並行複式発酵

 ワインはぶどう中の糖を酵母がアルコール発酵する単(式)発酵、ビールは麦芽の酵素による糖化とアルコール発酵が独立する単行複(式)発酵。一方日本酒は醪の中の、糀による蒸米でんぷんの糖化と同時並行して、酵母によるアルコール発酵が行われ、これを並行複(式)発酵という。特徴は、発酵中に蒸米から糖が補充されるため、アルコール度の高い酒を造りやすい事(※)(因みに、酵母は生物だが酵素は生物が作る生体成分である)。言わば糀菌と酵母は酒造における双翼あるいは双輪。互いの調和が肝心で、双方の大きさが一致していないと思う方向に進めない。速醸酛 の創始者江田鎌治郎氏曰く、「(高温仕込みの場合)もし酒母が若過ぎて、糀の力が足りないと発酵が急進しいら湧き(薄い辛口酒と為る)に陥る。一方、酒母が甚だしく弱いかね過ぎているのに糀の力が有り余る時には糖化が過進して発酵との均衡を失い甘酸敗かんさんぱいに陥る。(よって 寒造り では、糖化発酵の両作用が徐々に進行するのみならず殆ど有害菌発育の余地が無いから腐造する事が滅多に無い)」(管理者改訂)。現代においてはなはだしいのは香り酵母であり、派手な香りで薄っぺらい味の酒などはその適例。或る名杜氏曰く、「この頃の酵母は、余り良くない糀でも香りは出ますね」。これは詰まり、鑑評会の影響で香り主体の造りをし、「一麴二酛三造り」の原則から外れて来ているという批評である

 ※ ワインの様な単純な発酵の場合、醪中に在る果実の糖分や添加した糖分が消費されると自然に発酵が止まるが、清酒の場合、糀が米を溶かして糖分を生成し続けるため発酵が引き続く。例えば清酒においてアルコール分18度まで発酵が進むのは特殊な事ではないが、これをワインの様な単発酵で実現する為には、凡そ36%のブドウ糖が最初に醪中に存在しなければならない。しかし糖濃度が高く為ると発酵が抑えられてしまい、それ以前に酵母の生育が難しく為る。一方、ビールでは仕込みに大量の水を使う為アルコールは5度程度だが、清酒は仕込み水が少ない濃厚仕込みの為にアルコール度が高く為る。そしてその結果、火落ち防止に繋がった

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並行複発酵は日本で発達した日本酒独特の技術。この方法が普及したのは近世に為ってからと言われる。糖化というひと手間こそが酒造の秘儀であり、日本の文化でもある──と言うと聞こえが良いが、造石税(造られた酒に掛かる税金)に対抗する為の手段でもあったという(濃い酒を少量造って薄めて売れば税負担が軽くなる。なお現行は蔵出し税で、アルコール度数に応じて税率が変わる)。令和4年3月時点、「伝統的酒造り」としてユネスコ無形文化遺産登録へ同意書を提出(令和6年11月審議見込み)⇒https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/93678001.html

 良く耳にする「しっかりした造り」「良く造られた」といった用語の意味は此処に在り、糀と酵母が良い仕事をし、アルコール発酵の過程が完全な酒を指す。これは詰まり、糀がしっかり糖に分解して味の幅を出し、酵母がしっかり発酵させ酸を出して味を切らすという事である(言い換えれば「完全発酵」により切れを良くしないと甘ったるく、重く、しつこく「切れの悪い」酒に為る)