが華やかさを、白胡椒や火打石が爽やかさを、澱接触によるトーストの アロマ が深みを添える

 ドライで強い酸味、ボディはミディアム(-)だが強めの風味と ミネラル 感を伴う長めのフィニッシュ。シュール・リーによる厚み、そして果実味と12,5%の中程度のアルコール度のバランスも良く、プルミエ・クリュに迫る品質。酸の高さと果実味の凝縮感からまだ数年の熟成に耐え得る

 小から中振り グラス 、澱による風味を生かす為にも冷やし過ぎず10~12℃で。鮭の塩焼きやメロカマの西京焼き(魚の塩味がワインの強い酸味を和らげ、同時に魚の風味が引き立つ)等に合う〈2019年5月〉