第二十三瓶 ワインと健康(白ワイン編)

 古代ギリシアの医聖ヒポクラテスは「薬の中でワインは最も有益であり、薬効を持つ溶剤として用いられ、傷薬にもなる。赤ワインは成長に役に立つ。白ワインは肥満防止に良く、利尿効果が最も高い」とちゃんと白の効用について触れているものの、現在の海外の記事にざっと目を通すと赤ワインについての効用ばかりが矢鱈やたらと多く、そしてほぼほぼ結論は適度のアルコール摂取〈大凡おおよそ1日当たり男性2杯、女性1杯。詳細はコチラのをご覧下さい⇒Lower alcohol wines (and spirits)〉で落ち着きます(※1)

 では次は私が見付けた限りの白ワインの効用を列挙してみます──

・ポリフェノール量は赤の10分の1程度だが、赤のよりも抗酸化機能が高く、加えて分子構造が小さいため体内吸収され易い(甲州は含有量多め)

・美肌効果(甲州はコラーゲンを修復するアミノ酸のプロリンを多く含む)

・有機酸(葡萄由来:酒石酸・リンゴ酸・クエン酸、発酵由来:コハク酸・乳酸・酢酸)による殺菌作用がある為、食中毒の原因菌(サルモネラ菌、大腸菌、赤痢菌等)に速効性がある(シャブリに生牡蠣が有名)

・有機酸が食欲増進効果を生む

・有機酸が腸内環境を整える(便通改善効果)

・血圧低下作用(白には ミネラル〈カリウム、カルシウム、マグネシウム〉が多く含まれている為、利尿作用が高まり新陳代謝が促されて体内のナトリウム〈塩分〉が排出される。同時に鉄分やビタミン類も含む)

・血小板凝集抑制機能

・冠状動脈性心臓病対策

 ──確かに赤ワインより情報は少ないものの、かなり健康には良さそうです。印象としては、赤の方がより医学上の重病に効果があり、白はより生活上の軽症を改善するのに期待出来そうであります(日本人の、低脂肪で米と魚〈※2〉中心の、伝統的かつ健康的な食習慣に赤ワインの出番は少ない為、和食にも合い易い白ワインの効用に触れるのは日本人が多いのではないかと愚考します)。ついでに泡は高級に為るほど瓶内熟成〈⇒瓶内二次発酵〉によるアミノ酸が多く為るため健康効果は高いとの事です(加えてワインは醸造酒の中でも糖質が少なく、100g当り赤は1,5g、白は2,0g、日本酒は3,6~4,9g、ビールは3,1~4,9g)。いずれにしましても、ワインは在らゆる酒類の中で、圧倒的にアンチエイジングな酒である事に疑問の余地は無さそうです。だからこそ「良い物を多量に」という人の心情が働き、ついつい適量を越えて飲酒してしまう為、冒頭で述べた「適度のアルコール摂取」が結論として導かれるのでありましょう。「エルペノル症候群(※3)」による、翌日仕事が出来ない程の宿酔による経済的損失額は年間1600億ドルに上るとアメリカ政府は算出したそうで、確かに飲み過ぎを警告する義務がお偉方にはあるでしょう。一方これはより身近な、一般消費者の心にグサリと刺さる警告ですが、過度のアルコール摂取は肌から水分やビタミン、又マグネシウム等のミネラルを失わせます。その理由は、これらの栄養素はアルコールの分解と共に代謝されて一緒に排泄(※4)されてしまうからです(とは言え、既に身を以てご存知の方もおられるでしょうが、肌の回復は比較的早く、数日の断酒で大分良くなります)。この様に述べられると、如何にも「アルコール=不健康」という概念が植え付けられそうです。そして「アルコール=太る」という思い込みも方々で耳にします。私達は精神的にくつろいでいる時に食欲が進み、緊張している時に低下します。詰まりアルコールは緊張をほぐすため私達は食欲が出て来る訳で、それに伴う食べ過ぎが主な肥満の原因なのです。勿論アルコールを摂り過ぎれば、体内に溜まったアセトアルデヒドが脂肪に変わり肥満のみならず動脈硬化の原因と為ります。確かにアルコールは1gにつき7kcalあるものの、実はアルコールのカロリーは「エンプティ・カロリー」と言って、直ぐに熱として放出されるものなのです。言い換えれば、新陳代謝が激しく為り燃料として燃える為、飲んだからといってそれをカロリーの計算に入れる必要はないという意見もあるのです。更には、栄養学においては休肝日は必ずしも必要ではないとも言われています。それは、毎日ある一定の量のアルコールが入って来て、それを酵素によって処理する事が或る日抜けてしまうと、それに対応する相手が居なくなりかえって負担を掛けるからだそうです。こうなって来るとまたしても、赤ワイン編でも述べましたように、何を信じたら良いのか分からなくなって来ます。しかしヘリオドロスが『エティオピア物語』にて言ったように、結局「魂は己の欲するところを信じたがるもの」。であれば私達は其々自分が信じたいものを信じる事に致しましょう。

 ※1 アルコールの害は心臓、脳卒中、脂肪肝疾患、肝臓痛、精神健康異常、がんすい炎等。赤ワインで取り沙汰されるリスベラトロールの効果も飽く迄マウス投与実験による結果で、人間が同じ効果を得るには毎晩8~10本の赤ワインを飲まなければならないとかで、定めし本末を誤った大惨事が引き起こされる事でしょう。因みに、どの国でも男性に比べて女性の飲酒頻度と量が低いのは、女性の方が体重が少なく脂肪組織の割合が多い為、男性よりも少ないアルコール摂取量で肝障害を起こす為であると、生理学的には説明される。無論、女性は歴史上長く家庭に縛られて来た為、社会的行為である飲酒から遠ざかっていた事も考慮すべきである

 ※2 海水中で暮らす魚の脂は冷水の中でもトロトロで、当然人体の中でも固まらない。対し牛・豚・鶏の体温は38,5~41,5℃と人よりも高い為、動物の脂が人体に入るとベタっと固まる。このベタ付きが血液をドロドロにするのである(目に見える一例は、レバーパテを冷蔵保存すると生じる白い脂肪の固まり。ちなみに豚の脂の融点は33~46℃で、牛の40~50℃よりも低めの為、噛むほどに 旨味 を強く感じられます。加えて硬化油マーガリンのトランス脂肪酸による心臓疾患のリスクも心に留めて置きたいところです)

 ※3 解離性障害(自分が自分でない感覚、カプセル内に居るような現実味の無い感覚)さえ引き起こす程の重度の二日酔い。ホメロスの『オデュッセイア』で、魔女キルケの島から出発する前夜に泥酔し、館の屋根で眠り込み、翌朝二日酔いの為に転落死した船乗りの名から。因みにその後日譚ですが、皆はエルペノルがいない事に気付かず旅立ち、その後冥界で再会したオデュッセウスは彼から自分の遺体を無名戦士の墓に埋葬するよう頼まれます。彼は己れの死に様を恥じていたのです(そりゃそうだよネ)

 ※4 アルコールによる尿意の原因は次の通り。抗利尿ホルモンのバソプレシンの働きがアルコールによって抑制された結果、肝臓の基礎構造である尿細管の壁がスポンジ状からざる状に為り、液体はどんどん膀胱へ流れて尿と為る

 現代人は飲食から健康問題を気にする事が出来るほど豊かな生活を送っており、そんな日々に私達は感謝しなければならないのでしょう。しかしこの二稿に亘る煩雑極まりない事を一つ一つ気にしながらワインを飲んで何が楽しいのでしょう? きっと私達は「美味しい上に健康に良い」という有り難みに満足したいだけなのではないでしょうか。何でも、酸化防止剤SO2が添加されないと、ポリフェノール量が通常の赤ワインの六分の一程度に減少するという話まであります。これは果物や野菜を五つから九つ食べる事で摂取できる量に比べても遙かに少ないのだとか。またアルコール消費量の増加が早死にに繋がるのなら、日常のストレスも同じく寿命を縮め、そしてアルコールが唯一のストレス解消法という人達は一体どうなってしまうのでしょう? さて結論です。改めて「ワインと健康」について考察してみた結果、矢っ張り私は前回冒頭で述べた所に舞い戻って参りました。──「健康第一ならば青汁だ!」

本日の箴言

 本来、健康のことを気にして飲むのではなく、楽しく飲むことが健康に最もよいのではないのでしょうか。

田崎真也『ワイン生活』(改訂)

同氏のおススメ映像集はコチラ⇒お役立ちワイン映像集

休肝日の一本

Purpom, Rosé Sparkling Apple(果汁100%中ルージュデリース種30%使用、ノルマンディー、フランス)

 鮮やかなサーモン色の色合いで活気のある泡立ち。爽やかだがしっかりとした香りは赤林檎、アセロラ、ほんのりスモモの香りも感じられる

 中辛口、高めの酸度、ミディアム(-)ボディ。甘さが控えめで飲み疲れる事も無く、酸味に不慣れな人は「酸っぱい」と言いそうなほど十分な酸度がある為、料理ともバッティングしない。5~8℃にしっかり冷やし、フルートグラスに注いで飲めば、ロゼスパークリングワインを飲んでいるかような擬似プラシーボ効果を得られる。鮭の塩焼き(酸が塩味を和らげ、魚の脂身の甘味を直線的に引き伸ばす)、鱒の押し寿司(酢飯と同調)、またデザートではバター菓子(酸が菓子の味わいの輪郭を生む)やココナッツ菓子(ミルク感が生まれる)と良く合う。ソフトドリンクで料理との相性を考える切っ掛けをくれた、フードフレンドリーで素敵な炭酸ジュース

赤い果肉のルージュデリース
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