匂い

匂いとは炭素、水素、酸素、窒素、硫黄といった原子が繋がった分子で、分子量約300位迄の小さな物質をいう。これ以上大きいと重い為、気体として飛んで鼻に入って来ない。匂い物質は植物に由来するもの、動物に由来するものなど多数存在し、単体ではなく混合して漂っている。コーヒーは約580種類、ワインは約500種、そして清酒は約200種類の匂い物質を持つという。人の鼻が グラス の中の香りを感じる時はワインの香りとして一つだが、機械的に分析すると様々な匂いが抽出出来る。逆に言えば様々な匂いが混ざり一つの香りが出来上がるという事である。

香水で有名なシャネル。そしてその代表であるCHANEL NO.5。この発表時には斬新な香りとして大きな話題を呼んだ。その理由は、含まれる匂い物質の中にアルデヒドがふんだんに使われていた為であった。アルデヒド香の代表的なものはカメムシの匂いで、決して好ましいものとは言えない。それ迄の香水は良いものを混ぜれば良い香水になると思われていたが、タブー視されていた良くない匂いを混ぜて、曾てない素晴らしい香水が出来上がった。こうして、最高級の香水には汚い物が入る事となった。

此処で匂い物質の分析一例を挙げる。ソーヴィニヨン・ブランでは、
〈林檎のシロップ、甘いガム、缶詰めの果物、バナナの皮、新鮮な林檎、畳、湿った木、チーズ、足の裏、ニス、木、お茶、クロームなど〉
ボルドーの赤では、
〈甘い果物、ガム、苺、木、杉、クロム、足の裏、エリンギ、茸、ゴボウ、土、味噌、ヨーグルト、甘い花、馬小屋など〉
上記の様な香りが混ざり一つの香りとなる。此処で大切なのは、足の裏や馬小屋臭など、どんなワインも良い匂いばかりで構成されているという訳ではないという事である。これはアルコール発酵時に酵母が良い匂いも悪い匂いも作り出す為である。ここで嫌な匂いが突出すると臭いワインとなってしまう為、良い匂いとのバランスが取れている事が重要となる。

また口の中でも様々な反応が起こり、ワイン中の物質が唾液の酵素と反応して発生させる香りもある。例えばワイン中の鉄分が魚介類の過酸化脂質と反応して生臭みを発生させるなど。最も身近な例が鉄棒で、これは鉄の匂いがすると思われがちだが、本来鉄は無臭であり、臭うのは手の脂が鉄で酸化された物で、即ち鉄棒の匂いとは、鉄に付着している脂が酸化して発生させる臭いの事なのである。したがって、ワインとそれに合わせる食べ物の組み合わせによって、嫌な臭いが出てしまう事があるのである。

結論:テイスティングにおいては「良い」「悪い」という単純な価値付けではなく、純粋にどんな匂いか、それぞれの違いを感じ取る事が肝要である。

(参考)全ての生物は匂いを発するが、それは基本的に体内の代謝物に由来する。したがって食べる物が違えば匂いも変わり、人においては、必然的に国や文化の違いから体臭も変わって来る(例. 日本:醤油、韓国:キムチ、欧州:チーズ)。因みに加齢臭は、皮脂中の脂肪酸が分解されて生じる不飽和アルデヒド「ノネナール」が原因。

又、一般に葡萄の香りと呼ばれているものはマスカットなどの食用に含まれるテルペン(反応性に富み、香りが変化し易い)。破砕し立ての果汁ジュースには余り香りが無いが、発酵果汁ワインには豊かな香味が在る。これは糖をアルコールに変える酵母の働きによるところが大きい。