第三十二瓶 清酒の味わい方(味わい)

 前稿の箴言を私流に解釈しますと、「清酒における極めて狭い品質差を広く認識する事にこそ限り無い楽しみが存在する」という具合です。この表現は非常に紳士的に、好意的に現在の清酒の質の在りようを見たものですが、より具体的に言い換えますと「酒米は山田錦一辺倒、速醸酛 の規格化、そして酵母の一様化も合わせ、清酒の差には限りが在る」、ざっくばらんに言うと「どれもこれも没個性」という事です。しかしそんな有りていな言いようでは身も蓋もありませんし、ひょっとしたら私が悪意に満ちた非紳士的な人間と誤解する読者諸賢がおられるかも分かりませんから、もう一度前向きな姿勢で先の箴言を味わってみましょう。「極めて狭い品質差を広く認識する」、この様に清酒の風味を捉える能力はどのようにすれば得られるのでしょう。その為には、一通りでない飲酒量と訓練時間が要求されます。詰まり 並行複式発酵 による高アルコールにもへこたれない丈夫な肝機能と一口ひとくち一口を等閑なおざりにしない認識への意志であります。ついでに、資源ゴミ回収の朝に数々の酒瓶を抱え持つ腕力と、冷ややかにそそがれるご近所さんの視線を無視する図太い精神力も有ればもう言う事無しです。一方、「極めて狭い」ながらも「差」がある事に注目すると、それを生んでいる要素は一体何か、という疑問が湧いて来ます。その答えは恐らく という事に為りましょう。しかし水の個性は硬度の違い程度で、無味無臭の水の差がどれほど一般消費者に分かるでしょうか? 残念ながら、清酒が文化の多様性を失っている事は否めません。「酒瓶は依然様々に異なるラベルを付けてはいるが、中の酒の組成は次第に似て来つつある」とはアンドレ・モーロワの至言ですが、皆一律に淡麗辛口指向へと向かい、どれもこれも外観が同じなら香りも同じ、そして味わいも同じという状況に陥ったからこそ、色の付いた物、香り高い物、そして味の濃い物に価値が認められるように為っている訳です。そしてそういった反動的な流れを起こすのは、いつの時代も奥深さを追う一部の熱狂者マニア達です。現代の清酒が研ぎ澄まされて高い完成度に仕上げられた反面、風味の多様性を喪失してしまった事に満足出来ない好事家こうずか達に一縷いちるの望みが懸けられるでしょう。彼等は「ワインの風味より清酒の方が更に微妙で繊細な魅力がある」と知り、それらが水質や米質、米の磨き具合、更には糀(※1)や酒母(酛)、そして醪の操作の違いから来る事も知っています。清酒の泰斗たいと坂口謹一郎先生曰く、「酒を造るものは酒造家であるが、これを育てるものは国民大衆でなければならない。国民一般が多年の統制の結果、高貴な鑑賞能力を失い、真の酒の良さというものを理解できなくなり、また酒造家の方も自信を失ってしまったら、日本の酒は亡びるよりほかはない。」消費者の味覚と知識が研ぎ澄まされ、消費者が本物を分かり本物を求めるように為った現在、ブランドやボトルの形といった外身の差異に加え、中身の差別化を推し進めなければ情報化の波に乗る事は出来ないでしょう。実際、飲み手の意識の変化が造り手の意識を変え始め、鑑評会で金賞を取るような専門家向きの酒ではなく、飲み手が求めている酒を目指す造り手も増えています。清酒が途轍もなく狭い範囲内での違いで差別化されている現状、清酒の多様性、独自性を復活させる事が肝要で、2017年時点で1594場ある酒蔵(※2)の内、それに気付いた幾許いくばくかが行動を起こし、また幾許かがその後に続いているのです。そしてその行動に望まれるものとは何であろうか? ──それは、多様な酒米の復活とその育成であります。(延いては産地も含む)

 ※1 コウジカビの学名は Aspergillusアスペルギルス oryzaeオリゼー「米のアスペルギルス(麴菌の属:先端の胞子が付く部分『項のう』の形がキリスト教祭司が用いる聖水を振り掛ける『灌水器かんすいき』に似ている事から命名)」。特定名称酒の種類により振り掛ける糀の量は異なり、例えば大吟醸造りだと少なく、純米造りだと多めにするという(純米酒は余り米を磨かないので、心白の周辺部も残り糀が中々内部に入り込めない為。なお糀歩合は特定名称酒では15%以上〈通常20~23%〉とされているが、その破精はぜ込み具合や破精廻り、もしくは老若程度等によって糖化力に大きな差がある為、単に使用量のみで良否を決する事は出来ない)。又、酒母糀用、醪用の他にも吟醸酒用や純米大吟醸酒用、アルコールが出易い普通酒用、そして甘味の元に為るグルコアミラーゼの出るタイプなど様々に開発が進み、種糀は現在百種類弱も在るという(したがって糀の種類表記は単純ではなく、更に多くの場合単品ではなく複数種を混合して造られる上、掛ける時間や加えるタイミングも大きく影響する為、「一麹二酛三仕込み」と言うように糀は風味に最も大きく関わるものの、其処から推測するのは難しい。速醸酛 の発明者江田鎌治郎氏は糀の老若についても述べておられ、例えば「辛口酒には比較的稍々ややひね麴を使用し、醇良酒にはわか麴を使用すきとは当然にして、或程度迄麴を若くせざれば到底風味ある酒を造り得られざるなり」と仰っておられる。詰まり、若い方がちからが有り香気が若々しく良いけれども糖化力が弱いため味は淡白と為る〈白砂糖の様なあっさりした甘味〉。余りなすと糖化力は十分でも肝腎な香気が劣り、酒の色沢と味が濃厚にして下品に為る恐れがある〈赤砂糖の様な諄い甘味〉。よって適当な時期に出麴するよう注意すべし、との事)。コウジ菌を蒸米に繁殖させたのを種麴もやしと言い、これを製造する業者を「もやし屋」と言うが、現在は全国で十社余り。その中でも醸造用の種菌を作っているのは三社のみで、その僅かな会社で全日本が必要とする分を賄っていると言う。又これは世界史的に見ると奇跡の商売らしく、微生物の種を売るのは今も日本だけ。昔は杉の若葉を陰干しして置くと黴が付くので、これを種にして糀を作ったという。現在は蒸米に木灰を振り掛けて置き、そのアルカリ性の環境下では糀黴以外の菌は死滅、糀黴だけが木灰が有するカリウムにより生育する特徴を利用し、胞子だけを取り乾燥させて種糀もやし商品を完成させているという。因みに、米で作る「こうじ」は和字の「糀」と書くべきであり、麦で作る「麹」という漢字を当てるべきではない(確かに「麹」は古代の酒造技術として大陸から伝わった物の一つだが、大陸性の中国や朝鮮半島とは異なる海洋性で湿度が高い日本列島の気象条件テロワールが、新たな「糀」を生んだのである)

 ※2 この中には酒造免許は所有しているものの、実際には運営していない蔵が300程在るという

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『童蒙酒造記』(巻一)には、麴蓋に盛った夜、灯で透かして見ると所々に「花」(胞子)が見えるようになり、これを「麴の足」と言ったという内容が記されている。『和漢三才図会』には、盛り後二日一夜で麴菌が殖えて白衣を生ずるとあり、これを「白花麴」とも呼んだ。蒸米に米の花を咲かせた「糀」は「國菌」として2006年日本醸造学会大会にて認定された。即ちそれは、糀菌が日本人の物の見方や考え方、そして日本社会に大きな影響を与えて来た微生物として公式に認められたという事である(因みに、國花は菊と桜、國鳥は雉、國魚は鮎、國蝶はオオムラサキ)

 酒造米として栽培が奨励される品種は各都道府県によって決められ、毎年農林水産大臣により「産地品種銘柄」として公示され、東京都と沖縄県を除く45の道府県で認定されています(⇒https://www.maff.go.jp/j/seisan/syoryu/kensa/sentaku/attach/pdf/index-34.pdfのP7~9)。この一覧表をご覧に為った方々の中には、醸造用玄米の品種の多さに驚かれた方もおられるかも分かりませんが、年々その数は増加しているようです。とは言え、勿論ワイン用葡萄品種に比べたらまだまだ物の数ではありません(OIVによると、ヴィティス・ヴィニフェラ≒6000種 > 国際品種=33種 > 主要品種=13種)。それでもその数は本稿で一々紹介するには余りに膨大な上、その大多数が一般消費者の手に渡る機会も中々無い物でしょうから、此処では我々が見付け易い、ワインで喩えるなら「土着品種」ではなく、言わば「国内品種」である生産量上位四種についてご紹介差し上げる事と致します。

J.S.A.SAKE DIPLOMA 二次試験も、これら基本四品種を押さえてから臨む事に為ります。なおワインとは違い香りから原料米の違いを探るのは難しく、それよりは酵母の種類を言い当てる方が容易かも知れない

 左から、新潟県産米生産数量五百万石(一石≒150㎏)の突破記念で1957年に命名された「五百万石」。雪を頂く北アルプスの山の様に美しく白い心白を持つ事から名付けられた「美山錦」。生産量1位、兵庫県が58%を占め且つ最高品質(※3)の「山田錦」(「~錦」とは心白部を見立てた呼び名)。そして酒造好適米が出来た昭和24年では最高級の酒米として各地の酒造家の羨望の的だった「雄町」。雄町は山田錦にその座を奪われたものの、今なお熱烈な愛好家は多く彼等は「オマチスト」と呼ばれ、岡山県のJA全国農民組合、酒造好適米協議会、酒造組合の三者により「雄町サミット」も開催されています。しかしこれらは主に高級酒に使用される酒米で、幾ら清酒がワインに比べて遙かに良心的な価格を維持していても、毎日毎日飲める代物でもありますまい。酒造ではワインの様に味の特性を補足し合ったり、相乗効果を求めて異なる品種の米から造られた酒を アサンブラージュ する事は少ないのですが、しかし手頃な価格で提供するには全量をこれらの高価な酒米だけでは造れません。したがって原料米をブレンドするという事は多くあり、例えば酒質を左右する最も重要な糀や酛造りには酒米を使い、後から蒸して加えられ全体の八割を必要とする醪を仕込む掛け米には安価な飯米が使われたりします。

 ※3 山田錦の故郷である兵庫県には「村米制度」が明治20(1887)年代には生まれていたとされ、そしてそれは現在に伝わり、特定酒造家と特定集落とが直接契約栽培している。その成立の背景には、倒伏し易く収量も多くない酒米の栽培は採算が合わず、農家が酒米を栽培しようとしない為、その対応策として特定地域契約を結び、農家が良質な酒米を安定して生産する代わりに、酒蔵は通常米より高い価格で毎年一定量を買い上げるという仕組みがあった。歴史的に見ると、取り引きに当たって農家は酒造家が求める酒米を生産するべく品質向上に努め、そしてそれが別の集落との競争を生み拡大して行き、土壌や地形などから栽培適地が見極められ、取引価格に差を設ける為の集落ごとの格付けが行われて来た。酒造好適米の栽培は、内陸の低山や丘陵地帯の山間または盆地の風通しの良い所が適地とされるが、それは昼夜の気温差が大きい事で米の成長と心白の発現が良くなるからである。そして特A地区の多くはこの条件を備えており、且つ降水量が少なく、2-1型スメクタイトと呼ばれる黒粘土土壌を有している(風味に立体感や厚みが出る。なおシャトー・ペトリュスの土壌もスメクタイト)。更にその中でも、植物化石由来の窒素、リン酸、カリなどを豊富に含む神戸層群の地層を持つ地域からより良い米が生産されている(同じ山田錦でも、或る県の物は兵庫の物より雑味に繋がるアミノ酸を三倍程も含んでいるといった違いもある。又、北で生産される山田錦は南の物より軽い)。この制度はシャンパーニュ地区畑格付け「エシェル・デ・クリュ」に相当し(但しこれは村米制度より30年程後の1919年成立)、特A-a地区は言わばグラン・クリュである(中でも吉川町と東条町は別格とされ、前者の山田錦は野性的男児、後者のそれは優雅な別嬪べっぴんさんに喩えられるとかで、シャンパーニュにおける剛直なブジーと華麗なクラマンといったところであろうか)。特A米の価格は普通の酒米の三倍で、稀少な米を譲るからには信頼ある蔵に卸される。詰まり「特A地区産山田錦」とラベル表記された酒は、確かな米質と確かな醸造蔵から造られた、中身に疑う余地が無い酒という事である

 ところで、矢張り清酒の味わいを捉える上で、アルコール度数は勿論の事、酒母の違い(速醸酛〈より淡麗〉< 生酛〈濃厚だがすっきりとした酸あり〉< 山廃酛〈濃醇で確りとした酸があり骨太〉)、そして何よりも日本酒度(※4)、酸度(※5)、アミノ酸度(※6)を無視する訳には参りません。しかし、美味しさというものは数値化出来ないのは言う迄も無く、それらの数値データを単体で見ても意味は無く、寧ろそれで味わいを判断するのはプロでも難しい事で、其々の包括的な座標軸で考えなければ味わいの全体像が見えて来ないのです。イメージとしては [①先ずはアルコール度数を見て量感を見る ②アルコール度数が同じなら日本酒度から残糖分が比較出来る ③アミノ酸度により量感の広がりが分かる ④酸度により余韻の長さや味わいの引き締まりが分かる] というように、最初に横の膨らみを見て、それから縦長の延びを見る流れであります。って言っただけで「うんうん」と理解出来る方はこの泡沫サイトに遣って来る訳も無い練達の士だけでしょう。今回は、特にラベルやWEB上から情報収集し易い日本酒度と酸度に注目して、味わい像を具現化してみました。(「非公開」という表記は、勿論企業秘密という場合もあるだろうが、年毎の造りが異なり統一出来ないから、という意図もある)

清酒には元々 渋み や辛みといった刺激的な要素が少なく、甘味や旨味などの快適な味が主体なので、酸味の量の僅かな違いでも大きな影響が出る(よって酸度の軸の幅が狭い)。低アルコール清酒では、一般的にはボディの軽さを補う為に甘味や酸味を強くしたり、発泡感を持たせたりしてバランスを調整している。又「旨口」というのは甘味が多い事が多い。それは砂糖が希少品だった時代「甘いは旨い」とされた為であろう。江戸期には甘味料として味醂が非常に大きな役割を果たしていたとも言われている。しかしこれ全て旨みより軽みの昨今、都会人を中心とした急速な体力と気力の低下。「甘くないスイーツ」という矛盾した代物しか喰えない人々の減衰した生命力…一千年前はどれほど高貴な身分の人々でも甘味に満ちた飲食物を口にする事は出来なかった。そんな中で酒は高いアルコール度数も手伝う甘さあっての物であった。江戸期の再現酒も販売されている現在、たとえそれが甘過ぎて現代人の口に合わなかろうと、文化を味わう者であれば唾棄する事など在り得ない

 さて此処で今一度中学生に立ち戻って、数学の関数のお時間を思い出しましょう。既に皆様は時代的センスのズレた学校教師という存在を乗り越えた人々ですので、まるで軍隊の訓練の様に苦渋と辛酸を舐めた授業も甘い思い出として甦って来るのではないでしょうか? 彼等が実は私達が逢う在らゆる大人の中で一等手強てごわくない大人であった事を思い出しながら、教師のはしくれであるそれがしからも知識だけを十分に吸い取って頂ければと思います。──閑話休題、座標の点を(日本酒度,酸度)と表すと、例えば日本酒度−1で酸度1.4の清酒は(−1,1.4)と為り、中学一年生の頃の様に一マス一マス座標を追って行った結果、この酒は実にバランスが良い味わいの物であるという事が推測されます。そう、飽く迄「推測」で「断言」は出来兼ねます。度々申し上げて参りましたように人の味覚には個人差がありますし、実際はこの二次元の表にアミノ酸度が加わって来るからです(当方の力量では三次元の具現化はムリでした(;´д`)。無論アルコール度もお忘れなきよう、後は皆様の想像力に委ねます)。何より酒は生き物ですから、搾ってからも変わって行き、無論保存環境によっては大きく変わって行きます(※7)。だからこそワイン程ではないにしろ、同じ銘柄でも毎年微妙に違う出来上がりの味(※8)を楽しむ事が出来ますし、秋上がりなら春との味の違いを楽しむという乙な飲み方があるのです。結局私達は日本酒度や酸度といったデータだけで酒を飲む訳ではありません。係数だけで割り切れるほど酒は単純ではありません。飽くまで官能、即ち「ベロ勘」優先で判断しなければならないのです。所詮科学的裏付けは結果に過ぎません。しかしそれでも冒険するのは避け、個人的に決まった嗜好を優先したいという方は是非上の表を活用して頂ければと思います。私個人の例を挙げると、どうやらこの舌はバランスの良いタイプをより美味しく感じる傾向にありますので、緑色の枠に嵌まる座標の酒を選ぶ事に為りましょう。

 ※4 当初の呼び名は「清酒メートル」。これは「酒中のエキス分の量がアルコール量と比べて如何程か」という4℃の純水における濃度の比重値で、厳密には甘辛を示す数値ではない。しかしエキス分は糖分が主体の為(他にアミノ酸やカルシウム)、結果「濃い / 淡い」即ち「甘い / 辛い」に繋がる(※9)。糖分が同じであっても 原酒 の様にアルコール度数が高く為ると比重が軽く為る為(アルコールは水より軽いので糖分が無ければ水に浮く)、数値的には辛口であっても、アルコールによる甘味度合いが上がる為、官能的にはより甘く感じる(逆に低アルコール酒の場合は数値的に甘口に為るが、官能的にはより辛口にも感じる)。無論酸の量が多いと甘味を相殺してより辛口に感じ(例えば林檎のフジと紅玉とではフジの方が甘く感じられるのは、同じ糖分でも紅玉の方が酸味が強い為)、苦味においても同様である。香りに甘やかな果実や花の印象が強くても甘口に感じられる(ワインだとゲヴュルツトラミネールやヴィオニエのイメージ)。一方、この日本酒度とは単なる比重ゆえ、アルコールを多く添加した酒は日本酒度が大きくプラスに為る。よって辛口の酒は良い酒であるという思い込みは厳に避けた方が宜しい。加えて甘辛度は合わせる料理によっても変わり、個人差もある。又、清酒が含有する糖の中でグルコースが全体の70~80%を占め、糖類による甘味の主体はグルコースであるが、残りの20~30%のオリゴ糖は甘味と共に濃く味にも関係すると考えられている

 ※5 一般に酸度が1.0以下だと淡麗で軽快、1.5以上だと濃醇でストラクチャーがしっかりして余韻の切れも良い印象に為る(一般的には2.2~2.3が限界とされる。因みに酸度8で大体白ワインの酸と同じ)。清酒には多い順からコハク酸、リンゴ酸、乳酸、クエン酸などの有機酸(⇒味わいの分析図)が有り、この四種が全体の八割以上を占める。しかしその量は白ワインの1/7~1/10程度で、ワインに比べ清酒の方が総酸度が低いだけでなく、コハク酸や乳酸およびアミノ酸といった円やかな酸が多い為、また酒造過程で醪中に酵母が食べ切れていない糖や糖に分解されていないデキストリン(言わば水飴)が5~6%残る為、どうしても甘い印象が残る(と言うか米は抑々甘い)。(中でも純米、生酛、山廃〈特に石川県〉は酸味が多い傾向にあるが、それは旨味が多く酸を効かせないとり張りの無いでっぷりとした酒に為ってしまう為。また地方で見ると関西は酸味が多めで、関東は少なめ〈東日本はより低温地の為、西より酵母の活動が弱めの為〉。酵母では7号と11号が多く、10号や14号は少ない。又、有機酸の約73%が醪で生成されるという〈酒母からは17%〉)

 ※6 アミノ酸と言うと全てが 旨味 成分と思いがちだが、実際は甘味や酸味、苦味も感じる。例えばグルタミン酸は酸味を、アラニン、アルギニン、グリシン、プロリンには甘味を、ロイシン、バリン、そして先述したアルギニンとプロリンには苦味を感じる。アミノ酸度は1.2を越えると甘味、旨味、ボディーのある酒質に為り、吟醸酒では1.0~1.3程度、純米酒では1.5前後が多く、低精米酒や熟成古酒では2.0を越える物もあり、数値が高いほど清酒の味にふくよかさ、濃厚さ、広がり、濃くを与える。一方で、低精米の純米酒は味が有り過ぎる、旨過ぎる、どうしてももったりした感じの酒になりがちで飲み飽きるという声も(アミノ酸は勿論、旨味のある有機酸も料理では美味しさに繋がるが、清酒ではどよーんとした印象になる為、コハク酸とグルタミン酸は数値を抑えた方が良いとされている)。雑味だらけの酒質に為る事を、技術者の間では「酒に為らずザケに為る」と言うが、アミノ酸こそ清酒の強みであり、他の酒類にない特徴すなわち個性でもある為、醸造技術が進歩する中でも敢えて低精米を選ぶ造り手も増えている(2004年1月1日より純米酒の精米歩合70%以下という規定は撤廃され自由化された)。曾ての 吟醸 ブームの時の様に飲み易さばかりを追求すれば、即ち無味無臭に為れば為るほど飲み易い事に為り、清酒の魅力を捨ててしまう事に為る。蛇足だが、精米歩合50%以下において5%刻みの違いによる酒質の差異は微々たるもので、60%から55%、そして50%に至る段階ほどには歴然とした違いは生じない。そして技術の無い杜氏による40%の酒は原料処理が難しく為る分、名人杜氏の60%の酒よりも却って劣るという

 ※7 清酒の劣化三大要因は光、熱、酸素で、特に紫外線に弱い(日光は無論、照明も駄目なので、黒や茶色の遮光性瓶で対策している。白色瓶に入れて直射日光に三時間程晒すと3~5倍に増色する)。故にフロストボトルは、霧の様に表面加工した磨り硝子により光の乱反射を増やし、最も光に弱い為、日光臭と言う焦げたような匂いが付き易い。アミノ酸は光と温度に影響を受け易いが(→メイラード反応)、ワインの様に酸化による変化はあまり大きくない為、開栓しても冷蔵すれば少ない変化で済む。理想的には、0℃付近が適温(鑑評会出品酒などを蔵が保管する場合、0~2℃位が多い。尚、アルコール度数にもよるが、清酒は−7~−10℃でなければ凍らない。が、冷凍庫で保管するとバランスを崩す)。「日本酒は要冷蔵、開栓後は直ぐ飲み切るべし」という今の常識は、以前の吟醸酒全盛期に定着したもので、伝統的な生酛を始め、しっかりとした造り(→並行複式発酵)の純米酒は空気接触により秘めた素質が徐々に現れる。そういった酒は常温保管すると熟れて深みが出る。田崎真也氏(⇒お役立ちワイン映像集)は「市販酒の吟醸タイプを冷蔵庫、本醸造、純米タイプをワインセラーと分けて熟成させています」との事。蔵元では、純米酒(確りした造りで精米歩合が60%程)は18℃前後、純米吟醸酒(精米歩合が50%以下)は8℃前後(5℃以下では熟成が遅れ、何時迄も出荷出来ない)、 酒は−5℃以下で管理しているとの事。何にせよ、温度が高いと瓶内対流が起こり品質変化が促される為、アミノ酸が変化し、吟醸酒では吟醸香が減少する。特に生酒や吟醸酒など酒質の軽快なタイプは酒質の変化が早いため細心の注意が必要

 ※8 例えば2007年は夏の記録的な猛暑により高温障害を起こした米が多かった。即ち、未熟な米粒が増え、発酵段階で良く溶けず醪での溶け残りが多く為り、酒粕が多くて得られる酒量が少なく、軽い酒質の味の乗らない、辛くて薄い酒になりがちで、全国の蔵元が苦労したと言われている。しかし喜久酔では通常7分の吸水時間を常識外れの11分で敢行し、静岡県の新酒鑑評会で初めて首席を獲得し、他蔵の腕利き杜氏からその味の出し方を尋ねられたという伝説もある

 ※9 一般的な清酒には2.5~4.5%の糖分が含まれ、ワインで言えば中甘口セック甘口ドゥミ・セックの様な状態で、ワインと違い残糖感が無いという事は殆ど無い。それは、醪中で糀菌の糖化酵素が米澱粉を分解するとグルコースとオリゴ糖が生成されるのだが、グルコースは酵母によりアルコールに分解されるが、オリゴ糖は分解出来ないため必然的に酒に残留するからである

本日の箴言

 いい酒には主張がある

『酒道』第10号 題辞

休日の一本

始禄、純米吟醸(備前岡山雄町、精米歩合55%)(中島酒造、岐阜県)

 濃いイエロー/ゴールド。ふくよかな香り立ちは メイラード反応 による熟成香が漂う(一定期間熟成後出荷した物であろう):蒸米、味醂、ドライバナナ、百合、石灰、ほんのりカラメル、蜂蜜、シナモン

 中甘口、ふくらかで円やかな第一印象は全く健全で、中盤からアルコール感に支えられた(15.5%だが)強烈な 押し味 が口内を打ち、ドライな 渋み 、旨味 のある苦味が力強い膨らみと共に長い余韻に引き続く

 堂々たる体躯の雄々しさと重みは矢張りムルソーに喩えるべきもの。香りの魅力には乏しいが、味乗りしていて実に良い食中酒である

・30℃:甘、酸、苦、旨、渋が全て上品に纏まり、全く障りの無い極めて滑らかなテクスチャーに思わずうっとりとする

・40℃:若干苦味が頭をもたげて来るが、依然として滑らか

・45℃:苦味がグッと味わいに深みを加え、飲み応えを生む

 燗冷ましでも味が全くブレない。二日目はやや饐えたのか味わいの力強さに衰えが見られたが、なお美味し

岐阜県:南の美濃地方は隣の愛知県と共通する濃醇甘口で、山国ならではの濃醇な保存食に寄り添う。北の飛騨地方は濃厚な辛口。合わせるべき郷土料理はコチラ⇒http://kyoudo-ryouri.com/area/gifu.html