第二十六瓶 閉会のご挨拶

 前回ヴーヴ・クリコがロシアから讃えられて在庫切れと為ったのとは異なり、喝采を受けずとも当会管理者が保有するセラーは在庫不足と相成りました。確かに不足であって、まだご提供出来ますボトルは御座いますが、これ以上の深酒ふかざけは頭痛の原因と為り得ますため、この辺でお開きにしたいと存じます。ご愛飲の程、誠に有り難う御座いました。

 私はこれまでワインを追究した日本人が最終的に日本酒へと帰る姿をこの目と耳で知って来ました。骨抜き骨無しの戦後教育のもと、自国をなみする事が出来るよう巧みに作り変えられてしまった敗戦国民の我々が憧れに胸を膨らませて異国へ行き、結果日本の素晴らしさを痛感させられて帰国するように、私もご多分に洩れず、より万能な飲食物である「米」への愛にようやく目覚めたのであります。哀しい哉、余りに身近に在る物に、いつも必ず手近に在る物に価値を見出せないのが人というもの。かつての私はしなやかなワインボトルと寸胴な一升瓶を比べ、その中身ではなく外身にのみこだわっていただけ。優劣の差など在り得ない文化を比べ、愚かしいまでの無知と偏見に捕われていた、ワインを語る資格などない恥ずべき野蛮人に過ぎなかったのです。そしてそれ故、全二十六稿一つ一つの内に日本人としてのアイデンティティ、日本の テロワール を感じて頂けたら、この偏屈な時代遅れの存在にも価値を見出す事が出来ます。情報化により世界が狭く為った現代、もはや我々を何者か分からなくさせて来た、益荒男ますらおの強靭さと手弱女たおやめの繊細さを併せ持つ日本の根っ子を引き抜いて来た「無闇な日本の欧米化」にはワインの澱ほどの値打ちもありません。各国のワイン法に支えられ、単一年、単一品種、単一畑が一層尊ばれる昨今、世界でも稀な単一民族、単一文化、単一言語を有する日本を尊ばない法はありません。世界基準の下、日本人は日本のテロワールを表現しなければ世界に認められないのです。

 さて、「ワインはボトル1本毎にドラマが生まれ得る」という事を旨に、唯の知識のひけらかしを忌避し、一つの読み物として読み手の皆様を楽しませる事が出来るよう、言葉を連ねて参りました。一語に込められた言葉の深みは曾て無い程に軽視され、「ただ通じればそれで良い」という軽薄な言葉が蔓延はびこるこの時代。既に上っつらだけの当り障りの無い知識のみから作成されたサイトと商業的広告ばかりが氾濫するこの時代。私生活のみならず言論及び思想の自由が脅かされ、創造的想像力が欠如し、物質的に豊かな、精神的に貧しい、小さなつぶやき声にさえ操られる、実行を伴わない指先一つの便利で空虚で不健康な社会の中、人の心を動かし、知性を刺激し養う大胆な書き物は益々淘汰されて絶滅に瀕しております。人類の叡智を宿す書物達が、かびが生えて茶立虫ちゃたてむしむしばまれながら、仄暗く静寂な図書館の地下室で誰にも読まれず朽ちて行くように、私も自分の言葉を胸に抱いて朽ちて行きましょう。

 一方、そんな私の小言など意に介さず、葡萄酒という飲み物はどの様に描写されようと、人々の目がくらむ陽の当たる場所で泰然自若としているようです。世界で最も安価でありながら最も高価な液体であり、常に容赦無く向けられている言葉の矛先を難無くかわすこの飲み物には、如何なる中傷も、称賛でさえ超然と受け流すその態度には、混沌として強靭なディオニュソスの精神が今尚ほとばしり出ているかのようです。人間と一万年も附き合っていながら未知の要素を今だに保持し続け、渇きを癒やす快楽を与えるのみならず、人間の知的好奇心を掻き立てる事によって、実用的産物から教養的文化へと昇華するこの飲み物を神聖視する事に、一抹の不思議もありません。たとえどれほど科学が発達しようとも、目に見えない何かの働き掛けによる創造物を「神秘的」と思う人の心に不思議はありません。カナの婚宴にてイエスが起こした最初の奇跡──水を葡萄酒に変えた奇跡──の様に、人類の働きをねぎらう為に、悩みを癒やす為に、争いを収める為に、そして愛を包む為に、葡萄酒は生まれたのです。そしてワインの最も神秘的な特性の一つは、何十年にも亘り、時には百年を越えて進化し向上する能力を持つものがあるという事です。その様なワインの様に、私達も為れると思います。確かに果実の成育に最適ではない環境で、生まれ持った個性の表現も求めず、手間暇を惜しんで造られた安価な大量ワインの儲けが無ければワイナリーを維持する事は出来ません。しかしそんなたちまち消費されるだけの発展能力の無いバルクワインで在る事を認められる程、人間は自尊心の無い生き物なのでしょうか。少なくとも私達はえて酢に為り行くだけのワインなどとは違います。「良い熟成をするためには若さが大切。人もそうでありたい」と故デュブルデュー教授も私達を勇気付けて下さいます。この追求は、円卓の騎士達が目指した、終に手にする事の無い聖杯ではない筈です。

 この学会で扱ったほとんどの主題は、読み切れない程に他のサイトでも扱われ、全く斬新な物では御座いません。しかし此処で敢えて語り尽くされた感のある、WEB内に溢れ返る同一テーマを選んだのは、ひとえに「同じワインでもサービスする人が違えば味わいも違ってくる」というソムリエ業界の真実を示したかったからなのでありますが、さて、お味の方は如何でしたでしょうか? もしも、極力自然を尊重して造られた私の人工ワインに「悪酔いした」と仰る方は、それはまだ飲酒経験が十分でないか、或いは既に飲み過ぎたかのどちらかです。しかしご心配無く。私のワインはあなた方の体を害する事も無ければ、翌日肌をたるませる事もありません。念入りに選別された言葉という葡萄から、適切な管理の下で考案を醗酵させ、思考を熟成させ、そして文法的にも健全な、全要素に調和の取れた葡萄酒に劣化臭はありません。但し一つ気に掛かるのが、数パーセントの割合で発生するブショネという欠陥品です。本日この会にお越しの皆々様、万一そんなの生えた古臭いワインを見付けられましたら、何卒お近くの問い合わせ係までお知らせ下さいませ。当会は責任を持って代替え品をご用意致します。

 以上にて、ネット上におけるワインエキスパートとしての使命は果たせたものと思います。元来ワインは神と人との交流を図るものであり、一人で飲む事はあり得ず、その本質は不変で、今なお最も社交的な飲み物として世界中の人々の仲を取り持っています。即ちワインを飲む最大の楽しみの一つは互いの事を分かり合い、その貴重なひと時を分かち合う事にありますので、もし ワイン検定 にて直接喜楽の時間と有益な知識をご共有出来ましたら望外の喜びです(呼称資格試験とは違い、飽く迄ワインを楽しむ為の検定で、落とす為のものでは御座いません。が、それに繋がるものであります)。

 では最後に、ペルシャ詩人ウマル=ハイヤームの四行詩集『ルバイヤート』より、葡萄酒が有する刹那的快楽を尊ぶ我々の気持ちを代弁して頂き、瞬間の悦楽を永遠に生きるディオニュソス的生命力の充溢じゅういつを酒杯の内に見遣りながら、陽気な調子で閉幕致します。

(4) せめては酒とさかずきでこの世に楽土を開こう。あの世でお前が楽土に行けると決まってはいない。(16) 今日こそ我が青春は巡って来た! 酒を飲もうよ、それがこの身の幸だ。たとえ苦くても、君、咎めるな。苦いのが道理、それが自分の命だ。(43) 知は酒杯を褒め称えて止まず、愛は百度もその額に口付ける。(77) 信仰や理知の束縛を解き放ってのう、葡萄樹の娘を一夜の妻としよう。(79) 死んだら湯灌ゆかんは酒でしてくれ。(88) 天国にはそんなに美しい天女が居るのか? 酒の泉や蜜の池が溢れていると言うのか? この世の恋と旨酒うまざけを選んだ我等に、天国もやっぱりそんなものに過ぎないのか? (90) エデンの園が天女の顔で楽しいなら、俺の心は葡萄の液で楽しいのだ。現物を取れ、あの世の約束に手を出すな。遠く聞く太鼓は全て音が良いのだ。(97) 酒姫サーキイよ、寄る年の憂いの波に攫われてしまった、俺の酔いは程度を越してしまった。だが積もるよわいつきになお君の酒を喜ぶのは、頭に霜を頂いても心に春の風が吹くから。(110) 大空に月と日が姿を現してこの方、くれないの美酒に優る物は無かった。

Drink wines you like. Like wines you drink…

Postscript

Dear visitors to the site,

I’m so happy to hear that my site has supplied some useful ideas or information to wine lovers around the world. But my concern is that the articles here were originally written in Japanese language for Japanese people. I think, therefore, there may be difficult words or sentences for non-Japanese to make sense. If you have any queries, please do not hesitate to contact me. (I will be helpful as far as in me lies, but if there is no reply, please understand that I cannot help you.)

Many thanks.

“第二十六瓶 閉会のご挨拶” への25件の返信

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