第九瓶 ワインの欠陥と非欠陥

 前回の「ブショネ」という言葉を受けまして、ソムリエ的テイスティングのお話に入る前に、もう一つだけ必要な知識を取り上げて置きたいと思います。何故なら、試飲アイテムの不適切な品質変化は、テイスティング以前の問題ですので。同時にこれは消費者にとっても非常に重要な問題でもあります。大事な友人との会合や、大事な大事な家族の記念日、或いは大事な大事な大事な恋人とのディナーがこの為に台無しになったりした日には、私でさえ酒神を呪います。が、もし正しい知識を身に付けていれば全く問題無し、それどころかお連れ添いに一目置かれる事でしょう。ハイクラスなレストラン等「本物の」ソムリエがいる所では表題の件に関しては気にする必要はないでしょうが(その為にソムリエがいて、更にホストテイスティングがあるのですから)、特にご自宅で不良品に当たってしまっても、決して泣き寝入りせずに、コルク(出来れば中身も、勿論レシートも!)を捨てずに取って置き、手間ではありますが購入店にお問い合わせ下さい。百貨店や責任感のあるワインショップであれば間違いなく代替品もしくは返金して貰えます(決して安い買い物ではないのですから当然です)。但し、在庫処分価格の品や自宅で長期保存した物に関しましてはこの限りでは御座いません(断られても怒りでトイレに流したりせず、料理に使いましょう。前々回申しましたように、たとえダメージを受けたワインでも、熱する事でアルコールや酢酸は飛び、有機酸〈酒石酸、クエン酸、リンゴ酸〉やエキス〈糖、ミネラル、タンニン〉が味を良くしてくれます)。

(参考)ワインの適切な保存環境

 ①温度12~15℃ → 25℃からダメージ。急激な温度変化に弱い為、一定に保つ事(3℃の差でも繰り返されると、夏から冬の差より悪影響。涼しく一定の温度が化学反応を抑える。理科の実験で良くバーナーで熱したのは化学反応を促進する為でしたネ)

 ②湿度70~75% → 低いとコルク栓が乾燥して空気が入り酸化すると一般的には言われているが、「空気も水も通さない」と言う専門家も(瓶内に存在する空間だけで十分な酸素量が在るという事)。しかしその場合でも、「コルクを通してワインが呼吸する」事はないが、コルクが乾いて脆くなり抜き辛くはなろう(※)。また湿度は温度変化の緩和をもたら

 ③光の当たらない暗い所 → 退色、劣化に繋がる。直射日光は無論、蛍光灯でも悪影響。光による成分分解により「茹でたカリフラワーの臭い」出現

 ④振動が無い所 → 振動による味の不安定(酒中の分子が収まらず、味にまとまりが無くなる)に加え、澱が舞い健全な熟成の妨げとなる。また過度な酸化を促し劣化を引き起こす

 ⑤異臭が無い所 → 冷蔵庫の野菜や肉の 匂い も見事に移る。(冷蔵庫保存の場合は野菜庫で。理由は次の通り。①5℃以下に為ると酸化促進→2週間後には酢の香味発生 ②酒石酸や赤い色素は低温で結晶し易いため澱が多くなる→特にノンフィルターワイン。逆に日本酒は色素が無いので低温が良く、0℃前後の氷温が鮮度を保つ ③冷蔵庫の冷却と除湿機能から遠ざける→コルク乾燥を防ぐため瓶口をラップで何重かに巻くと良い)

 ⑥瓶を横に出来る所 → ②に同じ。一方スクリューキャップの利点は立ててもOK。湿度を気にする必要も無く、熟成も可(コルクより良い状態で熟成が進むという実験結果も。今では内部シートを通して酸素透過量を調整する技術も活用されている)

  酸素透過量(mg/ボトル):ノマコルク(通常)2,5 >ノマコルク(無酸素保管)1 >スクリューキャップ(ステルヴァン)0,3 > ヴィノロック(ガラス栓)0

先ずは欠陥からです。

・熱劣化:ワインは28℃で煮え始める。キャラメルや煮たフルーツ香があるが、味は平板。茶色くなる事も。果実味が抜ける事で、劣化により増加する酸味・苦味・えぐ味が余計に強調されて刺々しく感じる(参考 メイラード反応

・酸化:アセトアルデヒドの増加の明確さ。白→傷んだ林檎やアップルサイダー、ヘーゼルナッツや胡桃、クミン、メープルシロップの香味。外観からはグラデーションが無くなり、酸化した林檎の茶を帯びたモノトーンな色合い。赤→人工的ラズベリー、マニキュア除光液、ゴム、マデイラ的カラメルや溜まり醤油の風味。総合的に平板な香味、辛く苦い(えた林檎の芯の様な苦味、フェノールと酸素の反応によるえぐ味)

・揮発酸(Volatile Acidity,VA):鼻にツーンと来る酢酸やマニキュア液の臭い、バルサミコやピクルスのイメージ。エタノールを分解して生成され、低濃度なら複雑なアロマを齎すが、増加と共に品質は低下する。熟成からも発生。因みにペンフォールズのグランジ、シャトー・ディケム、Ch.Musar はニス臭のレベルが高いと言う

・ブレッタノマイセズ(Brettanomyces,Brett):馬小屋臭、鼠臭(やや甘くて土っぽい臭い)。またゴムホースや絆創膏ばんそうこう、クローヴや薬箱、そして金属臭。乾いた後味を生む。乳酸由来で、pHの高い発酵を避け、十分なSO2添加で回避可。特に若い赤〈pHの高いカベルネやシラー〉に多く、pHの低い白では稀(ブレッタノマイセズ酵母がほぼ増殖しない為、フェノレと言う)。野生酵母(腐敗酵母、デケラ)及び不衛生な樽から発生。酸化的熟成やSO2及び清澄・濾過を抑える自然派に出易い。フランスでは「テロワール の個性」という見方もあり、故意に低レベルのブレットを付与する事で、赤になめし革の匂いを与える造り手も(無論「腐敗酵母添加」という表記はされないが)。アメリカでは嫌悪

・ブショネ(Bouchonne;Corked):かび臭いコルク臭(コルクそのものの素材の匂いではない)。湿った段ボールや濡れた犬の臭い。漂白時の塩素とコルクに付着した微生物(黴)が反応して発生するトリクロロアニソール(TCA)が原因。カルキ臭により果実味などにピュアさが無くなり、ザラつきが出る。発生頻度2~4%程(コルクに黴が生えていても中身には影響が無い場合も屢々しばしばありますので、良く瓶口を拭い、ワインの香味から判断してみて下さい)

 一方で欠陥とはされない要素は次の通り。

・(アセト)アルデヒド:酸化香の一種。低濃度で、新鮮な林檎の芯を潰したような青い果実風味。多量に含むワインは風味が平板で気の抜けたようになるが、フィノタイプのシェリーなどではその存在が個性と捉えられる。濃度が高くなると刺激臭が欠陥として指摘される(酸化熟成香は一般的にフランス人やアメリカ人は苦手でイギリス人は大いに好むのだとか。それもその筈、16世紀にシェイクスピアが「ヘンリー4世」第2部第4幕第3場にて、フォルスタッフのsherries-sack礼讃でシェリー人気に火を点けたと言うし、酒精強化ワインであるシェリーは保存性が高いため英国艦隊の必需品になり何処へ行くにも持参したのですから)

・還元臭:腐った玉子、(炒めた)キャベツ、ゴムなど硫化水素由来の臭い。玉葱、青海苔、にんにく、金属など硫黄を含んだ物質の臭い。若くタンニンの多い赤では茹でた小豆、黒インク、擦ったマッチ、焼けたゴム、鉄や鉛の臭い。低濃度であれば ミネラル やトロピカルフルーツ等の香り。主にアルコール発酵中に酵母(穀物由来の酒に多いパーム、フーゼル油〈清酒の香気成分〉の香り)や酵素が生成するものと言われる。発酵中空気不足になった際、酵母が必要な窒素を葡萄中のアミノ酸から補う現象(SO2によるものではない)。籠もったような香りで酸素不足が原因の為、デカンタージュ や純銀製スプーンでかき回す事で解消される

・エステル:酸とアルコールが反応して生まれる物質の総称。適度に含まれる時は、若い白にフレッシュ、フルーティな香り、即ち第2 アロマ の吟醸香(バナナ、メロン、林檎)を与える。しかし濃度が高くなると溶剤の様な異臭となる。アルコールが齎す揮発性の高い香り

 やや込み入った話になってしまいましたが、油断すると深く暗くマニアックに為りがちな、当サイトへお越しの奇特な方々には本稿の意義をご理解頂けるのではないかと存じます。今回の要点と致しましては、ワインの味についての個人的な好みは殆ど一致する事はありませんが、欠陥を同定する能力こそが、アマチュアとプロの境界線だと考えられているという事です。したがって、勿論無理にでは御座いませんが、勉強熱心な方は、陳列や管理に特別な配慮をされていないスーパーマーケット等の処分市の、古めの品を試してみるのも参考に為ると思います(売れ残る物は大抵一般消費者が手を出しにくい高めの赤ワインゆえ、それらは熟成能力がありますので、中には思いも寄らない変化をしている掘り出し物もあったりします。日本酒においてもそうですが、酒質のしっかりした物はそう簡単にへこたれません)。矢張り知識はあっても、実際に自分の身を以て体験しなければ分からない事がある、それが人生というものです。個人的な体験談になりますが、資格試験勉強を始めて間もない頃に「これぞブショネ!」と言える程の、正に湿った段ボールと黴の臭いが付いたワインを引き当てた(?)事があります。試しに口に含んでみたところ、飲む気も起きない程にフルーティさは失われ、「いや待て、飲み込んだら旨いかも」と思って勇気を出して飲んでみたら、ヤッパリ気持ちが悪くなるだけでした。しかしこれでブショネについての理解度が増した事を思えば、誠に安いレッスン代でした(実際700円位のスペインのクリアンサランクの赤でしたが)。或いは酒に興味の無い友人の引越し時に出て来たワインを貰い受けるのも一興でしょう。26年間の放置を経て洗面所から発掘された北海道産ミュラー・トゥルガウの甘口生ぶどう酒(無濾過)、緑色のボトルを通して見ても明らかに茶色を呈する液体、瓶の底には長く連なり藁あるいはミミズみたいに為って気味悪く漂う澱の堆積〈⇒澱(フランス語 Lie リー)〉、それは化学実験室にあるホルマリン漬けの生物標本をも想起させる程にグロテスク。風味は青林檎の芯や樹脂の苦く辛い部分(酸化によるアセトアルデヒド!)、古くなった蜂蜜と焦げたカラメル(熱劣化!)、そして砕けた胡桃くるみの滓に古文書を思わせる涸れ果てた感じ(過ぎた酸化熟成!)は、生気を貰うどころか奪われる感覚に陥る、もはや健全とは程遠い胸の悪くなる老体、骸骨、ミイラ。此処まで来ると口に入れる事さえいとわしく、飲み込むとなると清水の舞台から飛び降りる勇気が必要でありましょう。どんなワインも等しく愛する流石の私もこの時ばかりはボトルを持ってトイレに向かった次第であります。しかし有り難くも、このワインは私に三つの格言を与えてくれたのでした。

 ①ただ生気が衰えて人生の虚しさを見せられるようなピーク過ぎのワインより、ピーク前のワインを飲む方が活気と快楽を味わえる。(以後、長熟ワインへの興味は減じました。飲み頃につきましては ヴィンテージ チャートを参考にしてみて下さい)

 ②全盛期を過ぎて久しい古酒は、飲んで美味しい事は無く、如何に命は衰えて行くかを知る材料に過ぎない。(したがってその様な物に決して大枚を叩くものではない、酒に必要な楽しみ、高揚感は得られないので)

 ③ワインの劣化した味を見抜く為には、良質な味を知る必要がある。(液漏れやコルクの弾力チェックは勿論、ボトルを光に透かして見て、ヴィンテージから逆算し「過度に茶色くなった/澱が多い/液量が少ない」劣化品と思しき物はもう購入しておりません。取り合えずより健全な物をお求めの方は、店の棚に陳列されている中でもより冷暗な奥の方の物からご購入下さい、眉をひそめる店員さんもおりますので密かに…)

(追記)たまに専門誌などで1800年代から現在までの同ワインの比較テイスティング特集なるものがありますが、コメントを見る限り、古い物は大方シェリーのアモンティリャード(生物熟成+酸化熟成)やオロロソ(酸化熟成)に輪に輪を掛けた風味のようです。ただ実際口にした訳では御座いませんため大胆な事は申せませんが、何にしましても、骨董品は風味の云々うんぬんに関わらず「神の飲み物」と為る事に変わりはないようです。

本日の箴言

 経験を重ね、失敗や損を繰り返しながら飲み進んでいく内に好みの評価が自由に出来、好きなワインが実際に良いワインという事になれば占めたもの。我々は飲み手として専門家になる可能性がある事を心して置くべきである。(一部改訂)

城丸悟『物語るワインたち』

平日の一本

Cabernet Sauvignon, 2012, Peter Lehmannn (Barrosa, Australia)

色素が落ち始めてややオレンジがかった濃いガーネット。粘性は非常に強い

揮発するアルコールによる高い香り立ちは、ブラックベリージャム、カシスリキュール、シダ、黒胡椒、牡丹、ナツメグ、若干ピーマンの香りも。また からのチョコレートやヴァニラ。熟成香としては革、肉、土、ほんのりトリュフも感じられる

インパクトのある第一印象。凝縮した果実味と14,5%のアルコールが甘味を齎し、スムースな酸がしなやかな骨格を生み、ヴェルヴェッティなタンニンが奥行きを添える。後半にかけて収縮していき、余韻は中程度

しっかりとコントロールされた感が伝わる(ややもすると機械的)、終始落ち度のないクリーンな印象。オーストラリア的な安定したコマーシャルワイン。グラマーな肉付きを支える酸とタンニンによるストラクチャーがとても良く、まだ5年は熟成により発展していくだろう〈2017年11月〉

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