生一本

 「きいっぽん」:桶買い(※1)をせず、他社や他の土地の酒をブレンドしない、一つの製造所で醸した自醸酒100%、原産地証明付きの純米酒(精米歩合60%以下)の事。ワイン用語を使えば Estate Bottled Junmai sake となる。当然醸造用アルコールを添加した酒はこれを名乗れない(原酒 という話も耳にした事があるが定かではない)。昔は優れた清酒の代名詞として使われ、灘の生一本が有名だった。現在での意味合いは、その蔵を代表する、蔵の個性が表現された選別純米酒

 ※1 大手が色々な中小蔵の酒を買い集め、それらを アサンブラージュ 後に貯蔵して自社ラベルで出荷する事。悪し様に言うと、田舎の零細酒が灘もしくは伏見の銘酒に化ける事。ワインで言うネゴシアンのイメージ。しかしながら曾て桶買いはアル添酒(※2)や三増酒(※3)に回され、無名の蔵は値を叩かれて取引されていた。そして清酒の需要が落ち込むにつれ大手メーカーは減産を始め、桶売り(大手にタンクごと未納税で買って貰う事〈市場に出回らない売買ゆえ税金対象にならず問題と為った〉。大手は桶買いで生産量を確保する一方、地方の小さな蔵の経営を支えている側面もあった。しかし杜氏にとっては、精魂込めて造った酒が桶のまま売られ、何処の蔵の物かも分からぬ酒と混ぜ合わされるのは断腸の思いであった)の酒も必要とされなく為って行った

 ※2 アルコール添加は江戸中期の「柱焼酎」(酒粕から造る焼酎で、雑菌から酒を守る酒質強化のため 諸白 に添加した)に起源を求める事が出来るが(初見は『童蒙酒造記』の伊丹流の事とも言われる)、この技術を引き継ぐ形で、大々的には戦時中の1943年に行われるようになった。それは腐造防止、そして満州出兵時、兵士用に寒冷地でも凍らないようにする為であった。特定名称酒に使用出来る重量は白米重量の10%以下(酒量換算すると最大約25%増量)に制限されている。因みに酒量換算で、本醸造酒では約25%、吟醸酒では12~15%、大吟醸酒では7%程が投入されている。この添加は、特に大吟醸酒においては増量目的ではなく、水に溶けにくいカプロン酸エチル(林檎様の香りを生む)を確りとキープさせる為に使われるという。醸造アルコールとは、廃糖蜜や糖蜜、さつま芋やトウモロコシといった含糖質物やでんぷん質物を原料に発酵させて蒸留した物で、醪に適量加えると、香りを高め、風味を整え、淡麗で軽快な酒質を作りすっきりした味になる。加えて、香味を劣化させる火落ち菌の増殖を防止する効果もある。曾ての三倍増醸酒の様なコスト軽減のイメージから悪い印象を持たれがちだが、現在は醸造技術の一つとして酒質向上の為に使われる事が多く、実際鑑評会に出品され入賞するのは醸造アルコールを添加する大吟醸酒が主流である。その事を知れば、「アル添」を頭ごなしに非難する一般消費者の考えも変わって行くのではないか(無論、入賞酒だけに追従する権威主義的な姿勢も考えものだが。また実のところ、アル添が実施された当初は、今迄の米一筋の重い味と当時の低精米による味の諄さが無くなり喉越しが良いと、大方の吞兵衛たちは褒め称えたとの事)。更に付け加えれば、アルコール添加とはワインで言えば「酒精強化フォーティファイド」(保存性を高めるのは清酒と同じだが、ワインは味に濃くを持たせるところが異なる)であり、シェリーやポート、或いはマデイラやマルサラをワインと認めて、本醸造や吟醸を清酒と認めないのは、自ら伝統と言う岩窟の中に引き籠もる事ではないのか。外に流れる爽やかな空気を遮断し、頑なに閉鎖された自分だけの狭い空間を守りたいだけではないのか。確かに「純米至上主義者」達の言い分にも耳を傾ける意義はある。さなきだに「純粋無垢」に価値観を見出す日本人の事である。「純米」なる語に伴う混ぜ物無しという神々しい印象は「清酒」に相応しい名称であると認めずにはいられない。しかし酒は飽くまで嗜好品、自分の好みを人に押し付ける事無く、其々の異なる特徴を受け入れ楽しむ姿勢を忘れないようにしたいものである(──それでも納得出来ない純米愛好家へ。「國酒」という語に心血を注ぐ極一部の造り手は、非日本産醸造アルコールではなく、清酒を蒸留して造られる国産米焼酎を使用する徹底振りで、このアル添酒なら純米酒と同列に置いても差し支えないのではなかろうか)〈追記:実際、ライス・スピリッツ添加は「純米酒」表記可能という噂も…〉

 ※3 三倍増醸法は戦後、農業荒廃と人口増加による深刻な米不足の下に普及した。本来は十石(1.5トン)の米から十五石(2.7kL)の酒が出来るが、これにより十五石の酒に30度のアルコールを二十石(3.6kL)添加して、アルコール分20度の酒が四十五石(8.1kL)出来る。製造コストは通常清酒の半分以下という。味付けに水飴を使う為、日本酒度−9~−10のベタベタした甘い酒に為り、ツンとした香りで口に入れるのに抵抗感がある。2006年酒造法改正による清酒の定義改正と共に廃止されたが、それは添加物が多かった為(現在、テーブルワインに喩えるべき普通酒における添加物「副原料」として許可されている主な・・物は、醸造アルコール、糖類〈ぶどう糖、水飴、粉飴〉、酸味料や調味料アミノ酸〈乳酸、コハク酸、クエン酸、リンゴ酸、グルタミン酸ソーダ味の素〉等20種以上。詳細は国税庁HPに⇒https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sake/2-02.htm)。次は添加のおける発想ルーツ

・水だけで薄めれば水っぽく為るだけで酔いも減る ⇨ アル添酒

・アル添した分辛く為る ⇨ 糖類添加

・しかしそれでは旨味が足りない ⇨ 酸味料・調味料添加

 こうして継ぎ接ぎだらけの清酒の様な偽酒が完成した(戦前は全て米と米糀のみの酒、それが酒造りの伝統)。しかしながら「日本が貧乏で酒が足りなかった時代の遺物」であるアル添・三増酒が果たした、米不足や酒の供給を補った功績の大きさも忘れてはならない。確かにこれらは必要悪として生まれた物だが、清酒滅亡の危機を救った事は否定しようのない事実である。たとえそれが税収を増やす目論見で取られた国策だったとしても…

〈参考〉「米だけの酒」という表示は消費者に誤認を与えるとして、以前にメーカーが訴えられる事があった。それは「清酒は米から造られるもの」であると思っていた消費者が「米だけでない清酒があるのか」と受け取った事に端を発する。そしてこれが醸造アルコール添加酒への品質疑惑へと発展した。これを契機に、2004年には純米酒の精米歩合規定70%以下が廃止され無制限と為り、新たに精米歩合表示を義務付けた上で「米だけの酒」を「純米酒」に含める事で、純米酒の幅を広げる事と為った。そもそも米だけの酒であれば必ず「純米」である以上──米を磨く事による品質への訴求もあったのだろうが──この名称表記に精米歩合制限を設けていた事自体がおかしく、その言葉の矛盾に気付かなかった、或いは気付いていても早急に対処しなかった関係者に非があろう