第二十四瓶 ワインの亜硫酸(二酸化硫黄SO2の俗称)

 健康をお題目にして話を進めて参りました上は、人々がまるで悪の権化か、でなければ年齢と共に増える小皺こじわか何かの様に忌み嫌うこの物質についても語らねばなりますまい。そして偏見というものは、言わば固く強張こわばる肩凝り。少々手荒く為るかも分かりませんが、力を込めて揉みほぐして差し上げましょう。

 先ずは結論から申します。これはワインにとって必要不可欠な添加物で、この酸化防止剤が無ければ現代ワインの品質は存立し得ません。ちまたでは今だに亜硫酸無添加ワインが持てはやされているようですが、残念ながらこのSO2無しに付加価値の高いワインを造る事は出来ません。もしワイン産業の根底を支える技術を一つだけ選ぶとすれば、それは硫黄を燃やして発生させた気体の持つ、ワイン変質防止効果の発見とその応用だと言われています。この気体即ち亜硫酸ガスが の消毒に使われた事は詩聖ホメロスも歌っており、古代ローマではアンフォラの殺菌に使われました。誠に古代の人々はワインを如何に長く持ちこたえさせるかに苦心しました。彼等はワインの酸化を防ぐ為、樽のワインは常に口元まで満たし、補充ワインが無ければ石を入れてでも満量にしたり、壺に貯えたワインの上にオリーヴ油を垂らしてその油層の下から汲んで飲んだりしました。そして盗飲防止用の密栓がやがて品質保持の松脂まつやに(※1)や石灰による密封と為って現在のガラス瓶とコルク栓に引き継がれる事に為り、先の雑菌繁殖防止用の硫黄燻蒸くんじょうガス(※2)がワインに溶け込んで脱酸素剤として活躍する事に為るのです。

 ※1 古代で一般的に使用されたワインの保存料。樹脂は保存料として貴重だった為、東方の三博士マギもイエスに乳香にゅうこう没薬もつやくを献上した。現在はギリシアの松脂入り白ワイン「レツィーナ」として残り、国民により愛飲されている(希少なロゼは「コッキネリ」という名称)

 ※2 実際の作業場面はコチラに⇒お役立ちワイン映像集の“Pop the Bubbly! How Champagne is Made!”(0:48~1:09)。この、固体の「メタ重亜硫酸カリ」の燃焼による樽使用前の衛生処理法も含め、破砕/澱引き/濾過のタイミングでボンベ等に充填されたガスや化合物の水溶液という形で「二酸化硫黄」又は「無水亜硫酸」は利用され、ワイナリーのスタッフは毎日の様に繰り返しSO2の中で作業している。確かにSO2の濃度や晒される時間によって軽度の気管支炎はあれど死ぬ事は無い

 こうして古代より使用され続けて来たワイン中の亜硫酸は、数千年に及ぶ人体実験の結果、既にその安全性は証明されています。それでも「人生は何事も経験。ワインのSO2の有害な影響を体験したい」という私以上のへそ曲がりの方は居らっしゃいますでしょうか? 頑張って下さい、その為にあなたは1日30本以上のボトルを飲み干さなければなりません。そして四日市喘息ぜんそくの症状が出るかなり前に、アルコールによってあなたは病院送りになる筈です。確かにお医者さんは、喘息患者に対して「SO2高濃度ワインは避けた方が良い」と言うでしょう。そして日本においては食品衛生法第11条でワイン1L当たり0.35g未満という規定がなされているのですが、はて、これは多いのか少ないのか? 他国と比較してみましょう。アメリカは日本と同じ、オーストラリアは細かく甘口は0.35g、辛口は0.25g、EUは更に細かくなるので主要タイプに絞って極甘口は0.40g、甘口は0.35g、辛口白は0.20g、辛口赤は0.15g未満と義務付けられています。まだピンと来ませんね。身近な物を挙げましょう。漂白/脱色にSO2を使う干瓢かんぴょうは100g当たり0.5gと多く、ドライフルーツは0.2g、一袋で白ワイン一本分って感じ。フライドポテト一人前に至っては1.9gと、いやはや何という恐るべき量。コーラ1缶0.35gでも日本ワインの規定ギリギリアウトという具合です。因みにこの0.35gという量は、普通の大人が1日1本80年飲み続けても問題無い量で、しかも実際はこの半分以下が一般的、加えてSO2はO2酸素がワイン成分と反応する前にワイン中のO2と結合してくれる為、月日と共にその量は減少します。更に、このもはや無効と為った「結合型SO2」でない、酸化防止剤として有効な「遊離型SO2」は揮発性が高い性質からグラスに注ぐ間も減り、のみならず デカンタージュ やスワリングでも気化するので、最終的に我々の口に入る時点では気にするのも愚かしい程の少量に為っています。(因みに、嫌気的なスクリューキャップより好気的なコルクの方が当然SO2量は多いです)

 という訳で、赤ワインによる頭痛を亜硫酸の所為せいにしている方、残念ながらその可能性は極めて低いです。確かにSO2が体内でヒスタミン放出を誘導する可能性は指摘されておりますが、先程数字で示しました通り、抗酸化物質である酸とタンニンを含むお陰で、赤のSO2含有量は白より少ないのです。「じゃあ一体なんで? 肩凝り、ストレス、体の歪みが原因?」 いいえ、今はワインの話をしておるのです。専門家に拠ると、赤による頭痛は小数の人にあり、それは発酵過程で乳酸菌が生成するアミン類の一種が原因で、それを分解するのに特定の酵素が必要なのですが、その活性度が低い人が頭痛を引き起こすという事らしいです。このアミン類はフルボディの赤に多く、白にはほとんど無く、又これは同じ過程から造られる漬物やチーズにも含まれているそうです。兎に角、SO2が駄目なら温泉卵も駄目で、通常の食品添加物の方がよっぽど体に悪い物が多いという事を、一般消費者は知って置く必要があるでしょう。それは消費者基本法第7条にて、「消費者は、自ら進んで、その消費生活に関して、必要な知識を修得し、及び必要な情報を収集する等自主的かつ合理的に行動するよう努めなければならない」と定められている通りです。

 確かに「SO2無添加」は「安全」ではありますが、必ずしも「美味しさ」を意味する用語ではありません。優良な生産者はこの表示が無くとも多かれ少なかれ有機を実践しており(※3)、逆にあからさまに「無添加」や「ビオ」を強調する、健康志向に便乗したワインは余り美味しくない事の方が多いです。これらはSO2を加える代わりに熱を加えて殺菌処理をする為、無残な風味を呈し易いのです(※4)。またSO2が無いワインは言わば賞味期限が短く、早期の内に、グラスに注いだまま一、二日放置したワインのえたような風味に為ります。酷いケースだと、開栓時には既に酸素や雑菌に侵されて劣化している事もあるそうです。「ではSO2添加技術が無かった頃は良質ワインが無かったのか?」と問われれば、答えは「否」。技術に頼り切っていない、より酸素の影響を受ける自然な造り方こそがワインの質を強化・向上させます。現在でも、葡萄が極めて健全で、pH値などが理想的で、限りなく慎重な醸造をした「無添加ワイン」は素晴らしく、例えばワイン造りの起源と言われているクヴェヴリワインは完全手造り、完全無添加(⇒旨味のオレンジワイン)、また元祖ニュージーランドのカルトワイン「プロヴィダンス」は、農薬・化学肥料一切無し、勿論亜硫酸無添加、更に天然酵母(※5)に無濾過という、銘柄通り「自然の摂理」から造られたような極上品です。しかしこれらは例外中の例外と言うべきでありましょう(無農薬や無添加といったものを手放しで褒める前に、どれだけ脚色が為されているかは存じませんが、「奇跡のリンゴ」という映画をご覧になってみて下さい〈病害との格闘やフカフカな土を食べる場面などは葡萄栽培に通じるものがあります〉)。亜硫酸は祖先の叡知。これからは見方を逆にして、「長期熟成が必要な高品質ワインにする目的でSO2を添加する」と捉えてみては如何でしょうか。そして人が先天的に有するアルコール分解酵素(アルデヒド脱水素酵素2ALDH2)が少ない日本人(※6)は少量しか飲めない分、良質なワインを飲もうとします。「少量」且つ「良質」、そんな私達がSO2に悩むなんて、折角の美味しいワインに無味乾燥な知識を持ち込むなんて、野暮な話だと思いませんか? 勿論「美味しさ」を求めず、思想や信念でワインを飲もうというのならば話は別ですがね。

 ※3 因みにアメリカ政府の有機ワイン定義は、1L当たり0.1gのSO2しか認めていず、これは0.35gまで許可される通常ワインとは相当な開きがある。そしてその上は「有機栽培葡萄からのワイン」と「亜硫酸無添加ワイン」が出て来る。ラベルから「亜硫酸含有」の文字を外すには0.01g/L以下だが、醸造過程で全くSO2を添加しなくとも、酵母が発酵中に副生成物として0.005~0.015g/L作り出し、結果SO2量はこれを上回る事になるため必ず表示される事になる。したがって「無添加ワイン」と言えどもSO2はゼロではない訳で、それはただ単に「人工的に添加していない」という意味に過ぎない

 ※4 本来ワインは熱処理をしない(濾過〈フィルターや遠心分離機〉により除菌・・する〈香味成分も除去され得るが〉、加熱は殺菌・・)。確かに熱処理をすれば劣化はしないが、その代わり熟成もしなくなり、風味の成長というワインの醍醐味が味わえなくなる(SO2無添加ワインについて、ワシントン州レッドマウンテンAVAに在るHedges Family Estateの醸造長Sarah Hedges Goedhart女史は「日焼け止めをしないで火傷するようなもの。女の子が素敵な女性に成長するのを止めるようなもの」と表現し、ジュラ地方のナチュラルワインの大御所ステファン・ティソ氏は「単一畑の細やかな テロワール 表現には、極微量のSO2が必要」と仰っています。又、「テロワールの個性が輝く瞬間をSO2によって写真の様に保存する」という言い方をする生産者もいるようです。余談ですが、ミサ用の赤ワインは「神が葡萄の内に成熟させ給いし通りのものたるべし〈1403年公布アルザス・リボーヴィレ条約〉」と言い、混ぜ物無しの天然物でなければならない規約があるのですが、当然長持ちしないうえ余り旨くない)。加熱技術方法は温度(高/中)と時間(長/中/短)により幾つかの分類があるが、いずれも熱による香味分子の破壊を引き起こす為、低級の早飲みワインにのみ使用される。この過程を「低温加熱殺菌法パスツーリゼーション」と言い、ビールや牛乳にも利用されており、日本酒で言う「火入れ」(参考⇒)と同じ作業である。この方法は1866年に微生物学の祖ルイ・パストゥールが発表した(この発酵性液体の保存法発見の背景には次の様な悲しい話が伝わっている。ヨーロッパでは19世紀迄は水を飲むくらいならシードルかビール、ピケット、ワインを飲む方が得策だった。それはカロリー補給のみならず、川や井戸の水が媒介する腸チフスといった伝染病から身を守った。そしてパストゥールはそれで十歳の娘を失った)が、実は日本ではその約三百年前の室町時代から同様の殺菌法が行われていた(というのは殆どの日本酒関連本が強調するところである)

 ※5 長年の農薬散布が自然酵母を殺してしまった結果、人工的な培養酵母が使われるようになった(酵母による風味の違いはコチラ⇒澱(フランス語 Lie リー)

 ※6 日本人の約四割は体質的にアルコールに弱い事が分かっている。これは遺伝子に由来し、鍛えれば飲めるというものではない。この世界にはアルコールに強い人種と弱い人種が存在し、前者はコーカソイドやネグロイドで、後者は日本人が属する新モンゴロイドである。しかしながらこの事は人種的に優れている事を意味せず、逆にアルコールの乱用に対する生理的な抑制効果が作用する為、欧米人に比べ日本人の方がアルコール依存症が少ない傾向にある

〈参考1〉SO2のワイン構造における働き

①有害微生物の殺菌、増殖阻止(腐敗、特に甘口ワインの残糖による再発酵防止。貴腐 ワインでは貴腐菌が葡萄の皮に開けた穴から酸化が進み、ワインが酸化傾向に為るためSO2によってフレッシュ感を戻す)

②ワイン醸造工程及び製品における酸化防止作用

③赤ワインの果醪かもろみにおいて、葡萄果皮からポリフェノール(色素その他)の抽出促進

④ワインの清澄効果

〈参考2〉SO2の使用量を必要最低限にする方法

①健全な葡萄の適切な熟成期における収穫

②醸造所までの運搬時間短縮もしくは冷却処理

③早急な破砕と圧搾

④果汁やワインのpHを低く保つ事

⑤醸造における適切な温度管理

⑥醸造環境の衛生管理

〈参考3〉Vin Nature「自然派ワイン」

 畑の土がふかふかで、化学肥料無しのため様々な雑草に覆われ、葡萄樹は雑草との生存競争に晒される。そして敗れる樹も多く、生産量は一般の半分以下。また自然の成り行きの醸造は時間も掛かる(高邁な理想主義者のため倒産し易い)。非自然派は魅惑的な香りを付ける培養酵母が使われ、香味が派手ではっきりするが、自然派は天然酵母に加えて好気的な醸造環境となる為、第2 アロマ の無い複雑な香りのまとまりで一つの香りに突出感無く、第一印象にも欠け、強さも控えめで捉え難い。またノンフィルターにより外観の美しい色、輝きも少なめだが、その分旨味を伴う。良く耳にする「ビオ臭」とは、パーマ液の様な還元臭で、味を固くし、粘膜を刺激し、頭痛の原因にも為り得る酸化防止剤をほとんど入れない為、極力空気に触れないように造る事から発生する。従来の物より自然により近い生物なまもの的ワインのため14℃以下で保存。2020年フランス当局(DGCCRF)は、主にロワール渓谷の自然派ワイン団体(SDVN)の働き掛けを受け、この曖昧な用語に対し Vin méthode Nature なる定義を制定。その概要は「①100%有機認証葡萄の手摘み ②天然酵母による発酵 ③濾過など、ワインに大きな変化を与える作業不可 ④添加物使用不可 ⑤SO2無添加、もしくは瓶詰め前に0.03g/L迄の添加 ⑥葡萄の人工的育種不可」というもので、今後「自然派」の造り手達がこの基準に沿ってワイン造りを行う事になると予想されている

〈参考4〉自然農法の種類

・ビオロジック:有機農法、オーガニック。無農薬、無化学肥料

・ビオディナミ:ビオロジックを基に、天体の動きなど生体エネルギーを取り込んだ農法

・リュットレゾネ:必要最小限の農薬を使用する、減農薬農法。ナチュラルワインとは別

・サステイナブル:環境保全型農法。畑のみならず森林などの自然環境を持続させる農法。産業を発展させ世界を豊かにし、未来永劫に亘り持続可能な社会や生活構造をも意味する。詰まり、主目的は子孫への遺産であり、品質の良さは副産物的な要素。畑は必ずしも有機農法とは限らず、リュットレゾネである事が多い。ナチュラルワインとは別

本日の箴言

 昔から続いてきたことは、理由はわからないことでも深い意味があると思う。たかだか四十年しか生きていない人間が、それは違う、と言えるのだろうか。

河合香織『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』

記念日の一本

Providence (Matakana, New Zealand)

 ニュージーランド北島マタカナにワイナリーを構える、NZ最高ワインの一つ。除草剤・化学肥料・殺虫剤は使わず、自然に還元可能な有機肥料により育てられた葡萄のみ使用。全て手摘み収穫で、そのタイミングは数値分析に頼り切らず葡萄を食した上での直感も。天然酵母による発酵で、亜硫酸無添加のリスクを補う為、発酵中は昼夜を問わず四時間毎に撹拌して雑菌の繁殖を抑制。無濾過のみならず自然の重力によって瓶詰め、無論酸化防止剤・保存料一切無し。一貫して自然に任せる姿勢を重んじる造り手。但し、確かにワインには亜硫酸は添加されていないが、ワイナリーの醸造器具や、樽から壁や床に飛び散ったワインなどを拭き取る時は全て亜硫酸を使っているという。これは詰まり亜硫酸の意義を熟知している事の証である。因みに2006年シラーには極めて少量のSO2を添加したという。そして理由は「亜硫酸を添加したらどうなるのか、試してみたかった」のだと。一般とは姿勢が逆ですな。結果、今迄と然程変わらなかった為、2007 ヴィンテージ 以降は相変わらず無添加のまま

シンデレラワインとは言え、お高くとまったどこぞのワイン達とは違いまだ何とか手に入れられる価格を維持。早めに買っとこうか知らん

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