第十三瓶 テイスティング本番前

 試飲において、我々の目は状態を観察する為に、鼻は風味を感知する為に、そして口はその成分・構成を測定する為に有るのです。「どうしたらこういう色香味になるのか?」と問うて「寄せて行く」のがテイスティングの正当な姿勢で、決して「当てに行く」のではありません。そして一つ一つ可能性を消して行き、最後に残ったものが答えと為る、という具合です。しかし言うは易し、どんな熟練者でも中々巧く当てる事が出来ないのはご存知の通りです。ソムリエ達は記憶の引き出しの中に詰まる、過去に試飲したワインの情報・データと瞬時に比較・照合してワインの判断・特定を行うのですが、実際経験を積むほどその引き出しが増えて情報量が多くなり、その分逆に混乱を招くという事態に遭遇します。しかしワインは情報戦なのでより大量に情報収集する必要があり、その「引き出し」を巧みに熟せる人が優位に立つのです。しかしソムリエの皆様は、サービス業という背景もあるのでしょうか、情報を独占しようなどという事は無く、みんなで分かち合って進んで行く姿勢をお持ちでいらっしゃいます。個人的な話になって恐縮ですが、このワイン業界の「開放的な情報の交換と共有」が、閉鎖的になりがちなお堅い塾業界にはない素晴らしい所だと思うのです。

 上達の近道は自分よりも経験を積んだ人と行う事と言われます。それは、香りは個人の経験と記憶で大きく印象が異なるのですから〈復習はコチラの(追記)より⇒ワインの味わい方 ー葡萄酒との対話ー〉、お互いにコメントを交わし、それを通してズレを修正し、同一単語に為るよう自分の基準に調整を掛け、ブレないよう一貫した繋がりを持たせる為です。飽く迄テイスティング用語は色々な人との対話をする為に在るもので、其処で人と物差しが全く違うのはおかしい事になりましょう。人は間違いと修正を繰り返し進歩して行く生き物です。表現の共有を恥ずかしがっていては先に進む事は出来ません。例えば、と或るワイン教室では「白はリンゴ」「赤はブルーベリー」を基準にし(判断チャートは前稿よりどうぞ⇒テイスティング実践)、それより軽いか重いかで南北感を絞っていて、それも宜しいかと思います。又は、先ずは印象を基に分類に分けてから用語を特定するのはWSET式(一覧表はコチラの最下部に⇒ アロマ)で(例えば柑橘類→レモン、黒系果実→ブラックベリーなど)、慣れる迄はこれを使うと明確な区別が出来る筈です。どちらにしましても、しっかりと自分の基準を持つのが大事で、その為にはワインの香味を忘れないよう定期的な飲酒が必要です〈勿論飲み過ぎにはご用心。「バッカスはネプチューンよりもずっと多くの人間を溺死させた」とはガリバルジーの言葉。アルコールの害についてはコチラ⇒ワインと健康(白ワイン編)〉。ついでに早い上達の為にもう二つ、自分好みの品種に一途にならず浮気をする事(常に客観的な視点を持ち続ける事)、そして身銭を払う事です(悲しい哉、無料だとないがしろな姿勢が生まれ、貪欲に学ぼうという気持ちが損なわれます。とは言え、実際お金の話をせずにワインに関わる事は不可能ですが…)。

 注意が必要なのは、多少慣れて来ると自分の味覚を信じ込んでしまい、「美味しい」と思ったものを高級品として判断してしまう事です。良くTVで芸能人が陥りがちなアレです(きっと高くて美味しい物ばかり召し上がっているのでしょう、羨ましい…)。ワインにおいては、基本的に値段と質は比例しますが、値段と好みは比例するとは限りません。好み、即ち「美味しさ」は主観的なものですので、必ずしも価格に見合うとは限りません。寧ろ安価な方が構成要素が少なく分かり易いため「飲み易い(※1)」のであり、高級品は多くの要素を有し(※2)飲み頃(※3)を迎える迄に時間が掛かる為、早い段階で開けてしまうと 渋み が強かったり、味わいに纏まりが欠けていたりと「飲み難い」為、ああいう事が起こってしまう訳です。確かに本番は緊張するでしょうが、一歩身を引いて落ち着いて、自分の感覚を客観視して謙虚な姿勢で臨むと良いかと思う次第です。失敗しても気に病む勿れ、何せ相手はまだまだ謎の多い酒という神です。ワインは科学的真実の枠には収まり切りません。自然の為す業は神秘に包まれていて、人はそのベールをどれほど取り去ったと言うのでしょう。何事にも絶望する必要はありません。私達は「人類はまだ若い」という事実を肝に銘じて置く必要がありましょう(と言いながら、お気に入りの品種を外した時は二週間は立ち直れません…)。

 ※1 日本での褒め言葉ではありますが、矢張りどうしても意味が有るとは思われないこの表現の乱用は避けましょう。使うのであれば「 の要素が少なく」「スムースで」「酸が少なく」「渋み が少なく」「果実味が豊か」、だから飲み易いと、その理由を付けてあげると良いでしょう。因みにこれは特徴が少ないと言っているのと同じで、非常に日本人的な表現と揶揄されます(海外では逆で特徴的な面が好まれます)

 ※2 良質になるほど酸と糖、ミネラル と色素、タンニンと風味を構成する全ての化合物が未分解の複合体として含有されます。ジグソーパズルが良い例で、始めたばかりの時はピースが少ない物を選びますが、より慣れて上達して行くと、それだけピースが多く複雑な物を好むようになります。ですので高級ワインの味を本当に理解するには相応の経験値が求められます。特に「偉大」と呼ばれるワインは、手に負えないほど多くの変動要素が存在する中で、細部へ無限にこだわり抜いた結果として生まれて来る物の為、飲み手を選ぶ事は明らかです(参考⇒マルゴー事件) 

 ※3 熟成ポテンシャルがある高級ワインには発展していくだけの充実した果実味、そして強い酸味と渋いタンニン量が必要で、十分に慣れていない飲み手が不味く感じるのは必定です(参考⇒ヴィンテージ チャート)。味覚は年齢や経験によって進化する為、ワイン文化の無い国の人々がワインに開眼して行く過程は「甘→辛(白)→赤(軽)→赤(重)」の順と言われています。即ち、慣れない酸味や 渋み を経験していく内に複雑な(大人の)味を学習し、好きになり、求めるようになって行くのです

本日の箴言

 自我を超えた現象としてワインを味わう事、テロワール の表現としてワインを味わう事、それこそが大人の味覚、共同体と結び付いた味覚、子供っぽさから卒業した味覚の表現なのである。

ジョナサン・ノシター

平日の一本

Cirò DOC Rosso Classico Superiore (Alc13,5%, Cantine Lavorata, Calabria, Italy)

 イタリア半島最南端、長靴の丁度爪先に位置するカラブリア州。JSA教本によると、「古代にはカラブリア・ワインの名声は非常に高く、ギリシャ人がイタリアを『エノートリア(ワインの大地)』と呼ぶようになったのは、カラブリアのイオニア海岸沿いのブドウ畑を讃えてのことであった」とある。そしてこの州で最も有名なチロ(今では見る影もない村らしい)、土着品種ガリオッポ(Gaglioppo:ギリシア語で「美しい脚」、葡萄の茎部が美しい為と言う)の赤は繊細で香り高く抒情的なワインとして知られている。

・2014:淡いガーネットで粘性は強め。栗樽由来なのか、独特でエキゾチックな蠱惑香:ダークチェリー、ブルーベリー、黒胡椒、薔薇。樽 による丁子、トースト、モカ、ヴァニラそして焼き栗、また MLF によるクリームっぽさも感じられ、その全てが華やかさを土台に結び付いている。味わいは、柔らかな果実味と、しなやかで明確な酸が潤いのあるテクスチャーと共に口内を満たし、滑らかなタンニンが程良い余韻の中で奥行きを生み出す。ミディアムボディの非常にお買い得な良質ワイン。デカンタージュ 不要(果実味が飛び酸化が進む)。瓢箪型 グラス、16~18℃で。ローストチキンとの素晴らしい相性(焦げ風味の同調)〈2018年3月〉

・2015:紫を帯びたやや濃いめのガーネット、粘性は強め。黒紫系ベリー主体(ブルーベリージャム、カシス、ブラックチェリー)、黒スパイス、樽による丁子とヴァニラ。時と共にプラムやトースト、香ばしい焼き栗の香り。充実した果実味、しなやかな酸味、程良く口内を拭うヴィロードの様なタンニン、ミディアム(+)ボディの若々しくフレッシュな旨さ。’14の如きエキゾチックさは無いが、全体の要素が一つ上の段階で纏まっている。色調もより濃く、熟成させると面白く為る筈。’14の官能性はピノ的だったが、’15のしなやかな骨格はカベルネ的〈2018年3月〉

古代オリンピックの勝者にはカラブリアのクリミサなるワインが授与されたが、これはチロの祖先に当たると言う(クレミッサというバッカス神殿のある古代ギリシア都市がチロ付近に存在していた)

・2016:発展状態を示すオレンジを帯びたやや濃いめのガーネット。粘性は中程度。妖しい香りの第一印象:ブラックチェリー、カシス、シダ、黒胡椒、そして革、ジビエの第3 アロマ は時と共に馬小屋や厠へと発展して行く。スワリングで第1アロマが上がり、加えて第2アロマのカカオやヴァニラが現れる。しなやかなアタックから中程度の肌理細かい酸とやや強めのヴィロード様のタンニンが心地良く口内を引き締めると共に奥行きを添え、瑞々しい蜜の様な甘味と濃くを与える苦味がミディアム(+)ボディを構築する。13,5%のAlcの温かさとスパイシーな刺激も良いアクセントを生んでいる。余韻はやや長め。16~18℃、瓢箪型グラスで。第1、2,3の特徴がバランス良く現れて複雑さを生み、正に飲み頃。まだ数年の保存は可能だが、このワインの主要な魅力である第1フレーヴァーが熟成によりこれ以上失われるのは避けたい。すき焼き(ワインの酸化熟成による醤油っぽさが メイラード反応 を経たすき焼き風味に合う)やモーツァルト交響曲第40番ト短調KV.550(共にしんみりとした感情を喚起する)との相性。ヴェールを被る中東美女を思わせる、小麦色の素肌のスレンダーな肢体が舌の上で妖艶に舞踏する。曾てギリシアからの船を降りたトルコの港で聞いた、抒情的なアコーディオンの楽音を思い出す。〈2020年4月〉

・2017:赤色が落ち始めた濃いめのガーネット。赤プラム、ブラックチェリー、ブルーベリー、シダ、牡丹、黒胡椒、そしてクローヴにほんのりヴァニラ。新鮮な果実感とややミディアム(+)の酸味、流れるようなタンニンのミディアムボディ。チャーミングな赤い果実感と高めの酸が若々しさを生み、陽気さと共に次の一杯へと進ませる。もう1,2年寝かせれば官能性が現れるだろう。〈2020年5月〉

〈追記〉余りにこのワインが私の気に入った為、2つの疑問点をメールで直接造り手に聞いてみました(以下意訳、回答は Lavorata家の Danilo Lavorata氏)

 Q1. ラベルの絵はミケランジェロ?

──その通り。我々のイタリアという領土を想起させる、イタリア芸術のラベルを使いたかった。(JSA教本にある通り、イタリア南部は地理的に隔絶されていて閉鎖的ですが、素朴さをも感じさせる表現です)

 Q2. 栗の樽とは初耳ですが、何か哲学でも?

──栗の樽はワインの熟成に適しており、我々は1100Lの物を使っている。イタリアにおいて栗の木は広大に生育しており、且つ、特に南イタリアでは高品質な木材でもあり、本来のワインの性質を維持出来るからである、勿論他のバリック等の樽も尊重してはいるが。

 親切にも、将来もしイタリアに来る機会が有れば、セラーにて個人的に全ての過程を説明して下さるとも仰って下さいました。たとえ社交辞令だとしても(内実の伴わない空々しさは言葉からは少しも感じません)、この様な人との温かい繋がりが生まれるワインは本当に素晴らしいと、改めて心に沁みて感じました。

“第十三瓶 テイスティング本番前” への105件の返信

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