吟醸

 吟醸:和製漢語で、昭和十(1935)年『大辞典』(平凡社)に初見として、「精選した原料を使ひ、丁寧に醸造する意」と在る。太平洋戦争後、この語が市民権を得たのは昭和四十年頃といい、国語辞典に載るのは昭和四十年代で、『広辞苑』は先の辞典に遅れること昭和四十四(1969)年発行の第二版から収録し始めた。現代的に簡潔に言えば「特別に吟味して醸造する事」、伝統的には良く精米(※1)し、低温発酵(※2)させ、粕の割合(※3)を多くして吟香(→アロマ)を有するよう醸造したもの(したがって、香りを大事にしたい吟醸酒は火入れを一回に減らす事も)。より具体的に言うと、淡い色調で、香気高く、芳香有し、酸を抑えやや甘口の、風味柔らかで濃くや酛意地が無い、品質本位の気品の高い芳香醇美な優良酒の事。より哲学的に言うと、「一人一芸の心と技で、僅かな量を丹精込めて造り、その心と技を、自らの人生観を世に問う珠玉の酒」の事。詰まり、限り無く芸術に近い要素を秘めた酒の事

 ※1 吟醸酒は原料に60%以下という高精白の米が必要だが、これは竪型精米機が発明された昭和八(1933)年以降に生まれた歴史の浅い酒である。削るほど限り無くピュアな澱粉でんぷんに近い物が残る。それを原料に酒造すれば「淡麗」に為る。詰まり、精米歩合が高いほど日本酒度が小さく為り、アミノ酸度・紫外部吸収・イソアミルアルコールが高く、酢酸イソアミル・カプロン酸エチルが低く為る(因みに、アルコール収得量が低く為ると、日本酒度・酢酸イソアミル・カプロン酸エチルが高く為り、アミノ酸度・紫外部吸収・イソアミルアルコールが低く為る)。一方、思い違いし易い事は、米を削ったから華やかな香りが現れるのではなく、米を削ったから他の重い香りが少なく為った、という事である。即ち、蛋白質などが少なく為り、フルーツ以外の要素が少なくなった為にフルーツ香が目立つように為った、という事である。因みに、現在では精米歩合で味を表現するのは不適切という声が世界的に上がっており、また米の酒に林檎香は不要として、カプロン酸エチルは将来的には廃れるであろうという声も囁かれている。百年を越える鑑評会の歴史を通して漸く今日の盛況を迎える事が出来た吟醸酒の未来や如何に?

 ※2 吟香はどの酒造りにおいても生成されるが(発酵途中の高泡の時に)、醪の温度が高いと揮発して最終的に酒に残らないという(このガスを液体化したのが「ヤコマン(※4)」)。したがって発酵時の温度を低く保てば吟香を醪の中に留める事が出来る(これ以上冷やすと死んでしまうというギリギリの低温の為、酵母たちにとっては大変迷惑な話ですが…逆に人間都合の見方をすると、彼等は厳しい低温の中、自分達にとって温かい環境を作るため必死にもがき、互いにせめぎ合ってアルコールを作り出すからこそ良い香味が生まれる、と言う事も出来ましょう→参考 清酒の味わい方(香り))。逆に普通酒タイプの仕込みは温度が高めのためアルコール発酵が勝手に進み、結果味が辛く為り過ぎるため糖分などを添加して調整する事に為る

 ※3 例えば、その発明者から名付けられた「薮田やぶた」搾りという自動圧搾機を使うと、得られる酒量は多めで効率的だが(人力だと四日掛かるが、薮田だと半日で終わる)、風味が失われがちで(酒に発酵由来の二酸化炭素が含有されると共に独特のガス臭が残り、柔らかさが損なわれ刺々とげとげしく為るとも)、酒粕もやせ細ったものに為る(酒粕を多く出した方が酒も滓も美味に為り、逆に余りに酒化率を欲張ると酒のがらが悪く為り、洋半紙の様な粕しか出ない。よって酒質重視の昨今では酒粕生産量は年々増加し、令和元〈2019〉年の粕歩合〈仕込みに使った白米量と、上槽後に残った酒粕量の比率。多い程得られる酒量が少ない〉は全国平均で28.1%、使用白米の実に三分の一弱が粕と為った)。因みに普通酒の粕歩合は20~25%(残り75~80%が酒)が普通だが、例えば八海山では多め(筆者の得た情報では以前は33%、現在は36%)にしている為、それだけクリアな味わいに為る(故に市販されている八海山の酒粕は滑らかで濃くが有り、他とは一味違い、その儘でも十分美味しく頂ける)。こうして、特定名称酒の本醸造は25~30%、純米酒は30~35%、吟醸酒は50~60%、極上品に至っては65%程と粕歩合は増加して行く。杜氏は粕の状態を見て搾り具合を判断する(「検定粕」とも呼ばれ、ペラペラだと搾り過ぎ、分厚いと搾り切れていない。それから出た酒が 原酒)。無論酒粕も「手握り酒」という名があるように立派な商品に為っている事はご存知の通り。一般的に水分含量51%程度のペースト状で流通している酒粕は、言わば酒造における糀菌の代謝生成物や発酵分解されなかった成分の凝固体である。詰まり酒粕とは文字通りの「粕」ではなく、糖質約47%に粗蛋白質約30%、そして凡そ10%のアルコール分とデンプン以外に、直糖分、デキストリン、繊維質、灰分、ペプチド、ビタミン類などを豊富に含む完全栄養食品である。一般消費者は焼いて食べる以外に、粕漬けや粕汁に利用し、工業用としては合成清酒の香味付与剤、パンなどの風味増強剤、粕取り焼酎や白味噌の原料、そして肥料や飼料にも為る。なお当サイト管理者は熱を加えると生きた酵母がお亡くなりに為り、また栄養組織も損なわれる事を知ってか知らずか、生の儘ダークチョコレートと一緒にスイーツ感覚で楽しんでいるようである〈鮭との相性は定石〉)

「板粕」:圧搾機でしっかりと搾り切った固い板状(→白木恒助商店「酒粕はこうやって出来てきます。」https://youtu.be/vgPQXDlXDKw〈0:43〉)

「バラ粕」:ふね(袋搾り)による酒分が少し残った、柔らかく溶け易い状態

「ふみ粕」:搾り立ての酒粕をタンクに入れ足で踏み、空気を抜いて一年程熟成させた物。柔らかく風味や旨味が増し、漬け床などに利用

 ※4 「付け香」、言わば香水の様なもので、時間経過で消失する香り。50年以上前に流行ったもので、鑑評会でこのヤコマン添加酒が次々と入賞する事態が起き、その後多くの批判からガスクロマトグラフィーによる検査で失格扱いとされた。この付加香味分析手法は酸度分析と共に現在でも重要な分析項目に為っているとの事