第二十九瓶 清酒の国際化

 本当のところを申しますと、清酒をワイン的視点から捉えようとする試みは別に私独自の発想でも何でもなく、日本ソムリエ協会の手法を拝借したものであります。やや長く為りますが、次にJ.S.A. SAKE DIPLOMA教本からの文面を引用致します。

 日本酒について、従来の解説やコメントをみると、科学的に芳香成分を分析したものから、概念的・抽象的な言葉で短く表現したものなどさまざまで、その表現手法や用語の使用について統一されたものを見つけることはできない。これでは別々の媒体でコメントされている複数の日本酒を比較して香りや味わいなど特徴の違いをイメージすることが非常に困難だといわざるを得ない。一方、当協会が永年手がけてきたワインのテイスティング分野には、ご存知の通り国際的に確立されたテイスティング用語が存在し、それらが各言語に翻訳され世界中の異なる言語の人たちとの感覚の共有が可能になっている。日本酒の輸出が増え、国際的な飲料として認知されている現在、そのテイスティングについても国際的な共通言語で発信する必要性がある。

 これでこの島国の酒をワインの様に「国際的な共通言語」で表現しなければならない理由がお分かり頂けたでしょうか? ・・・どうやらまだ言葉が足りないようですので、もう少しお話を付け加えましょう。今より遡って半世紀ほど前の1977年、アメリカで上院特別委員会によるマクガバンレポートなる食生活の指針が公表されました。詰まり「アメリカ人は喰い過ぎで脂の質も良くない。蛋白質や食塩は摂り過ぎ、砂糖は殊に摂り過ぎである。穀類、野菜、果実の摂取を増やし食習慣を変えない限り肥満人口が増え、多くの国民が癌に為る。結果、国民医療費が嵩み国家は破産する」というような内容で、アメリカ人にとって望ましい食習慣、食事改善目標が、昔の日本の食生活そのものであったのだそうです。即ちそれは、世界保健機関(WHO)による2020年版平均寿命ランキング1位の長寿民族たる、世界で最もアンチ・エイジングに成功している日本人を支えて来た発酵食品(※1)を基礎とする伝統的な和食であります。それが理由で日本食が広くアメリカ中に知られる所と為り、それと共にアメリカのセレブの間で健康的な食事に合い且つ健康的な日本酒が流行し、現在はすっかりと定着しました。実際2018年においても日本酒の輸入量はアメリカが最多、そして香港、中国と続きます。そういった、ニューヨークやロンドンを始め世界の主要都市を中心とした和食ブームや日本酒コンテストの新設、そして雑誌などのメディアも手伝い、日本酒への関心と需要が世界的に高まって行く中、2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され(※2)、清酒の海外輸出量は更なる上昇傾向にあります。こうして現在日本酒は確実に世界の酒の一員と為りつつあり、話では日本人スタッフがいないレストランでもSAKEリストが無いと時代遅れのような意識を持ち、ペアリングの理解も広まって来ていると聞いています。また上海ではSAKEはファッショナブルな飲料として認識されているそうです。そんな中で本家本元の日本人が、日本酒を楽しみに来日する方々を迎えるに当たり、広く深く且つ分かり易く説明出来ないなどという事があれば、それは正に「恥」以外の何物でもないでしょう。これでこの島国の酒を「国際的な共通言語」で表現しなければならない理由がお分かり頂けたでしょうか?

 ※1 例えば醤油、味噌、納豆、酢、漬け物、塩辛、なれ鮨、鰹節といった物で、糀菌や酵母菌、乳酸菌、納豆菌などが生成する様々な酵素を摂り入れる事で、消化酵素や代謝酵素が体の免疫力を高めてくれるのである。そして上記の食べ物に合わせたい酒は矢張りワインより日本酒でしょう。特に非日本人が非常に苦手とする「鼻水を啜っているかのような」納豆、これを食べながら飲むと悪酔いしないという伝承が日本各地に残っている事をお伝えして置きたい。その理由は、大豆の持つ高蛋白質がアルコールを吸収する上に、これまた多く含むビタミンB2と共に肝臓のアルコール分解能力も高めるからだという。納豆のネバネバと清酒のヌルンとした感じのペアリング、是非お試しあれ(絶対好き嫌いが分かれます…)。因みに、酒蔵見学に当たっては断じて納豆を食べてはなりません。強力な納豆菌が糀菌を打ち負かし、「ヌルリ糀」とか「スベリ糀」とか呼ばれるものに為ってしまいます。

 ※2 その背景にあった事柄や関係者のご尽力、また現在の活動や今後の展望など貴重なお話はコチラで⇒https://youtu.be/sFPKT2Zp2xw(49:04)(41:05以降の箸文化の話題を返盃へんぱいから更に推し進めて接吻論にまで繫げる所にはシビレました)

 日本政府観光局(JNTO)によると、訪日外客数は、コロナ禍前の2018年は3119万人、翌2019年は過去最高の3188万人と二年連続三千万人を超えました。これは取りも直さず異邦人が日本文化と、或いは日本人が異国文化と接触する最低回数を表します。無論その全てが和食、いては日本酒に繋がるものではありませんが、それでも飲食おんじきとは日々欠かせぬ行為ゆえ、異邦人の舌がこの両者に触れる頻度は少なくないと予想されます。実際2019年では全体の約七割が和食を求めて来日したというデータもある程です(※3)。要するに私が言いたいのは、和食は言う迄も無く、もはや清酒は日本人だけの物ではないという事です(※4)。既にワインの明確さとは異なる日本酒の純度が、世界の人々の味覚を魅了しているのです。ナポレオン戦争中シャンパーニュ地方へ侵攻したロシア軍という略奪者が帰国してもなお其処の酒の味を忘れられずに注文したのとは違い、或いは太平洋戦争後に多くのアメリカ兵が日本に駐留し醬油の味を覚えて需要を拡大した時とは違い、清酒は極めて平和的に異国の人々に日本文化の粋を味到せしめているのです。(※5)

 ※3 JNTOの調査によると、アメリカやフランスの人々の主要な訪日目的は、国内でしか手に入らない飲食料品や着物・浴衣、伝統工芸品といった日本文化商品への需要で、アルコールに関しては日本酒は勿論、サッポロビールやニッカウヰスキー等の世界的有名ブランドの商品をお求めになる事が多いという。一方アジア圏の人々は日用品の買い物も来日目的の一部で、アルコールについては中国は地酒を含む日本酒と梅酒、タイとインドネシアは梅酒の購入率が高いとの事

 ※4 アメリカ、台湾、韓国、中国、タイ、ベトナム、ブラジル、ノルウェー、オーストラリア、そしてスペインでも酒造所が誕生しており(上記を含め、私が知る限りでは三十九の国々にて SAKE が醸されている)、特にカリフォルニア州(※6)には日本の大手酒造会社も進出し、清酒生産中心地と為っている(※7)(他にはミネソタ州ミネアポリスやテキサス州、カナダのトロントにも酒蔵が在るという)。なお企業としてアメリカ国内で初めて酒造に着手したのは1908年ハワイの「ホノルル日本酒醸造会社」(1986年に米国宝酒造が買収)で、数々の日本に先立った技術的実績を挙げると、①1908年、世界初の冷房付き石蔵で酒造(日本では1927年の月桂冠が初)②設立初期から醸造に乳酸を使用(これは所謂「速醸酛」で、日本で江田鎌治郎氏が確立したのとほぼ同時期)③1939年、発泡性清酒発売(日本での商品化は戦後と思われる)④1947年、ステンレスタンク導入(当時の日本は琺瑯ホーロータンク)⑤戦後、カリフォルニア米で醸造(同米に適した醸造技術を開発→日本米と外米)⑥1959年、二瓶孝夫氏がきょうかい6号酵母の泡なし株を分離、実用化(日本での実用化は1966年、秋山裕一博士による)。以降701号始め、順次泡なし酵母を分離。余談だが、異文化の食に対して開放的な国の代表はアメリカと日本で、閉鎖的な国の代表はフランスと中国であるという。後者の食文化は重厚で簡単に他を受け付けない傾向にあるのだとか。とは言え、日本人がワインを受け入れるのに、国内への本格的な輸入が始まってから百年を要したが。「何、葡萄酒だって? 我々には清酒が有るのだからそんな物は必要なかろう」という姿勢である。この対立がゆえ最初に日本が受け入れたワインは、清酒とは異なる、薬効を全面に出した甘味果実酒という、一般的な欧米ワインと異なる物であった

 ※5 戦争による食の伝播は、たとえ悲惨な姿を伴っているとは言え、まだ人間かんの接触があったからこそ起こり得た現象で、現代のボタン一つでミサイルが飛び交う戦争では食文化の交流など在り得ない

 ※6 カリフォルニアでは箸を持てない人が居ないと言われるほど日本食が一般に浸透している。1980年代に流行したCalifornia cuisine以降、健康志向の彼等の食生活はライトに為って来た。このカリフォルニア・キュイジーヌとは、温暖で冬が短い気候の恵みを受けた、地元産の野菜・果物・魚介類を多人種の料理法で活かした融合食で、もはやライフスタイルの一つとして全国的なトレンドに為っている。その原動力は、東部の古い体制派のみならず、古いヨーロッパに今だ支配されている料理文化に対し、自分達独自の文化を創造しようとする意識であるという(この意識の強さは、英国との文化的相違を求めて米国人が英語の綴りを変えた事からも窺い知れる)。日本人よ、守るべき固有文化が有るという有り難さを知れ

 ※7 アメリカには兵庫灘より大関、白鶴、菊正宗、辰馬本家(白鹿)、日本盛、小西酒造(白雪)、姫路からヤエガキ酒造が、また京都伏見からは月桂冠、黄桜、宝酒造(松竹梅)といった大手メーカーの工場と共に、30社程の地元企業が在り、アメリカ国内生産量は日本からの輸入量よりも多いのだが(輸入酒のシェアは米国市場全体の15%程度)、それは日本の酒造メーカーが現地製造酒とは価格面で対抗出来ず、高級市場に焦点を当てるしかないからである。海外で消費される大半(八割程度というデータも)の清酒は日本産ではないという実態には一考を煩わす価値があろう(無論それらは「日本酒」と呼称する事は許されない)。因みにアメリカではアルコール添加の有無によって課税率が異なる為、市場ではアル添無しの純米酒が好まれている(純米酒は酒税法上ビールに分類され750mL当たり0.02ドルの税率だが、醸造用アルコールを添加した場合は蒸留酒に区分され2.14ドルに為るという)

本日の箴言

 日本酒を・・・文化的に楽しむためには、醸造法の違い、酵母の違いや酒米の違いによる香りや味わいの違いを、言葉で共有することが必要です。

田崎真也『No.1ソムリエが語る、新しい日本酒の味わい方』

〈同氏のお勧め動画⇒お役立ちワイン映像集

休日の一本

志田泉しだいずみ、純米酒(精米歩合60%、兵庫県産米100%)、Alc15~16%、日本酒度+4.0、酸度1.25、静岡酵母NEWー5

 やや濃いめのイエロー。香り立ちは低いが、静岡酵母(果実感と綺麗さ、非常に華やかな 吟醸 香が特徴)と精米歩合が純米吟醸酒レベルの為か、純米酒にしては澄みやかで綺麗な果実香(バナナ、林檎、苺、葡萄)、またマシュマロや岩清水、そしてほんのりとした水仙の香りが上品さを添える

 優しい第一印象、水々しい夕張メロン様の甘味を中盤から酸が追い掛け、後半から腰のある苦味が深みと切れを齎す。吟醸 香と共に、限り無い透明感が有りながら 押し味 も備える素晴らしい個性を殺さない為にも瓢箪型 グラス

・20℃:甘味が透明度を増し、吟醸酒的に為りより良い

・40℃:甘味と苦味が重みを増し、渋み と共により強いゴク味を生む。最良の温度帯

「人間の五感の練磨で、微生物が一番良い酒を作る生育条件を整えることが最大のテーマ」とする蔵元。全て箱麹法、醪日数も長めに取るなど心掛けているという

志田泉 純米酒( yahoo

静岡県:新鮮な魚介類が入手し易いため淡麗系(滑らかなテクスチャー、軽快な酸味と上品な甘味)。合わせるべき郷土食はコチラ⇒http://kyoudo-ryouri.com/area/shizuoka.html

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