第三十瓶 清酒の味わい方(外観)

 お堅い文化論が続きましたが、本稿より清酒の試飲法に触れて参ります。既に、テイスティングにおける概念は『ワインを楽しむために』にて、基本と為る人が有する感覚については『ワインの味わい方』と『続・ワインの味わい方』にて述べて御座いますので、宜しければご参考にお役立て下さい。さて今度は清酒という事で、「酒の三絶たる色・香・味を基軸に、どう展開して行こうか知らん」と暫く思いあぐねていたのですが、前稿で引用致しました箴言が示唆を下さりました。即ち「醸造法」「酵母」「酒米」の違いを理解する事で、本当の意味で清酒を飲む事が出来るという訳です。日本ソムリエ協会のSAKE DIPLOMA呼称資格認定二次試験でも「特定名称」「酒母」「酒造好適米」を問われ、以前テイスティングコンテストでは「酵母」を答えさせる問いもありました。とは言え、上記記事内の文面を繰り返しますが、「純米だからお米香」とか「山廃だから乳製品香」では感じ取っているのではなく頭から決め付けている訳で、それは造り手に対しても、清酒に対しても失礼と思うのです。先ずは感じた事を感じた儘に表現する事。そして最終的には、どうしたら最高に美味しく飲んであげられるのかを考える、清酒が放つメッセージを唎き取る、という事が飲み手としての正しい姿勢と考えます。「この酒は一体何を訴えているのだろう?」というニュートラルな心持ちでテイスティングをして頂きたいと思う次第です。加えて、数年前の私の様に「日本酒なんてどれも同じでしょ?」とお思いのワイン愛好家の方々に言上ごんじょう致します。ワインは唯単にワインではなく、多くの銘柄や種類がある事を既に私達は知っています。それと同じく清酒にも多くの銘柄や種類があるという事を此処で強調して置かなければなりません。葡萄品種が多彩であるように、米品種も多彩である事を言って置かねばなりません。私達は、各ワイナリーには独自の哲学があるように、各酒蔵には独自の哲学がある事を伝えねばなりません。そして一級ワインが葡萄の粋を表現した芸術品であるように、特撰酒は米の粋を表現した芸術品である事を講じねばならないのです。(※1)

 ※1 実際シャンパーニュに追随して 瓶内二次発酵 を経た酒を、キャプシュル にラベル、ミュズレにキノコ型コルクといったシャンパーニュ仕様の瓶に詰めたり、熟成ワインに負けじと熟成酒を造ったり、清酒酵母でなくワイン酵母(⇒)で醸したり、更には MLF を取り入れた酒も在ったりと、ワインから着想を得た酒も少なくありません。有名な所では、世界で唯一日本酒とワインを共にドメーヌ(※2)として手掛ける愛知県名古屋市の酒蔵萬乗ばんじょう醸造があり、「違う分野の知識、経験とのミックスが新しい考え方を生み出す」という理念の下、九平治KUHEIJIブランドを運営されております(フランスの米どころカマルグで清酒造りに邁進中)。序でに、ドン・ペリニョン五代目醸造最高責任者リシャール・ジョフロワ氏はその アサンブラージュ 技術を駆使してプレステージ酒を発表しています(→https://iwa-sake.jp/

 ※2 殆どの蔵元では原料の米作りは農家任せの、農協から仕入れるネゴシアン。戦前迄は地方の造り酒屋では原料米は酒造場に近い田地の小作からの上納米の一部で作るのが普通だった。中には鑑評会の入賞を目指して岡山の雄町などの酒米を求める所も無くはなかったが、通常は自家所有田地の米で作っていた。しかし戦後になって地主酒屋が農地解放を余儀無くされ、所有していた田地を手放さねばならなくなった。そうして酒米ももはや小作米に頼れず、酒屋を続ける為には他の生産地から購入せねばならなくなり、こうして「自耕自醸」という概念が失われた(一方、地元米を無選択に使用するレベルからすれば、酒造好適米を仕入れる事により酒の質が向上したという面もあった)。それが今尚引き続き、「酒蔵の仕事は酒造り、米作りは農家の仕事」というのが常識と為った清酒の世界において自家栽培する蔵元は大変少ない。そして栽培から醸造、瓶詰めまで一貫して行うドメーヌ(「所有地」の意)の草分けが大阪府の秋鹿酒蔵。この背景には1995年の食糧管理法の廃止があり、それまで稲作農家は農協に供出する販売ルートしか持たなかった。しかし米の相対取引が合法化された現在でも尚「酒米はその産地から買うもの」という概念が主流であるが、トレーサビリティも重要視されて来ている近年では、良い米を毎年確実に一定量得る為に、何処の米か分からない農協に頼らず契約農家による栽培を選ぶ酒蔵も増え、今後は原料米も自分達の土地で作り、蔵自体で管理が出来るように為る事から、更に品質の向上が望めるドメーヌ化も徐々に増えて行くのではないだろうか(そしてその向上心から必然的に無農薬や減農薬、有機農業への視点が生まれて行く)。2016年に他界されたシャトー・マルゴー支配人ポール・ポンタリエ氏は生前この様に語った。「契約栽培の限界を認識する必要がある。栽培するのは、契約農家の人間が良いのか、良い葡萄がどのようなものか知っている人間が良いのか。答えは明白だろう。自社畑で納得の行く葡萄を適熟期に収穫するべきである。それ無しに更なる品質向上を目指すのは不可能ではないだろうか」

 というように力強く申し上げたものの、濁り酒(白色/桃色)や発泡清酒、熟成古酒といった今だ特殊な酒に分類されている物を除けば、確かに外観はどれも無色透明に近く同じ様に見える事は否めません。これは「水の如き清涼感(※3)」が上質な酒の条件の一つとされている事に由来します。元々搾ったばかりの酒は緑や黄色を帯びているのですが、その色は米の 旨味 を生むアミノ酸から来るもので、それが多いと雑味と為るため 濾過 をして、その為に香味と共に色も取り除かれるという訳なのです。また清酒は褐色化メイラード反応が進み易い為、視覚を通じて消費者に与える色感がそのまま商品価値に繋がるという点があり(外観が有する酒質評価への影響は約20~30%という)、詰まり黄色に着色した酒は売れ残って熱劣化あるいは紫外線劣化により変質してしまった物と消費者に思われてしまう事から、この「透明化」が広まりました。そしてこの色合いや濁りを肉眼でより厳密に確認する為に、唎き酒用の器「唎猪口ききちょこ」が使用されるのです。

 ※3 「 の如くさわりなく」が良い酒の条件で、上物のワイン、ブランデー、ウイスキーも障りがない。詰まり様々な成分のバランスが取れ、舌にも鼻にも素直であるという事。また飲料は飲み込む時に力が働くが、上級酒は流れるように喉の奥に吸い込まれて行く感覚を覚える。渋くも辛くもなく、味が割れていない、調和の取れた酒を「すべりのある」酒と言うが、上手に醸した酒には「さわりがない」。坂口謹一郎博士の「水のごとくさわりなく飲めるもの」という表現についてご本人は、「太陽の光は七色ある。それが渾然として無色となっているではないか、これが極意だ」と述べ、「さわりなく 水の如き喉ごし 太陽の光が 七色の光を集めて なお無色であるが如し」と歌われた

青と白の蛇の目模様の効果は、黄の反対色である青によって白の部分に黄色がより鮮明に見え、色調の濃淡が確認し易い事。一方青の部分からは白濁の状態が見易く、清澄度が確認出来る。また液面と空間が狭いため香り立ちは穏やかに為り、普通酒や本醸造酒、純米酒などの燗酒に向く

 しかし近年では全国新酒鑑評会(※4)の審査カードにも「色(色沢)」の項目が無いそうで、無色透明に近いほど高評価を得られるという事も無くなったようであります(※5)。J.S.A.SAKE DIPLOMAの試験では、清澄度と濃淡に加え、宝石等に喩えるワインの様に「クリスタル/ゴールド/シルバー/グリーン/イエロー/トパーズ/オレンジ/ブラウン」の中から選んで解答する事になっています。因みに、伝統的な表現に「冴え」という、美しく澄み切った光沢を指す言葉が有り、特にほのかに緑がかったものを「青冴え」と言ったりするそうです(新酒は青冴えだが、古酒に為ると赤みが増して来る)。又「照り」という、山吹色のつやを表す言葉もあります(人の素肌と同じ様に、同じ色でも艶の有無で大きく変わります)。一方これらとは逆に「ぼけ」という、混濁が見られるネガティヴな表現もあるそうです(※6)。既に「超高齢社会」に突入したこの国では、高齢者数の増加に比例して認知症患者も増加しています。是非とも脳内混濁のボケ防止も兼ねて、感覚を澄まして言語化しながら旨酒に恍惚・・と為って頂きたいものであります。

 ※4 政府が後援して全国規模で催される唎き酒会の存在は日本のみで、明治44(1911)年の第一回から百年以上の歴史を持つ。フランスやイタリアでさえこの様な鑑評会は無い。これは専門家の評価からの技術向上が主目的である為、金賞を取る酒の輪郭が決まっていて、それにきちんと沿った物が賞賛を受ける。個性の闘いではないからこそ、蔵人の技術力の高さを測る事が出来る。フィギュアスケートに喩えると、規定種目において細部まで完璧に制御し、且つそれを審判達の前で如何に巧みに見せられるかという能力の様である(一般客は目にも留まらぬ速さや驚くべき技が披露されるフリーの演技の方を好む)。但し新酒ゆえ春に行われる事から、春に飲み頃に為る酒、即ち熟成を必要とせず、口に含んだ時に分かり易い華やかな香りの酒が有利と為る嫌いがある(春先の上っ面の味の良さに主眼を置くためしっかりとした造りをせず、香り酵母を使い手抜きの醸造が出来る)。因みに、出品酒を別名「喧嘩酒」と言ったりするのだが、無名の蔵でも金賞を取れば一躍注目を浴びるし、大手の蔵で賞から漏れれば面目を失う。故に各蔵では精魂込めて大吟醸酒を仕込む為、この季節杜氏は「胃が痛い」のだとか。なお学校教育と同じでワインは加点法、清酒は減点法で評価される為、「何処が悪い」「此処が足りない」と点を引かれ、清酒の世界では満点の酒は中々無い(実際、独立行政法人酒類総合研究所が作成した清酒のフレーヴァーホイール〈→https://direct.hpc-j.co.jp/page/seishu〉は好ましくない表現が多い。一方、ワインはプラス評価の表現が多い。粗を探して人や物を評価する遣り方は、欠陥の無い同一製品が求められた高度経済成長期には良かったかも知れないが、今の国際化時代において評価されるのは創造性や独自性、即ち テロワール の概念である。100点から始まる減点法から0点から始まる加点法に移行して行かなければ、清酒の世界、延いては日本という国に新時代は遣って来ないであろう(※7)。実際、秋田県新政酒造八代目蔵元佐藤祐輔氏の破天荒が業界の注目を浴びている事を想起されたい。因みにご本人は次の様に仰る。「やはり我々が先人の力で純米吟醸で食えているので、何か後生の為にもですね、新しい種を残すべきだろうと思って色々やっているんですが、それを傍から見ると、とっ散らかったもののように見えるんです」)

(参考)全国清酒品評会(1907~1938)では優劣を決めるのが主目的で、その初期は、酒は燗で飲むものだからとして、最終審査に残った物のみは燗を付けて比べられた。しかしこの良法も第五回以降は行われなくなってしまったという

 ※5 「透明感のある」可能性 ①精米度の高さ(米は芯の方が色が薄い、50%では色有り〈品の良い黄金色〉) ②活性炭 濾過

対し 「黄緑がかった」可能性 ①精米度の低さ ②濾過を余りしていない(「澱がらみ」なる無濾過の特長は微炭酸、パイナップル香、複雑で量感のある味) ③数年経過、熟成(土、茸、スパイス香)

 ※6 精白と糀の力のバランスの欠如から生じる蛋白分解力不足を「蛋白混濁」又は「白ボケ」といい、詰まり酵素蛋白の熱変性により発生し、昭和三十年代に問題に為った。「囲桶で早々に濁る。綺麗な酒でも瓶詰めして温度が冷めると白くボケる」とは、昭和初期から酒造に従事された丹波杜氏の小島喜逸氏のいい

 ※7 減点法に毒された日本人は人を褒める事が苦手で、常に人の粗探しをする傾向にある。そしてその煩わしい他人の視線によって日本人は個性を発揮出来ず、縮こまった生活を強要されるのである。生徒を減点する事が仕事の筆者にはもう無理だが、先ずはその人の好い所を見るようにすれば、少しはこの世界も好く見えるのではなかろうか

 (参考)精米歩合の高さと酒の美味しさは別。米を削って行くと米本来の性質が少なく為って行くため綺麗な淡麗辛口だけで、どの地域、どの蔵元で造っても味が似て無個性に為る。吟醸酒信仰の起源は全国新酒鑑評会にある。俗に唎き酒は「舌先一寸でみる」と言い、酒を飲み込む事は無く直ぐに吐き出す為、舌の奥で感じる苦味や嚥下えんげした時の感触を捉え切れず、また一日に数百点も唎く為、どうしても味の奥深さや含み香の涼しさよりも上立香の華やかな酒の方に点を与えてしまいがちになる(※8)。これに加え、元々米を良く磨いた酒は極一部の関係者しか飲めない物だったが、その存在が一部の愛好家に知られグルメブームで火が付いた。こういった背景から各蔵元は鑑評会で結果だけを求めるように為り、金賞を取る事に躍起と為った。即ち酒の個性が画一化され、非常に似通った物が多く為った(※9)。こうした 吟醸 香や活性炭素による脱色における極端を奨励した恨みは確かにあるが、それでも鑑評会が齎した酒造における技術と素質の向上の功績は大きい。加えて、江戸時代以来の本場である灘・伏見の名声に圧せられて世に知られなかった地方の酒が続々と掘り出された事も見逃せない

 ※8 この膨大な量の試飲に対し、「これでは酒の良し悪しよりもテイスターの感覚の良し悪しを測るようなものだ」という手厳しい批評も御座います。確かに未熟者の私なんぞはほんの十種類程度でも舌がピリピリ痺れ、二十種に至ればバカに為るのみならず、神経も疲弊して正しい評価が下せません

 ※9 俗に言う「YK35」の台頭(Y:山田錦、K:熊本酵母、35:精米歩合35%)。とは言え、矢張り金賞蔵は普通酒も良い。弁慶の蔵元の山本長利氏曰く、「一般酒をわるくつくって、吟醸酒だけをよくするなんて、そんなことはできませんわ。杜氏さんの腕として。そりゃ技術ですからね。そんな器用なことはできません。」但しこれは、普通酒を桶買い(→生一本)したり、コンピューター制御で造ったりする大手には当て嵌まらない所もある

本日の箴言

 競争の世の中、コンクールがあるからには負けていられない。自分の力の最も端的な発現の場であるし、ここで磨いた技能が他の酒の品質向上になるからである。

秋山裕一『日本酒』

記念日の一本

窮極の酔心 大吟醸(精米歩合30%、兵庫県産山田錦100%)(日本酒度+3、酸度1.2、アミノ酸度1.0、Alc17%)

 仄かに黄金を帯びた淡いイエロー。青林檎や青竹、またコリアンダーシードや上新粉といった、心まで澄み渡るような鮮烈で爽やかな高い香り立ちと共に、メロン、桃、マンゴスチン、そして金木犀の香りが厚みを添える

 中甘口で酸味は低めの、17%のアルコールに支えられたミディアムボディ。余韻は長め。吟醸 の香味を活かす為にも、冷やし過ぎず15℃前後、瓜実型 グラス

 超軟 水 仕込みからか、雲の様に限り無く柔らかいテクスチャー、或いは無疵むきずな球体の水晶の溶液を飲んでいるかのような感覚に恍惚と為る

日本画壇の最高峰、横山大観が「酔心」を愛飲していた事は昔から酒好きの美術家連の話題に為っていた。そして画伯はこの酒が非常に濃厚な為、酔心の主人から「一升に二合迄は水でもお湯を混ぜても味が変わらない」と聞いて薄めて飲んでいた。広島から上京した主人が、戦火で焼ける前の上野不忍の広壮な大観邸を訪問した時、酔心を「少々甘口だが良い酒だ」と言われたのに対して、「それは光栄です。これからはお買いにならないで下さい」と答えて、蔵元から四斗樽や壜詰め直送するように為った。それ以来、酔心本舗へ絵を毎年一作ずつ寄贈したのが溜まりに溜まって酔心芸術館が出来上がった(⇒https://www.kuramotokai.com/kikou/56/treasure

窮極の酔心 (amazon)

広島県:酒類総合研究所が在る現代清酒のメッカ、柔らかい女酒の芳醇な甘口系。合わせるべき郷土食はコチラ⇒http://kyoudo-ryouri.com/area/hiroshima.html

“第三十瓶 清酒の味わい方(外観)” への2件の返信

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