ヴィンテージ

ヴィンテージなる概念の起源は紀元前121年の、ルキウス・オピミウス領に因んだ「オピミアン・ヴィンテージ」で、その「オピミアン・ワイン」が特に優れた年の物として称賛されました。ヴィンテージが市場において意義を持ち始めたのは、ガラス瓶とコルク栓が広く使用されるようになってからの17世紀末。18世紀末になると近代的な形に為った事から水平に保管出来るようになり、益々ヴィンテージが重要視されるようになったという歴史があるようです。

抑々ヴィンテージとはワインに使用した葡萄の収穫年の事で、ワインのリリース年の事ではありません。一般に良作年は果実が成熟し、ワインにバランスが良く複雑で確りした果実感が備わります。一方未成熟だと薄っぺらくハーブなどの青っぽいフレーヴァー、そして酸味が強く現れ、逆に過熟だとアルコールが高く大味な、煮込んだような果実味が出るとされます(が、優れた造り手は所謂「悪い年」でさえ優れたワインを造ります)。天候は毎年異なるのですから、ワインに違いが出ない訳はありません。しかし、曾てフランスでは気象状況が不安定ゆえ「十年に一度ほど偉大な年」があると言われていたのですが、温暖化の影響で、幸か不幸か、最近五年分を見ると、安定したカリフォルニア(逆にナパでは悪い年は十年に一度ほど)の様に優良年が続いています(あの冷涼なシャンパーニュでさえ!〈※〉1970年代フランスの赤の平均アルコール度は11,5~12%でしたが、既に14%が当然で、これからはナパの暑さや乾燥対策から学ぶ時代がフランスに遣って来ると言われています)。またボルドーでの話ですが「百年で五回伝説的なヴィンテージが訪れる」というのは、もはや完全に古き良き時代の話に為ってしまいました(近年のメドックでは、2015、2010、2005がそれに当たります〈2016と2009も素晴らしいです、が有名シャトー物は値段が上がる一方で、お金が余っているのでない限り、過去の値段を知る人はもう買う気も起きないでしょう。二十年前、私が学生の頃は最新ヴィンテージの1級シャトーで2万円はしませんでしたし、ドン・ペリニョンも8千円程でした。偉大な先人のお話だと、更にさかのぼって四十年前は、あの伝説のロマネ・コンティ1945でさえ100万円で買えたのだとか!〈この年はフランスの戦勝年で608本のみ生産、また第二次大戦で畑が荒れたため翌1946~51は樹を植え替え生産無し、という訳で超稀少品となり、現在ネット価格で税抜き1億3千万円…何かの間違いでお相伴にあずかれたとしても、気持ちが上擦って味なんて分かりゃしませんヨ。抑々如何な高級ワインでも生産費で1万5千円位なンだとか〉)。

※ まあ、温暖化の恩恵(?)でミレジム(ヴィンテージ)物を造れる年が増えた訳で、仏英米に続きシャンパーニュ世界市場第4位(Euromonitor International-2018)の日本国民としては、複雑な気持ちながら嬉しい事実ではあります(スティルワインのヴィンテージ表記に葡萄の出来の良し悪しは無関係ですが、シャンパーニュにおいては法規定である最低3年の瓶内熟成の期間に耐え得る質が必要な為、良い年でないとミレジム物を造れない、或いは造らない生産者もあります)。

因みに、良く専門家連が「これは後〇年で飲み頃だ」と鹿爪らしい預言者の様に言うのは、別に予知能力が有るのではなく、熟成によって茶色がかる「外観の色合い」と時と共に減じて行く「果実らしさ」、そして腐敗防止・酸化抑制成分である「タンニン」と「酸」のレベルから判断しているだけです。逆に言えば、ピークを過ぎると酸とタンニンが目立ち出し、果実らしさと風味を失い始めるという事です(参考⇒ワインの欠陥と非欠陥)。飲み頃を迎えた赤の特徴とは、第1(果実)と第2,3(、熟成)の完全なる融合であり、全ての角が取れ、ただ只管に滑らかな球体の味わいに為る事です。因みに、変化を把握する実験で、人工的に熟成を再現しようと試みられた事があったようです。が、残念ながら全て失敗に終わり、「人を若返らせるのと同じ位、ワインに歳を取らせるのは不可能に近い」という結論が出されたようであります。

此処で THE WORLD ATLAS OF WINE を参照に、長命順でワイン名を列挙します。タンニンと酸のレベルを意識しながら見て頂くと、よりイメージが摑めるかと思います。

赤:優良ヴィンテージ・ポート、エルミタージュ、格付けボルドー、バイラーダ、マディラン、バローロ、バルバレスコ、アリアニコ、ブルネッロ、コート・ロティ、優良ブルゴーニュ、ダン、シャトー・ヌフ、キアンティ・クラシコ/リゼルヴァ、サペラヴィ、リベラ・デル・デュエロ、OZカベルネ/シラーズ、カリフォルニアカベルネ、リオハ、マルベック、ジンファンデル、新世界メルロー/ピノ…

白:優良トカイ、ソーテルヌ、ロワールシュナン・ブラン、ドイツリースリング、シャブリ、ハンターセミヨン、ジュランソン甘、ブルゴーニュ、ボルドーブラン…

何処何処のワインを飲むという事は其処に旅をしに行く事ですので、ワインを選ぶ時には是非その年の気候を想い、エチケットを見ながら世界を旅する楽しさを味わって頂けたら幸いです。

「ワインの淡さに桜の開花が早かったことを思い浮かべ、酸味の柔らかさに長雨を感じ、果実味の強さに夏の猛暑を思う。円熟した香りに秋の朝のひんやりとした空気を口に含んだ気持ちになる。」

河合香織『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』