押し味

 「押しがある」と言う時、それは「甘味や 旨味 だけでなく、十分のアルコールや酸味もあり力強い」という事を意味する。これは「ゴク味」とも言い、五味(⇒味わいの分析図)のバランスが良く、求心的な核を感じさせる充実した密度が有り、少量でもしっかりとした(水っぽくない濃醇な)風味が持続し、しかし決して重たくなく、なお余韻まで一貫して長く残る、何時迄も口に含んでいたくなるような旨さである。良いワインも同じである。又「腰/幅/肉/膨らみがある」「濃く味(※)」も同様の意味合いで、ワインのボディに相当する(押し味が有ればフルボディという事で、別に「大丈夫酒」という表現もあるようである。対し、甘過ぎの或いは割り水したような酒を「腰抜け酒」という)。これは 旨味 を生むアミノ酸、そしてエキス分にも関係する。(越幾斯エキスとは、酒を蒸発させた時、詰まり揮発性物を除去した時に残る固形分の総称で、主として糖分〈他に糊精こせい、不揮発酸(固形酸)、グリセリン、蛋白質、灰分、総窒素等〉であり、これが多いと「濃醇旨(甘)口」と表される。よって熟成古酒においては通常新酒よりもエキス分は増加する)

 ※ 日本酒において、糖分や旨味成分の他にも、乳酸等の有機酸、様々な味のアミノ酸や苦味、時には舌触りや淡い老ね香までもが巧く調和した時に「コクが強い」と評価されるようである

 この「甘味、旨味、酸味が苦味や 渋み、そして辛みを包み込む」押し味が有るものが燗適酒であり、熟成にも耐え得る確りとした酒質を備える。

 江戸時代迄は「あまから・ピン」と、僅か三つの褒め言葉しかなかったのだが、最後の語は「尻ピン」「尻はね」「はねがある」とも言い、後口にキュッと残る味、総合的な力強さを表し、即ち押し味が有るという事を指す。良い酒とはシリが有って(余韻がある、尻切れ蜻蛉とんぼでない)ハネが有る(口に含んでも舌にダラダラ残らずキリっとする)、きっちり吉兵衛なのである。

〈参考〉「雑味」とは、調和が取れていない嫌な味、諄く汚い味で、良く「がらが悪い」と表現される。米が溶け過ぎると味が多く為り、諄くて汚い酒に為るため、吟醸酒には糀菌が蒸米の一部にのみ成育した突き破精はぜ糀が使われる。(対し、本醸造酒など濃い味の酒には菌糸が蒸米全体に生育した総破精を使う。詰まり、所謂いわゆる理想的な「外硬内軟」の蒸米の白い中心部「心白」を溶かして酒にし、外側のい部分を残して酒粕にするという考え方から、心白を溶解する糀の菌糸量が少ない突き破精を使う事で、技術が要るが綺麗な造りが出来る(逆を言うと「心白が多い=澱粉でんぷん質が多い=旨味、ふくらみが出る」という事。同様に考えて、山田錦や雄町といった晩稲おくては美山錦や五百万石といった早稲わせよりも溶け易い為、味に幅が出る)。「綺麗な酒」とは水の様な薄い酒とは違う。薄い酒を造るのは簡単で、一方、程良く味が出るような糀を造るのは難しい。同様に、汚い酒と味の出た酒は違う)